戦勝と共に笑う男

「此度の相手は昨年とは違うぞ」

 さて三村家親暗殺から三ヵ月後、三村一族の三村五郎兵衛が百人の兵を率いて突っ込んで来た。


 多少の損害はあったものの、宇喜多の戦力から比すれば完全な雑魚であった。


「敵は全軍で来るでしょうか」

「来るだろうな。西も北も寄り親の毛利の領土だ」


 そして南は海である。要するに、三村の敵は東にしかいないと見て間違いないのだ。


「一万五千は下らんだろう、二万と見ておくのが正解か。それに比べて我々は五千と言った所か」

「殿に援軍をお頼みすべきでは」

「これは宇喜多がやった事が原因だ。宇喜多が責任を取るのが筋と言う物……」


 直家はまた笑っていた、不敵な笑みを浮かべていた。


「三村軍は我らを家親の仇と言う事を既に知り闘志を燃やしているはず。闘志をむき出しにして向かって来る事は必定」

「そうかな」

「そうかなと言われても」

「私はそんなに強い所を見せたかな」


 直家の言葉は真理だった。


 宇喜多が勢力を拡大する中で大きな戦はほとんどしていない、奇襲とも呼べない暗殺や騙し討ちによって勢力を広げて来たのである。


 暗殺なんてやり方を考える一人の人間と実際に実行する数人の人間がいればできるのだ、一般兵の強弱など関係はない。

 そう言う事ばかりやって来たのが宇喜多なのだ。


「確かに家親を殺された恨みを忘れはしないだろう、だが一年以上前の話だ。もう将兵も死を受け入れ、息子の元親の支配に慣れているだろう。仇討ちの覚悟で盛り上がった闘志もすっかり冷めている、もちろん戦の前にはその闘志を巻き起こすだろうが、果たして家親が死んだ直後の状態まで戻せるかな」

「敵を侮るのは危険かと」

「もちろんだ。まず明善寺を取り返し士気を高める」

 明善寺城は直家が築いた城であるが、つい先日三村軍に奪われていた。

「三村の手の者に教えてやれ。そなたらは孤立無援であるゆえ大人しく降伏せよとな」


 岡山城・中島城・舟山城の主を籠絡して降伏させた直家は明善寺城将に向け降伏勧告を行ったが、拒否された。


「明善寺城の手勢の数が分かっていない三村には仕置きが必要だな……」


 直家は自らが降伏させた岡山城主に、三村軍を後詰に来させる旨の手紙を書かせた。


「宇喜多に付いたと信じていないのか、いやおそらくは」


 明善寺の城兵が降伏を拒否したのは三村軍を当てにしているからだろう。だからおそらくは三村家に援軍要請の手紙を出しているはずだ。


「一枚ならばともかく二枚だからな、信用しない訳には行かないだろう」


 明善寺城に後ろ巻きに来させるのだ。


 明善寺城は浦上と三村の国境であり、要するに明善寺城に浦上の旗が翻ればその瞬間周辺一帯が三村領から浦上領になる様な所である。だがまだ今は三村領であり、三村軍が有利な場所なのだ。


「三村が有利だと思うならばそれこそ一夜の夢……覚ましてやろうではないか。さて、出撃するとするか」


 直家の笑みは、最後まで消えなかった。








「百五十と聞いていたが、本当にその通りだな」


 明善寺城はあっけなく落ちた。百五十の兵で五千を防ぐなど土台無理なのである。


「これで明善寺城周辺は宇喜多の土地となった……だがいずれその事を三村も理解する。それまでに我々は攻撃を開始する。これからの数刻が宇喜多の命運を分けるのだ」


 直家は柄にもなく立派な事を言って士気を高揚させた。




※※※※※※※※※




「明善寺が落ちた!?」


 一方で明善寺城陥落の報を聞かされた三村軍は動揺した。


 南方から明善寺城を囲む宇喜多軍の攻撃を狙っていた三村軍先鋒隊七千の作戦は、この時点で破綻した。この状況で攻撃をかけた所で、最初狙っていた明善寺城勢との挟撃は成り立たない。

 もっとも、まだ中軍五千との連携攻撃は不可能ではなかったはずだった。



「うわわっ!!」



 しかしそれを許す直家ではない。


 宇喜多軍の攻撃の前に、明善寺城落城の報を受け動揺していた三村軍先鋒隊は大混乱に陥り壊滅。

 大将を討ち取ったと宇喜多軍が喧伝した(実際は虚報だったが)せいもあり、七千の先陣は二千ほどに過ぎない宇喜多軍の前に総崩れになったのである。


 先陣が崩れれば、それは当然中軍にも波及する。先陣壊滅の報を受け混乱し作戦をどうするか戸惑っている間に、宇喜多軍が攻撃をかけて来たのだからたまった物ではない。

 大将が何とか踏ん張って跳ね返しはしたものの、それまでに受けた損害が大きすぎ撤退を余儀なくされた。


「何をやっている、まだ我々は戦ってすらいないんだぞ!」


 明善寺城の落城、先鋒中軍の敗走。その報が飛び込んだ元親率いる三村軍本陣八千は、戦いもしない前から大混乱に陥った。

 三村軍にくっついていた豪族連中は敗色濃厚と知るやそこまで味方する義理はないとばかりに戦いもしない内に逃走を開始してしまった挙句、逃走時のごたごたで負傷者を多数出す有様である。

 それでも旗本たちは必死に闘志を奮い立たせやって来た宇喜多本軍に立ち向かったが、直家の三方からの攻撃の前に元親は本懐を果たす事叶わず撤退した。







「………まあ危惧がない訳でもない、これで宇喜多はまともに戦っても強いと言う事が知れてしまったからな」


 そう言いながら直家の顔は笑っていた。

 五千で二万の敵軍を破ったのだかられっきとした大勝利であり笑うのは当たり前であるが、その笑みには爽やかさは乏しかった。


「さて、これで宇喜多は浦上家内随一の有力者になった。この全く宇喜多の手によって勝ち取った勝利によってな。この勝利を快く思わぬ物が浦上家内に出て来ても私は全く驚かんぞ」

「はあそれで」

「とりあえず家内の不心得者は減らしておくに限る。例えば、信仰のための信仰を行い目前の国難を顧みなかった輩をな……」


 また何かあるのか。驚く気も脅える気もないが、家臣たちは次から次へと策を編み出してくる主の頭の中を覗いてみたい気分になった。

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