2-10 旦那様は格好をつけたい
「いつから気づいていたの?」
ため息をつきながら、リアナーレは元部下に尋ねる。
「護衛を任された時。むしろ、それで隠せていると思ったんすか?」
「だって。死んだ人間が別の人間の体で生きているなんて、あり得ないでしょう」
「リアナーレ隊長に似すぎなんすよ。仕草、表情、行動、喋り方全部。あり得ないという概念を吹き飛ばすくらいに」
呆れを表情に滲ませ、エルドも深く息を吐きだした。
隊長、あなたって人は。相手を叩きのめすこと以外にも気を遣ってくださいよ、と言わんばかりである。その通りなので、反論はできない。
「そのこと、セヴィリオに報告していたり……」
「面倒なことに、俺が自ら首を突っ込むと思うんすか?」
「良かった」
リアナーレは胸を撫でおろす。溺愛する嫁の中身がリアナーレに入れ替わっていると分かったら、セヴィリオがどう出ることやら。
最悪の場合、国を惑わした魔女として追放や死刑に処せられることだってあり得るのだ。
「逆に、セヴィーが気づかないのが不思議に思えてきた」
「……まぁ、フォード様も気づいてないっぽいっすしね」
質素な観客席に座る元戦女神と、隣に立つ元部下の間に気まずい空気が流れる。
一度リアナーレが死んでいることに変わりはないので、素直に再会を喜ぶことができなかった。
「あ、セヴィー」
セヴィリオが現れたのは、予定されていた模擬戦が全て終わった後のことだ。
黒い軍服に身を包んだ彼は、フォードとマルセルと何やら言葉を交わし、こちらを見る。
軍人たちの待機場は、闘技スペースを挟んで観客席の反対側に位置する。彼らが何を話したのかまでは分からない。
「めっちゃこっち見てるじゃないすか!」
「あの死んだ目は、聖女でなくエルドに向けられていると思う」
「やっぱり!?」
セヴィリオはゆっくり首と腕を回すと、新兵が運んできた剣を受け取った。模擬戦に飛び入り参加をするつもりなのだ。
「おお、珍しい」
「嫌な予感しかしないんすけど」
彼の光のない目は、やはりエルドを見据え、こちらへ来いと指で示す。
恐らく、嫁が雄姿を見に来ているとフォードが彼に伝えたのだ。図らずしも面白い展開になった。
「行ってらっしゃい」
リアナーレはニッコリ笑って、可愛い元部下を送り出す。
「あれ、真剣じゃないっすか? 俺、この場で処刑される?」
「私が代わってもいいけど」
冗談のつもりでリアナーレが椅子から立ち上がろうとすると、エルドは観念したようだ。
「……行ってきます」
「期待してる」
リアナーレは、元部下がセヴィリオを負かしてしまったら申し訳ないと思っていた。
そう思えるほどに、エルドは強い。リアナーレの陰に隠れて目立たなかったが、彼の実力は王国軍内でもトップクラスだ。
天性の才能に加え、彼は日ごろからリアナーレの鍛錬に付き合わされていた。
指揮する者としての戦場での振舞い方、戦術も叩きこんである。本来ならばエルドに護衛など役不足なのである。
「あらら」
リアナーレの想像は、意外にも覆される。一瞬の出来事だった。
開始数秒後、セヴィリオはエルドの背後をとり、首筋に鉄の塊をあてがった。首をとられたに等しいエルドは、構えていた剣を手放し、降参のポーズをとる。
エルドが手加減した? いや、違う。恐らくセヴィリオは動作とは逆方向に視線を流した。
反射神経の良いエルドは見事に視線の方へと誘導され、フェイントに気づいた時には手遅れというわけだ。エルドが硬直して見えたのはそのためだろう。
フェイントをかけるのは簡単に思えて難しい。相当な運動神経の持ち主か、鍛錬を積んでいるかのどちらかだ。
リアナーレを含め、普段馬上で戦うことの多い指揮官らは使わない手でもある。
それでも、私なら――
リアナーレは目を輝かせ、自分ならどう対処するかを脳内でシミュレートした。フェイントによる僅かな違和感に気づいて感で屈み、即座に彼の足元を狙っただろう。
「リアナ、見てくれた?」
セヴィリオは模擬戦用の剣をエルドに押し付けると、妻のもとへと足早に歩み寄ってきた。
「うん、見てた」
「どうだった」
興奮した、とは流石に言えない。母親に褒められたい子どものような彼に、リアナーレは彼が望んでいるであろう言葉を返してやった。
「驚いた。今日の誰よりも強かった」
「良かった」
セヴィリオは眉尻を下げ、柔らかく微笑んだ。
事務仕事の他に鍛錬を積んでいるようには見えなかったが、いつの間にあれほどの実力を身に着けたのだろう。
リアナーレは、元の姿で戦ってみたかったと思った。良い勝負になったかもしれない。ちなみに、リアナーレは入隊して以来、不敗を誇る。
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