第3話・言っても分からないならお仕置きよ


「なんだ? 何か用か?」


 わたしが引き止めるとは思わなかったのだろう。仲間と共に背を向けたロミオは振り返った。そのまま立ち去ろうとしたら、襟首を引っ張ってでも引き止めていたところだ。


「何か用かじゃないでしょう? ティボルト達に何かないの?」

「別に」

「悪いことをしたら謝るのは当然でしょう」

「おれら謝るような事はしてねぇもん」


 ロミオは悪びれる様子も無く、耳に指を突っ込んで耳カスをほじり始める。なんだその態度? 貴族の子息としてはあり得ない行動だ。まあ、鼻くそでなかっただけいいけど。


「暴力で相手に言うことを聞かせるのは、最低な行為よ。力で相手をねじ伏せるのが、男の強さの証明だと思い込んでいないでしょうね?」


 ロミオの周囲の者達や、ティボルト達もハッとした様子を見せる。でも、ロミオは通常運転らしい。

「それがどうした?」と、聞いてくる。


「言っても分からないならお仕置きよ」

「はあ?」


 わたしは先ほどから視界に入っていた、物干し竿が気になっていた。その側には洗濯物を物干し竿にかける為の、Y字型の棒があった。それを拝借させてもらうことにした。

 わたしは前世、祖母から長刀を教わっていた。祖母は時代劇俳優で結婚を機に芸能界から身を引いたが、沢山習い事をしていて、琴や三味線、日舞に茶道、殺陣に長刀と幅広かった。両親が共働きで祖母に子守をされて育ったわたしは、祖母が通う道場に一緒に足を運んで、物心つく頃には自分も長刀を振るっていたことがある。体を動かすのが楽しくて夢中になったものだ。


 わたしが演劇に興味を示したのも祖母の影響が大きかった。ただ、祖母は日本の時代劇をメインに活動していたけど、わたしはそれが古くさく思われて、それ以外の演劇に魅力を感じていた。

 洗濯棒を構えると、皆が息を飲んだ。


「さあ、どこからでもかかってきなさい」

「卑怯だぞ。そんな棒で」

「あんたがそれを言うの? あんただって何も持たないティボルト達を木剣で叩いていたわよね?」


 ティボルト達が一方的に痛めつけられていたのは、ロミオ達が木剣という武器を持っているのに対し、素手で応じていたからだ。そこにもわたしは憤りを感じていた。


「来ないのならこっちから行くわよ」


 わたしの一声で、皆が一斉にかかってきた。卑怯にも後ろからかかってくる者もいる。そういう者は長い棒の後ろを突き出して峰打ちを狙う。皆、力任せに木剣を振るうので、それをわたしとしてはただ、叩き落として振り払っていただけなのだけど、数分後にはあっさりと決着が付いていた。

 木剣を手にして襲いかかってくる9歳の少年らを相手に、7歳の少女がY字型の棒を振り回す。傍目から見たらとんでもない光景だと思うけど、わたしとしては、してやったりの気分だった。

所詮12歳のお子ちゃまが、見た目は10歳、頭脳は18歳のわたしに叶うはずもなかった。


「俺らの負けだ」


 悔しそうに言うロミオの顔は、でもスッキリしているように見えた。


「もう二度と、こんなことしないのよ。もし、またこんなことがあれば……」

「降参だ。もうしない」


 地の上にお尻をついた悪童達を前に、Y字の棒を利き手に持ち、反対側の手は腰にあてて凄めば、「もう二度としません」と、良い子のお返事が返って来た。


「おまえって面白いな。気に入った」


 たじろぐ不良少年達の中でロミオが笑った。これでロミオが更生してくれたなら、ジュリエットの未来は明るいものとなるはず。今まで悪童に手を焼いていた街の人々も安心するだろう。わたしはやりきった使命感に燃えていた。ボロボロになりながらこの場を去ったロミオ達を見送った後、清々しい気持ちになった。


 さあ、帰ろうと、ティボルト達を振り返った時だった。悲鳴のような声が響いた。

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