閑話 ルーラの恋

「リアナ様、ちゃんと渡せたかな」


 ルーラは主人が気持ちよく眠れるよう、ベッド周りを整えながら独りごちる。

 こんな失敗作は渡せないと、うじうじするリアナを見送ってから既に一時間近くが経過していた。


「ルーラちゃん、ただいま」


 ノックがあり、ルーラは主人が戻ってきたと思い出迎える。

 扉から入ってきたのは護衛のエルドのみで、リアナの姿はどこにもない。


「エルド様、リアナ様はどちらへ?」

「あれは朝まで解放されないねー」

「どういうことですか?」

「夫婦仲がよろしいってこと」

「あ!」


 鈍いルーラはようやく察して、驚きの声を上げてしまう。


 きっと、上手く行ったのだ。不器用な主人が一生懸命作った、自称お守りを旦那様はお喜びになられたのだろう。

 そのままあちらの部屋にお泊りをして、盛り上がった夫婦が何をするかは想像に容易い。


「真っ赤になってる。可愛い」

「私、そういうことへの耐性がなくて。どうにかしたいのですが、なかなか……」


 リアナの中身が入れ替わる前は、旦那様が主人の部屋を訪れることもなかった。

 それが今ではほとんど毎日やって来る。このベッドで愛を確かめ合っているのだと思うと、ルーラはいつも取り乱してしまう。


「耐性をつければいいんじゃないかな」

「どうやって?」

「俺と付き合ってみるとか」


 エルドは反応が面白いのか、笑いながらルーラの頬に手を添えた。そのままキスをされそうな状況に、尻餅をついてしまう。


「からかわないでください!」

「別にからかってるつもりないけど」

「そんなこと言われたら、勘違いして本気にしてしまいます〜」


 床にへたり込んだままのルーラに合わせて、彼もしゃがみ込む。


「本気にしてくれて、いいよ」

「エルド様は、他にも親しい女性がたくさんいるんですよね……私は遊びでお付き合いするのはちょっと」

「あーあ、隊長が変なこと言うから。確かに親しい子は多いけど、男女の仲ってわけではないから」

「信じられません」


 こんなに素敵な人が、なんの取り柄もなく、そそっかしいだけの自分を好きになってくれるとは思えない。


 王宮には若い男性が圧倒的に少ない。若いというだけで、メイド達の騒ぎの的になる。 

 エルドは若く、爽やかで顔も良く、細身だが鍛え上げられた軍人ということで、今やメイド達はこぞって彼を狙っているのだ。


 ルーラよりも仕事ができて、美人なメイドは沢山いる。メイドでなくても、彼なら嫡男のいない貴族の家に、婿に入ることだってできるかもしれない。


「えー。考えといてよ。返事はいつでもいいからさ」

「はい……」


 彼は手を差し伸べて、ルーラを立たせてくれた。気さくで、優しくて、それから笑顔が素敵な人だ。好きにならないわけがない。


「今日はもう上がりな。部屋まで送ろうか?」

「いえっ、大丈夫です! もう少し部屋を片付けてから上がりますので、エルド様は先におやすみになってください!」

「ん、分かった。おやすみ」


 ぽんぽんと優しく頭を叩かれる。それだけで恋愛初心者の心臓は激しく脈を打ち、爆発しそうだ。

 

「おやすみなさいませ」


 手を振って部屋を出ていく彼を、ぼんやり見送る。ルーラが彼と恋をするには、自信も経験も、何もかもが足りなさすぎた。

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