第5話 自覚の始まり
「蔵森さん、あの」
人けのなくなった理科室前の階段の踊り場で思わず声をかけた。夢中でかなりの速さで俺の腕を引っ張って歩いていた蔵森さんがびっくりしたように止まって、俺の腕を離した。俺の方を振り向くと泣きそうな顔で笑って
「ごめんね」
と言った。
「いや、別に謝られるような、なにも」
なんと言ったらよいか分からなかった。
彼女はさらに無理に笑顔を作って
「部活だよね。私は帰るね」
と降りる方に向かい始めた。
「なんかあるんなら、話し聞くよ。文集に関係なく連絡くれて構わないから」
そう声をかけた。なんとなくほっとけなかった。あのニヤニヤ男が気になった。蔵森さんは振り返るとこくんとうなづいて手を振った。まだ泣きそうな顔だった気がした。
その日部活後の帰宅途中のバスの中でスマホを見て彼女からのSNSに気づいた。
『会議室で待っていてくれてありがとうございました。』
提出が始まっていると告げた俺の連絡への返答だった。
『提出無事済んで良かったね。』
と入れてみた。するとポンと可愛いいキャラのありがとうございましたが送られてきた。
『こちらこそ、ありがとうございました』
泣きそうな顔が目に浮かんだけどそれ以上なんとメッセージを送っていいか分からなかった。
またいつもの日常だ。でも、俺は彼女を目で追う事が増えた。そしてニヤニヤ男が7組にいる事を突き止めた。俺たちは一学年7クラス中4組で、学年集会の時に探したらニヤニヤ男は元々ニヤニヤしているような顔で目が大きいんだけど、白目勝ちで垂れ目で唇が分厚くて大きくて自然と口角が上がっているような顔で7組に立っていた。広報の部活動紹介の写真から陸上部に属している事も分かった。地味に俺は情報活動をしていた。
ニヤニヤ男略してニヤ男の口から出た伊藤が男で、この高校にいるのであれば、7組の伊藤優(すぐる)ではないかと名簿から推察した。クラスが離れすぎていてこれ以上は情報もない。俺の中学からこの高校には学年に4人くらいしか来てないせいもあって情報源はあまりなかった。となると地元中学出身の戸村に聞いたら何か出てくるかもしれなかったが、中々相談しにくくて言えずにいた。
そして11月。今年は寒くなるのが遅く、うっかりしていたが、持久走の季節がやってきてしまった。文化部男子の俺には苦行だ。まだ、速さを問われないだけマシだが日頃から走りまくっている運動部男子に比べると見られたくないレベルだ。へばりながら走っていると見学をしている蔵森さんを見かけた。ここ数日、遅刻したり早退したり休んだりずっと体調が悪そうだった。文集委員の仕事も終わってしまい、連絡する理由が無くなってしまって気になっても声をかけるのすら無理で。
蔵森さんを好きになってしまっているのではと思って落ち込んでしまった。可愛いいと目の保養で眺めてるぐらいでありたかった。文化部でクラスの隅っこで生きているような自分にはそんな青春で充分で、求められてもいないのにこんなに積極的に気になって調べて何か助けにならないかとか心配している。気持ち悪い男になっていそうで更に落ち込んだ。
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