第18話・夢じゃないのね?


「今回、ベルは出ないの?」

「僕は出ないけど、ハンスが出るよ」


 次は最終種目となるリレーレースだ。各チームから足の速い選手8名を選出し、その者達がチームを代表して走ることになっていた。


「彼は青い鳥騎士団一、最速だ。だから最終走者にすぐ決まった」

「へぇ、そうなの。ベルは?」

「僕も早いほうだとは思うけど……、ハンスには敵わないかな」

「早いなら出れば良かったのに」

「僕以上に足の速いやつは沢山いるからね」


 ベルの活躍も見たかったなと言うと、彼はえへへと頬を指で掻いていた。3チームの選手が揃い、その最終走者を見てこれはさらに盛り上がりそうだと思った。各チームの最終走者はこちら(主催者側)で仕込んだわけではないけれど、キャピュレット家チームはティボルト、モンタギュー家チームはロミオ。青い鳥騎士団チームはハンスと上手く出揃っていた。


「誰が勝つと思う?」

「ハンスだろうな」

「ずいぶん彼の肩を持つのね」

「あいつ、野山を駆けまわっていたから、石畳のならされている道を走り慣れている奴らとは全然違うよ」


 迷いないベルの返事に驚く。でも結果は彼の予想通りだった。ハンスの大活躍でリレーレースは青い騎士団が1位となったのだから。2位はキャピュレット家チーム。3位はモンタギュー家チームに終わった。

  初めはバトンを渡す時にもたついて、青い騎士団チームは出遅れた。ところが最終走者のハンスの番となってから、彼はもの凄い疾走ぶりを見せた。2番手のティボルトに追いつき追い越し、トップを独走していたロミオとの差を縮めると、見事ゴール前で彼を追い越した。


 素晴らしい走りっぷりに観客、皆が魅せられ興奮していた。相手チームのロミオや、ティボルトは、彼の走りに圧倒されて唖然としていた。

 このまま何事もなく終結か? と思っていたら、観客からの歓声が収まらない中、モンタギュー家のロミオが、キャピュレット家のティボルトが、ハンスに近づいていくのが見えた。


「えっ。ちょっとあれ、止めなくて大丈夫?」

「大丈夫だよ。ロザリー」


  もしかしたら喧嘩勃発? と、彼らに近づこうとしたわたしの腕をベルが引いて止める。

 3人の間で何が言い交わされたのかは、観客の感嘆の声が煩くて分からない。でも、3人は笑みを浮かべていてどちらからともなく手を差し出し握手をし、抱き合いお互いの肩をたたき合って健闘を讃え合っているように見えた。それを受けて観客席からも「わあっ」と、喝采が上がった。


「ベル、今の見た?」

「ああ。見たよ」

「良かった。夢じゃないのね」


 わたしは目元が熱くなるのを感じていた。それはわたしがずっと待ち望んでいたシーンだった。前世の記憶が蘇ってから、仲の悪いキャピュレット家と、モンタギュー家の若者達が手を取り合うのを望んできた。


 そのきっかけは、ヒロインである従妹のジュリエットの悲劇を回避する為に、両家を仲良くさせたかったのが理由だけど、長いこと反目し合ってきた彼らが、お互いの存在を認め合っているように思えて、わたしのしたことは無駄ではなかったように思えてきた。

 涙が溢れてきて掌で拭おうとしたら、脇からハンカチが差し出された。


「きみはこれをずっと望んできたんだろう? 良かったな。きみのおかげだ」

「うん」


 わたしはベルの貸してくれたハンカチを手に、涙を流し続けた。


「それ、使いなよ」

「汚れるから……」

「それじゃ、拭うために貸したのに意味がない」


 ベルザサの呆れたような声が心地よかった。わたしは彼のハンカチを握りしめ、目の前のロミオと、ティボルト、そしてハンスから目が離せないでいた。

 今年の競技大会は、青い鳥騎士団チームの優勝で終わった。そして観客達、参加者のモンタギュー家や、キャピュレット家の若者達の強い要望で、来年もまた続行される運びとなった。

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