3-10 悪夢で会えたなら

 冬場は日が落ちるのが早い。三人で話し込んでいるとあっという間に日が傾き始める。


 薔薇園を引き上げる準備をしながら、ルーラは突然リアナーレに尋ねた。


「そういえば。完全無欠の戦女神様は、どうしてお亡くなりになられたのですか?」

「あー、それは……私が勝ったと思って気を抜いていたというか……」


 リアナーレは天を仰ぐ。完全無欠というのは言い過ぎだが、自分でもあの時のことは不思議なのだ。


 多少、心に緩みがあったかもしれない。それでも、戦場に立つ時は、すり減るほどに神経が研ぎ澄まされているものである。


 特にリアナーレは人並み外れた気配察知力を誇っていた。重たい鎧を纏わぬ理由もそこにあり、慢心故の死と言えばその通りだ。

 ただ、胸を貫通するほど深く刺されるまで、背後の気配に全く気付かないことがあるだろうか。


 あの時のリアナーレは、殺気どころか人の気配すら感じていなかった。空間を突き破り、唐突に現れた鋭い塊に貫かれた。そんな感覚だ。


「そのことについて、隊長と話してなかったすね。あまり話さない方が良いかと思っていたんすけど、どうしますか?」

「ルーラには刺激が強いと思うから、後で聞く」

「といっても、大したことは分かってないんすけどね」


 エルドは大きな欠伸をした。それにつられて聖女様もはしたなく欠伸をする。隣国と戦争を繰り返しているとは思えぬ、平和な黄昏時だった。





 気づくと、リアナーレは荒れた大地に立っていた。亡骸がそこかしこに転がり、ところどころ火の手が上がっている。


 見慣れた戦場の景色だ。


 強い風が吹きぬける。リアナーレの短い朱色の髪は散らばって、視界を遮った。髪を掻き上げると、いつの間にか目の前に男の影がある。

 

 夢だ。現実ではない。


 リアナーレは自らに言い聞かせるが、目覚めることができない。


「リアナ」

「セヴィー……」


 冷たい目、死人のように硬直した表情。リアナーレがよく知る、軍事総帥を務める第二王子、セヴィリオ=シャレイアンがそこにいる。


「何故生きている?」


 彼はリアナーレに尋ねる。ただの疑問ではなく、存在を否定する言葉に思えた。

 全身から嫌な汗が吹き出して、戦女神の体を濡らす。


「私が生きていてはいけないの?」

「ああ。お前は国にとって目障りだ。神聖視されすぎた」

「本来民に崇められるべきは、聖女様だものね。大人しくて、美しい、王国の傀儡人形として」


 聖女様、という言葉に彼の眉がぴくりと動く。 


「分かっているのなら、何故死ななかった。死なせるために連合軍討伐を任命したというのに。生き延びることのないよう、刺客を紛れ込ませたというのに」


 やはり、リアナーレは不要だったのだ。女としても、軍人としても、王国セヴィリオに切り捨てられた。


「そんなに死んでほしいのなら、貴方の手で殺して頂戴」


 リアナーレは両手を広げ、無防備な体を晒す。


「そうだな。今すぐ、屠ってやろう」


 セヴィリオは剣を構える。それは、収穫祭でリアナーレが見つけた剣だった。

 

 もう、どうでも良くなった。


 国のためと思っていたが、どうやら国は必要としていないらしい。愛する人にも望まれていない。


「言い残すことはあるか」

「……何もない」


 剣が迫る。衝撃と共に、鋭い先端が体内を貫いた。体が動かず、息もできない。


「……っ、……!」


 リアナーレは自分の唸り声で目を覚ました。

 やはり夢だったのだと言い聞かせても、しばらくは胸の動悸が治まらず、ぴくりと動くこともできなかった。

 汗でシーツがぐっしょりと濡れている。


「リアナ、大丈夫?」


 隣で寝ていたはずのセヴィリオは、異変に気づいたようだ。寝ぼけた声で、聖女様を気遣う。


「え、ええ、大丈夫」

「怖い夢を見たんだね」

「そうかもしれない」


 愛する人に殺される、恐ろしい夢だった。


 やっとの思いでリアナーレが寝返りを打つと、セヴィリオは背後から汗まみれの体を抱き締め、鼻先を首に擦り寄せた。


「大丈夫、全部夢だから。君のことは今度こそ、僕が護ってみせる」


 ――貴方は私がリアナーレだと知っても、同じように抱き締めてくれますか。


 声にならない問いが、闇の中へと消えていく。


 戦女神は胸を貫かれて即死だった。至近距離から的確に、心臓を狙って刺されていた。実行犯は味方に紛れていた刺客だろうと、お茶会の後にひっそりエルドが教えてくれた。


 但し、リアナーレを殺した何者かは、その場で自死したらしく、あくまで推測でしかないという。

 

 エルド曰く、死体の上腕には蛇が絡み合う文様が刻まれていたらしい。


 蛇の文様。リアナーレが思い当たるのは、シャレイアン王家の紋章だけである。

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