第10話(3)三癖くらいある連中

「……メラヌ、貴様の知り合いならばさっさと言え」


「いや~ごめんね、スビナエちゃん。ちょっと楽しそうだったから様子を見てたのよ」


 場所を立派な屋敷の庭に移し、スビナエとメラヌがティータイムを楽しんでいる。どうやら二人は顔見知りのようである。


「前から言おうと思っていたが……先代、いや、先々代から我が島の民にとって大恩ある貴様とはいえ……こうも簡単に出入りされては困るのだ」


「それもごめんなさい。一刻も早く、この島の温泉に浸かりたかったのよ~」


「易々と警戒網を突破される警備の者の面子というものも考えてやれ」


「あ~分かった、以後気を付けるわ」


「それで?」


「ん?」


「しらばっくれるな、本題を言え、まさか本気で湯治に来たわけではあるまい」


「……やっぱ、バレた?」


「貴様一人ならばともかくとして、何やら一癖も二癖もありそうな連中を引き連れてきているのだ。なにかあると考えるのが普通だろう」


 スビナエが淡々と話す。


「うわ~広いお屋敷だね! 走り回れるよ!」


「走り回るな! 子供か!」


「この立派な太い柱……剣の打ち込み稽古にピッタリでござるな。どれ……」


「どれ、じゃない! 外でやりなさいよ!」


 自由奔放に振舞うアパネとモンドをルドンナが嗜める。


「『地獄の業火』!」


「あ、熱い!」


「す、すみません、ショー様!」


 悲鳴を上げる俺に対してスティラが慌てて謝る。俺の体中に生えた植物を魔法で燃やそうとしてくれているのだ。傍らで見ていたアリンが呆れる。


「何をやってんのよ……」


「なかなか火の加減が難しくて……」


「火系統でも、もっと簡易な魔法使えばそれで済む話でしょ?」


「わたくし、火系統の魔法はこれしか知らなくて……」


「なんで下位や中位の魔法をすっ飛ばして、上位魔法を習得しちゃってんのよ……ひょっとしなくてもアンタって天才?」


「いえ、わたくしなどまだまだです。『地獄の業火』も先のトウリツでの戦いで、アリンさんが使われていたのを見様見真似でやってみただけですから」


「悪気のない嫌味かい……まあ良いわ、私の糸でこまめに切っていくわ。細かい所は下位の火系統魔法で燃やすから、それを見て覚えて。二人でやった方が早いから」


「承知しました」


 アリンとスティラが手際よく、俺の体に生い茂った植物を処分してくれる。おかげでほんの十数分ほどで、俺は綺麗な半裸に戻った。


「はい、終わったわよ。ダーリン、服ね」


「あ、ありがとうございます」


 アリンが俺の服を魔法で浮かせて渡してくれる。受け取った俺はすぐに服を着る。そんな様子を眺めて、メラヌが笑いながら言う。


「確かに一癖も二癖も……下手すれば三癖くらいある顔ぶれね」


 スビナエがティーカップを置き、腕を組んで口を開く。


「その筆頭が貴様なのだが……」


「え? 私も頭数に入っているの? 心外だわ」


 メラヌが唇を尖らせる。スビナエがため息をつく。


「恩人だからな……一応、話だけは聞いてやる。さっさと話せ」


「分かったわ。皆、ちょっと集まって頂戴」


 集まった俺たちは二人と同じテーブルに着く。スビナエがメラヌに向かって尋ねる。


「それで?」


「単刀直入に言うけど、私たちは魔王軍と戦っていて……」


「断る」


「早っ!」


 スビナエの即答に俺は驚く。


「なんでよ、つれないわね~」


「貴様も知っているだろう、我らはこの島の外で起こっている事象に関しては基本的に不干渉……。それが数百年続いている伝統的な考えだ。言い換えれば自衛の策だな」


「自衛の策?」


 アパネが首を傾げる。スビナエが呟く。


「島外に必要以上に関わると、争いごとに巻き込まれる可能性が高い……」


「成程、メニークランズ自体も大陸中央部には不干渉だものね。賢いやり方かもね」


 ルドンナが眼鏡を拭きながら頷く。アリンが声を上げる。


「今現在、この島の外で何が起こっているのか分かっているの⁉」


「魔王ザシンが復活し、魔王の軍勢が各地に侵攻しているのだろう。流石にそれくらいの情報は仕入れている」


「ならばどうして⁉ メニークランズの危機なのですよ⁉」


 今度はスティラが声を上げる。スビナエは冷静に答える。


「島民を危険に及ぼす可能性がある。下手に動いてリスクを増やしたくはない」


「魔王軍が侵攻してきたら如何するおつもりか?」


「資源の乏しいこの島に兵力を割いてわざわざ攻めてくる可能性は極めて低い」


 モンドの問いにスビナエは淡々と答える。


「で、でも、可能性はゼロという訳ではないですよね?」


「……無論、この島に害をもたらすというのなら全力で排除する」


 スビナエは口を挟んだ俺をギロッと睨み付ける。その鋭い眼光に俺は萎縮する。アリンが堪らず噴き出す。


「ハ、ハーフリングのアンタたちが魔王の軍勢に敵うとでも?」


「口の利き方に気を付けろ、小娘……」


「こ、こむっ……! ア、アンタの方が小さいでしょ!」


 アリンが椅子を蹴って立ち上がる。スビナエが今度はアリンを睨む。


「背丈の話ではないとニュアンスで分からんのか? 魔族も程度が知れるな」


「な、なんですって⁉」


「あ~ちょっと、ちょっと、落ち着いて、主にアリンちゃん」


 メラヌが両手を広げて、場を落ち着かせる。


「……ふん!」


 アリンが椅子を直して座る。メラヌが両手をポンッと叩く。


「分かった、頼み方を変えるわ」


「……聞こうか」


 スビナエが視線をメラヌに戻す。


「私の見立てでは、魔王軍が再び動き出すまで、後六日は猶予があると思っているの……その六日間でこの一癖も二癖もある愉快な子たちを鍛えてあげて欲しいの」


「⁉」


 メラヌの言葉に俺たち全員が驚く。アパネが声を上げる。


「鍛えてあげてって……こう言っちゃなんだけど、ボクより強いの⁉」


「アパネちゃんだけじゃなく、他の五人より強いわ」


「それはなかなか興味深いでござるな……」


 モンドが愉快そうに顎鬚をさする。スビナエがやや間を空けて答える。


「……その提案も却下だ、貴様がやれば良いことだろう」


「私は教え方が下手でね~なんだかんだ面倒見の良い貴女が適任だと思うの」


「面倒見の良い? 島をまとめる者として当然の振る舞いをしているだけだ」


 スビナエが首を左右に振る。今度はメラヌがやや間を空けてから口を開く。


「そう言えば、今思い出したんだけど、貴女が小さかった頃……」


「?」


「私の悪戯話を真に受けて、怖くて夜にお手洗いに行けなかったのよね。それで……」


「やるからには徹底的に鍛え上げるぞ」


「変わり身早っ⁉」


 俺は三度驚いた。

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