第5話・嫌な予感
「ティーボ。帰りましょう。もう二度と私達には近づかないで。さようなら。ロザラインお従姉さま」
ジュリエットは、わたしを愛称で呼ばなかった。そこに一線を引かれてしまったのを感じた。それを満足そうに見守る侍女のアニーと共に、ティボルトを連れて背を向けた。最後に残されたメテオは、遠ざかっていく彼女達の背と、この場に残されるわたしを交互に見て、「ごめん」と、小さく呟いてから立ち去って行った。
その一件があってから、ティボルトは我が家に顔を見せることがなくなった。それでもジュリエット達の誤解を解こうと、何度かキャピュレット家に出向いたが、彼女の宣言通り門前払いをくらい、中に入れてもらえなくなっていた。今度は門番から直接、お断りの言葉をもらうようになり、以前は同情的だった門番の目も、冷たくなってきているように見えた。
ジュリエットに誤解された上に、絶交宣言までされてわたしは凹んだ。しばらく落ち込んでいたら、メテオが訪ねて来た。
「姉さんがロザリーに失礼な事を言ってごめんね。実は僕達の母親は、当主夫人とは乳姉妹なんだ。そのせいでロザリーにきつく当たったのかも知れない。母さんは、当主夫人が言ったことは何でも鵜呑みにするし、姉さんは絶対だと思い込むから」
メテオは誤解されているわたしを心配してくれていた。自分の母親や姉は、キャピュレット家当主夫人とは乳姉妹の仲なので、当主夫人贔屓なのだと言った。
「父さんも何度か思い込みが激しいのを注意しているんだけど、一向に聞き入れる様子も無くてさ」
わたしに対する態度の悪さは、当主夫人に何か吹き込まれてのことに違いないと言う。わたしは叔母の当主夫人には嫌われている。それはキャピュレット家の者なら誰もが知る事実だ。
幸い、叔父のご当主さまは、父とは仲が良いので、その娘であるわたしのことも目をかけてくれているし、男性陣は尊敬する「剣聖」の娘であるわたしを露骨に嫌うことはしない。奥さまに追従するのは、主に奥さま付きの侍女らで、彼女達は当主や、男性達に諫められても、わたしを影で貶めるのは止めなかった。
「奥さまはどうして、ロザリーを嫌うのかな? きみは、何もしてないだろう?」
「ええ。何もしてないわ。接触すらないしね」
子供の頃、わたしがキャピュレット家を訪れると、奥さまは自分の部屋に籠もって出て来なかった。当主がわたしの出入りを許していたので、部屋に籠もることで抗議をしていたつもりらしい。
「メテオは奥さまがわたしを嫌う理由を知っている? 何か聞いていたりする?」
「いいや、知らない。奥さまは体調を崩して領地にいた頃に、きみの父上の勘当が解かれていたし、自分の不在中に、きみがジュリエットさまと仲良くしていたのが面白くないのかと思っていた」
「それもあるかもしれないわね。自分が屋敷を開けていた時に、野良猫の娘が出入りして面白くなかったのかも」
「ごめん、それも姉さんが言った失礼な言葉だよね」
「別にメテオが悪いわけじゃないから気にしないで。わたしの父が母と貴賤結婚したのは事実よ。高位貴族ならそれを嫌に思って当然だわ」
貴族は血統主義者が多い。高位貴族であるなら尚更だ。貴族の青い血に平民の血が混じるのを面白く思わない人間なんてざらにいる。平民だったわたしの亡き母を、叔母は酷く嫌っていた。その娘であるわたしのことも嫌悪していた。
「それにしてもさ、ティボルトは誤解くらい解いてくれても良いのに。ティボルトが一言、誤解だって言えばジュリエットさまだって分かってくれたと思うよ」
「仕方ないわ。わたしは、ティボルトに嫌われていたようだもの。あれはわたしが悪かったの。ほんの冗談のつもりだったけど、ティボルトにとっては傷つけられたように感じられていたのね」
「でも、僕にはティボルトが、きみのことを嫌っているようには見えなかった。きみたちは普通に仲が良かったじゃないか。逆にジュリエットさまには驚かされたな。大人しい子だと思っていたのに、あんな風にロザリーを批難するなんて思ってもみなかった」
ジュリエットって案外、気の強い子だったんだねと、メテオは言った。
「姉さんが横槍を入れてしまったから、拗れてしまったんだと思う。でも、ジュリエットさまの言った事なんて気にしない方が良いよ。ここだけの話だけど、ジュリエットさまは奥さまや、姉さんが甘やかすせいで段々、我が儘になってきているらしいんだ」
「……!」
ジュリエットは評判が悪いらしい。それを聞いて嫌な予感がした。
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