第24話 11/2001・友人たち
今ケヴィンは少し悩みの中にある。
(昼休みだから昼食を取るのだろうが、どう取ればいいんだ? ここでそのまま食べてもいいのだろうか?)
そんな風に考え込んでいると、ケヴィンの前に座る二人の男子生徒が声を掛けてきた。
「よっ、なあなあ一緒に昼飯食べに行かねえか?
あ、俺の名前はトビー・ノーサムっていうの。よろしくな」
にっ、と人懐っこそうな笑みを浮かべて、目の前の席に座る短い赤毛の男子生徒が自己紹介していた。
背格好はケヴィンに近いようだが、顔立ちはエルフに近いものがある。
耳は長くないのでヒト族のようだが。
その言動と若干着崩れた制服から見るに、軽い性格の持ち主であるようだ。
「僕はフィン・バーグソンだよ。ケヴィン君、よろしく。
仲良くしてくれると嬉しいな」
柔らかそうな笑みを浮かべながら、挨拶してくるのは右前に座っている生徒。
若干癖のある金髪が、青い目とよく合っている。
背丈はケヴィンより頭半分ほど小さいようで、身体もそれほど鍛えられているようには見えない。
(というか、この見た目……。本当に?)
ケヴィンが考えているのはフィンの容姿についてである。
笑みを浮かべている姿は、ケヴィンからすればミュリエルに近いものだった。
しかし、フィンの着る制服は間違いなく男子生徒のもの。
一瞬、ケヴィンは本当に男か聞きたくなったが、今朝既にその辺の注意を受けたばかりである。
ぎりぎりすんでのところで言葉を飲み込む事に成功していた。
ところが、目の前に座るトビーの言葉によってケヴィンの努力は無と化してしまう。
「こいつ、こんな顔してるけど歴とした男なんだぜ?
信じられないよなぁ、ははっ」
「ふんだ。女顔で悪かったね。
そんな僕に向かって初対面で「君可愛いね」って歯の浮く台詞を言ったのはどこの誰だったかな?」
「おまっ⁉
それは言わない約束だろー!」
あまりにも軽くトビーが容姿について触れるものだから、ケヴィンとしてはフィンの気分を悪くしてないかと少しハラハラした。
しかし当のフィンの表情にはそのような色が無い。
それどころか、平然とトビーにやり返していた。
どうやらフィンとしては言われ慣れている事であるらしい。
そしてフィンの言葉でトビーが軽そうという印象がそのままである事の裏付けが取れてしまった。
まだ続いている二人のやり取りにケヴィンも思わず笑みが漏れる。
「ははっ。
ああ、二人共よろしくな。
で、昼飯を一緒に食べるのはいいんだが、どうすればいいんだ?」
「あ、それはな――」
「ちょっとトビー。
いつまでケヴィン君に絡んでるの。
彼初めてなんだから、ちゃんと案内しなきゃダメでしょう」
トビーがケヴィンの質問に答えようとした矢先、右側から女性の声がした。
ケヴィンがそちらを向くと、先程ウナに級長と呼ばれていた女生徒だと分かる。
スラっとした細身の体つきの両腰に手を当てトビーを非難している。
「まったく気が利かないんだから。
ごめんね、ケヴィン君。こんな奴で。
わたしはコリーヌ・オートレッドよ。
さっきウナ先生が言ってたけど、この学級の級長をしているわ。
よろしくね」
コリーヌと名乗った女生徒は茶色のやや長めな髪を後ろで二つのおさげにしていた。
意志の強そうな黒い目が、かけている黒縁眼鏡とよく合っており、言動からも大変真面目そうな生徒だと分かる。
ケヴィンはよろしく、と挨拶を返したが言われた方のトビーはうっとおしそうな表情をしていた。
「今から説明するところだったんだよ。
コリーヌ、お前の方こそ絡んできてるじゃねえか。
その度にお小言満載にしやがって。
お前は俺の母ちゃんかっての」
「だ、誰があなたのお母さんよ!
大体ね、わたしはそのおばさんからあなたの事をよろしく頼むよう言われてるんだから、これくらい当然でしょう」
かなり気安い感じで互いに言葉の応酬をしている、ケヴィンの目の前の男女二人。
呆気に取られてケヴィンがそれを眺めていると、事情を理解しているらしいフィンが補足しにきた。
「この二人、幼馴染なんだって。
北西のキャルム出身だそうなんだけど、ここに来ても一緒にいるだなんて、とっても仲良いよね」
「「良くない!」」
凄く微笑ましそうな笑顔で「とっても」を強調しつつ二人の仲を説明するフィン。
そんなフィンの言葉に、言い合っていた事も忘れて二人同時に否定の言葉を出してしまっているトビーとコリーヌ。
「ほら、息ピッタリじゃない」
「「…………」」
男女二人は共に頬を少し赤くして、互いから顔を背けてしまった。
一方でしてやったり、とフィンは非常に満足気な顔をしている。
もしかするとこれも先程の女顔扱いに対する報復の一環なのかもしれない。
彼ら4人を何とも馬鹿らしい空気が包む。
それにあてられたケヴィンは珍しく「あはははっ」と無邪気な顔して笑うのだった。
リンド高等学園・学生食堂
コリーヌは仲の良い女子生徒と共に食事をするらしいので、一旦別れる。
食堂へ案内するという二人の後をケヴィンは付いて歩いていた。
1階まで下りきった後東側へと向かう。
すると、その先に見えるのは校舎の東端にある扉。
その扉を指差しながらトビーが説明を始めた。
「あの扉の先にあるのが学生食堂だ。
……ケヴィンは弁当持ちなんだよな?
だったら並ばなくて済むな」
「?? 並ぶってどういう意味だ?」
「僕らみたいな弁当を持ってきている人は、そのまま席について食べればいいんだ。
だけどそうでない人もいる、というかそっちの方が多いんだけど。
そういう人たち向けに食事の提供も学園は行ってるんだよ、有料だけどね」
「へえ、そんな仕組みになってるんだな」
昼食時の仕組みについてケヴィンは感心している。
だが、隣にいるトビーとしては思い出したくないこともあるようで、苦い顔をしていた。
「けどな、その食事はできるまで少し待たされるんだよ。
さらに人数も多いもんだから、遅れて並んだらもう大変。
俺も最初はそれ利用してたんだけどさ、二日で諦めて弁当作ることにした」
「あはは、僕ら3階だしさらに西側だもんね」
「なるほど、こういう時教室の位置が不利に働くのか」
そんな事をいいながら食堂へと続く扉を抜ける3人。
食堂の中を進みながら、ケヴィンは壁の方に階段がある事に気付いた。
その後、空いている席に座りそれぞれが弁当を広げていると、トビーがケヴィンの弁当を見てはしゃぎ始める。
「うおお、すっげえ。
めちゃくちゃ豪勢で綺麗な弁当じゃねえか。
これ、お前が作ったん?」
「オレが作ったんじゃないぞ。
コネリー……学園長の所にいる女中が作ってくれたんだ」
「あぁ、そう言えば学園長が後ろ盾って言ってたね。
栄養の事も考えられて作られてるみたいだし、いいなあ。
これからずっと作ってもらえるんでしょ?」
フィンもケヴィンの弁当を見て羨ましがっている。
しかし質問に対してケヴィンは首を横に振っていた。
「いや、オレは今日から寮住まいになるんだ。
明日からは自分で作る」
「へ? お前、学園長のトコに住んでるんじゃねえの?」
「学園長の家はここから結構距離があるからな。
幸いというかオレ個人は貴族じゃないし」
ケヴィンがコネリー邸の位置とかかる時間を交えながら説明していると、二人は納得気に頷いていた。
「分かるぜ。
毎朝、惰眠を貪るのは何よりも大事だよな」
「……オレは睡眠時間のために寮住まいするわけじゃないんだが。
うん? いや、あながち間違ってもいないのか?」
「でも確かに寮からだとすぐだもんね。
その気持ちは分かるよ」
そんな風に雑談しながら食を進める3人。
そこでケヴィンはさっき気付いた事に触れる。
「そう言えば、あそこ壁に階段があったけど、この食堂も2階があるのか?」
「ん? ああ2階も食堂だぜ。
ただし、貴族様専用の、だけどな」
「はー、貴族用の食堂なんてものがあったのか」
「あるんだよ。
しかもあんな風に階段あるのに、校舎2階の扉からは俺ら平民は入れねえの。
けちけちすんなって話だよなあ?」
どうやらトビーは2階の扉から入ろうとして、追い出されたことがあるらしい。
嫌な事思い出した、とばかりに弁当をかっ込んでいた。
「一応学業の上では貴族平民の区別無く行われてる。
だけど、それでもこういった区別はあるんだなってここ見て思ったなぁ」
「でもフィン、お前はあっちで飯食えるんじゃねえの?」
少し真面目な顔で話すフィンに手に持つ匙を向けて質問するトビー。
その意味するところをケヴィンは考えて答えを出してみた。
「フィンは貴族なのか?」
「匙をこっちに向けない。行儀悪いよ、トビー君。
――ううん、僕自身は貴族じゃないよ」
「ならトビーの言う事はどういう意味なんだ?」
「こいつの親父さんな、国内でも有名な騎士なんだよ」
「そう、父さんが騎士爵を賜っているというだけ。
騎士爵は一代限り、だから僕は違うんだ。
何度もそう言ってるんだけどなぁ……」
はあ、とどこか疲労を滲ませながらフィンは溜息を吐いている。
その理由が分からず、ケヴィンはトビーの方へ顔を向けた。
ケヴィンの言いたいことが分かったトビーはニヤリとした表情を浮かべる。
「フィンはこんなナリだからよ。
上級生のお姉様方に大層な人気なのさ。
それで貴族のお姉様方からしつこく2階へのお誘いがあるってわけ」
「しつこいのか……
それは何というか大変だな」
「そう、大変なんだよ。
相手は上級生だし、さらに貴族だから色々気を遣わなきゃだし。
いっそのこと髪をバッサリ切ればお誘いも無くなるかなぁ」
「「それを切るなんてとんでもない」」
「……どうして二人して同じ事言ってるの」
ケヴィンはフィンの容姿で年上女性から好かれる、という意味をよく理解していなかった。
だが、今現在似合っていると感じるものが崩されるというのは我慢がならない、とそう思ってしまったのである。
その意味で、ケヴィンとトビーの心が一つになった結果が先の言葉に表れただけ。
フィンが半目になって呆れるのも無理ない事だろう。
その後も談笑しながらの食事時は楽しく過ぎていったのだった。
リンド高等学園・1年2組教室
午後に入ってからは国語や数学などの一般教養が2限続き、この日は終業となる。
今ケヴィンの目の前では、トビーが大きく伸びをしている。
「う~……っん。
ようやく1日が終わったぜ。
なあ、これからどうする?
課外? それとも下町にでも繰り出すか?」
「いや今日オレは――」
「ケヴィーン!
何してるの、ほら早くこっち来なさいっての!」
ケヴィンには「課外」というものが何を意味するか分からなかったが、トビーが誘っているらしいことは理解していた。
なので一応先約があるケヴィンは謝罪しつつ断ろうとしたのだ。
しかしそんな暇なく約束先の方から、周りの目も気にせず大きく手招きして急かしている。
あまりの微笑ましさに教室中から忍び笑いが聞こえてきた。
「……と、いうわけだ。すまんな」
「ハハッ、ウナちゃんせんせーに随分気に入られたみたいだな。
ご愁傷さま。
生きて寮まで辿り着けよー」
「ふふふっ、それじゃ仕方ないね。
ケヴィン君、また明日」
「ああ、二人共また明日な」
手を振りながら教室を出ていく二人に、ケヴィンは手を振り返しながらウナの方へ向かっていった。
ウナの前に立ったケヴィンは半目で彼女を見据える。
「ウナせんせーはオレに常識というものを教えてくれる存在だと思ってたんだが?」
「うっ。わ、悪かったわよ。
でもずっと気になってたんだから仕方ないじゃない」
ここでもまた子供じみた言い訳をするウナ。
それを見てケヴィンは溜息を隠し切れなかった。
「――まあ、いいか。
魔法師とは斯くあるべし、って師匠も言ってたしな」
「!!
ほぉら見なさいっ。
ワイスタ様が言ったのなら、あたしは正しいのよ!」
「調子に乗るな」
ワイスタの言葉を知るや否や、途端に小さな胸を張りだすウナ。
そんな彼女を窘めながら、二人は学園長室に向かっていた。
途中、ウナが少し真面目な顔をして話し出す。
「ちょっと心配だったけど、ちゃんとやっていけそうだったじゃない。
早速友達ができたみたいだし」
ウナの言葉が心底意外だったのか、ケヴィンは立ち止まり口を開けて呆然としていた。
何事かとウナは思ったが、続くケヴィンから出た言葉に何とも言えないような気持ちにさせられてしまう。
「――――そうか。ともだち……。
オレにも初めての友達ができたんだな……」
「……あんた、本当に寂しい人生送ってきたのね……。
まあせっかくできたんだから大事にしなさい?
トビーはともかく、フィンはいい子だし」
「ああ、そうするよ」
ウナの言葉で友達を得たという実感が湧いたケヴィンはその後も上機嫌で学園長室での話に赴くのだった。
戦技修練場付近
約束していた話も終わり、ケヴィンは寮へ行くことになる。
案内ついでだから、と同じく寮住まいのウナも同行することになった。
結構長い時間、学園長室で話し込んでいたので辺りは既に暗くなっている。
「寮は南側の戦技修練場……みんな運動場って呼んでるけど、そこのさらに南側にあるわ。
建物は教師と学生で別なんだけど、場所自体は同じだから」
ウナにそう説明を受けながら、二人は南へ向かっていった。
しばらくすると目的の寮が見えてくる。
その大きさは学園校舎と比較しても遜色無い程であった。
「あれが寮か……。
ずいぶん大きいんだな」
「公爵サマに仕えていた使用人たちの屋敷だったって話よ。
大勢いた使用人に個室まで与えていたそうなんだけど、昔の大貴族サマの考える事はよくわからないわ」
「それには同感」
ウナが両手を横に開きながら首を横に振る仕草をする。
心から理解不能だと思っているのだろう、ケヴィンも同じ気持ちだった。
リンド高等学園・寮
そのまま歩き続け、やがて二つの建物の前に二人が辿り着く。
「そっちの西側の建物が学生寮だから。
あたしたち教師の寮はこっち東側。
で、学生寮には一人だけ教師が住んでいて、寮長やってるから何かあったらそいつを頼りなさい」
「分かった。案内ありがとう」
「いいのよ。じゃあね、おやすみ」
「おやすみ、ウナせんせー」
ウナと別れた後、ケヴィンは学生寮の中に入っていった。
既に寮生が色々やっているようで、方向を問わず生活音が聞こえてくる。
とりあえず、自分の部屋の場所を聞くため、ウナから頼れと言われた寮長を訪ねることにした。
寮長室は入ってすぐの場所にあった。
ケヴィンはノックをしてみる。
間もなく「は~い」と声が聞こえたので出てくるのを待っていると、すぐに扉が開かれて小柄な女性が出てきた。
「オレは今日からここに住む事になっている、ケヴィンという者だ。
部屋がどこか教えて欲しいんだが」
「あらあらあ、聞いてますよお。
わたしはここでは寮長をやってる、ベニタ・パーネルって言いまぁす。
ケヴィン君、よろしくねえ」
そのベニタと名乗った女性はふんわりと柔らかい笑みを浮かべている。
見た目ウナと並んで小柄と言える女性なのだが、ウナとは違い幼さを感じさせずに成熟した女性という印象をケヴィンは持つ。
体型にしても各部が豊満と言い表せるほどで、それこそ誰かさんとは比較にならなかった。
ベニタは一つの鍵を持ってケヴィンを案内するべく歩き始める。
最終的に辿り着いたのは5階の最奥部屋だった。
少し申し訳なさそうにケヴィンに向き直る。
「ごめんねえ。
できればもっと下の階を用意してあげたかったんだけどお」
「いや大丈夫だ。
急に入ってきたオレが悪いんだし、気にしないよ」
「そお……?
うふふっ、やぁっぱりあの子そっくりなんだねえ。
これからよろしくねぇ」
「うん?
あ、ああ。こちらこそ」
何やら意味ありげにケヴィンを見ながら話していたベニタだったが、ケヴィンが返答するとすぐに頷いて「じゃあねえ」と踵を返していった。
気にはなったが、ひとまず自分の部屋の中に入ることにしたケヴィン。
鍵を開け中に入ったその部屋の中は最低限の物しか置かれていない。
だが寝る場所があるだけで十分だとケヴィンは思っていた。
ケヴィンが荷物を置いて夕食についてどうするか考えていると、部屋の隣からごそごそとした音が聞こえてくる。
隣人がいるのなら挨拶しておくべきかな、とケヴィンは部屋の外に出て隣部屋の扉の前に立ちノックをした。
反応を待っていると、どこかで聞いた覚えのある女性の声がする。
「エムかな? はーい、ちょっと待ってて」
(あれ? この声って……?)
ケヴィンが記憶を辿っていると、中でパタパタと歩く音が聞こえた後、その部屋の主が顔を出してきた。
「お待たせ…………ってえええええ⁉
な、何でケヴィン君がここにっ?」
「ああ、やっぱりミュリエルだったのか。
今日から隣の部屋に住むことになったケヴィン・エテルニスだ。
よろしくな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます