第9話(4)咄嗟のアドリブ

 開門された城門から中に入ったが、中は既に乱戦状態となっていた。俺は地下通路の出入り口を探す。恐らくは城壁に近いところだろうと目星を付けて、壁に沿って移動する。


 そうしているとわりとあっさりと見つかった。厳密に言うと、地下通路の出入り口ではなく、スティラたちがいると思われる場所である。何故ならば周囲を含めてその空間のみ、同盟軍が押され気味だったからだ。ここに魔王軍の残りの主力部隊がいる。そう確信した俺は剣を構えて突っ込んでいく。


「スティラ! アリン! ⁉」


 そこで俺が目にしたのは、魔族の兵士たちに囲まれ、体に傷を負ったアリンとその後ろに困惑気味に立つスティラの姿であった。


「ああ、ダーリン……」


「ショー様……」


「これは……どういう状況です⁉」


「下手に動かない方が良いよ!」


「え? ぐっ⁉」


 一歩を踏み出した俺は、膝に切り傷を負う。刃物で切られたような傷だ。


「ショー様!」


「な、何もないはずなのに……!」


 戸惑う俺にアリンが説明する。


「……自身を透明にする魔法の使い手よ」


「……まさか四傑の⁉」


「ええ、四傑の一人の……懐刀の仕業よ」


「防衛線を素通りしたというのも?」


「この魔法を使ったんでしょうね。まさかここまで広範囲に影響を及ぼせる程とは思わなかったけどね……」


 アリンが忌々し気に呟く。


「裏切り者は死ね!」


「邪魔!」


「グヘッ!」


 アリンは自らに斬りかかってきた魔族の兵士を爪で切り裂き、吐き捨てる。


「裏切りも何も、そもそも貴方達に与した覚えがないから……」


「ふむ、同族相手に冷たいものだな……」


 何もない空間から黒いローブに身を包み、剣を片手に持った魔族の男が現れる。


「いきなり殺しにくる奴らに言われたくはないわね」


「アリン、こいつが⁉」


「ええ、そうよ」


 魔族の男がこちらに視線を向ける。


「こいつ呼ばわりとはご挨拶だな……何者だ?」


「転生者の勇者、ショー=ロークだ」


「貴様が勇者? あまり強そうには見えないな……」


「ちょっと、ダーリンに向かって本当のこと言わないでくれる⁉」


「ええっ⁉」


 フォローや忖度一切無しの発言に俺も魔族の男も驚く。


「ほ、本当のことなのか……」


「……た、ただ! 貴様らがこの世界を混沌の闇に包みこもうとするのならばそうはさせない! 勇気だけなら誰にも負けません!」


「ふん、どんなに虚勢を張ったところで足が震えているぞ……まあいい、礼儀としてこちらも名を名乗ろうか、私は魔王ザシン様に仕える四傑が一人、エーディ様の懐刀、ガダーだ」


 ガダーはそう言って剣を構える。剣を構えただけでも、只者ではない強者特有のオーラを漂わせている。はっきりとした実力差を感じ、足だけでなく剣を持った手も震える。


「ダーリン落ち着いて! あの巨人の部隊も透明にすることでかなりの魔力を消費している! 今は透明に出来る範囲も持続時間もかなり限られるはず!」


 アリンは冷静な分析を俺に伝え、落ち着きを与えてくれようとしている。


「わ、分かりました!」


「かと言って、実力差はどうにもならん!」


「くっ⁉」


「な⁉」


「こ、これは⁉」


 ガダーが俺に斬りかかろうとしたが、寸前でその動きが止まる。ガダーがアリンを睨む。


「貴様の糸か! 小癪な真似をしてくれる!」


「余裕ぶって姿を現してくれて助かったわ! 腕を捩り斬るわよ!」


「なんの!」


「きゃあ!」


 ガダーが右腕を強引に振り上げる。その力強さに逆にアリンが引っ張られて、その場に転倒してしまう。


「鍛え方が違う……このまま城壁にでも叩きつけてやろうか?」


「ぐっ!」


「そ、そのまま、堪えていて下さい!」


「え⁉」


「スティラ⁉」


「『裁きの雷』!」


「ちぃっ⁉」


 スティラが杖を掲げると、大きな雷がガダーの近くに落下する。激しい土煙が舞う。


「や、やったか……⁉」


 土煙が晴れると、右腕を失ったガダーの姿があった。ガダーは苦々しい顔を浮かべる。


「お、おのれ……!」


「直撃を躱したのね……しぶとい!」


「非戦闘員と思って油断した……エルフの女、貴様から始末する!」


 ガダーは左腕で剣を拾い、スティラに向かって飛び掛かる。


「くっ!」


「無駄だ!」


「なっ⁉」


 ガダーの姿が見えなくなる。アリンが叫ぶ。


「直撃じゃないから裁きの雷でも魔力を制限出来ていない!」


「ど、どこから仕掛けてくるか分かりません!」


 スティラが戸惑いの声を上げると同時に俺は叫ぶ。


「! 『理想の大樹・癒し』!」


「ダーリン! 股間に大木生やしている場合じゃないわ!」


「い、いや、あの木はもしかして⁉」


 スティラが気付く。俺は剣を振るって自ら生やした大木の表面を削る。樹液が勢い良く噴き出し、辺りに派手に撒き散る。


「何⁉」


 透明になっていたガダーに樹液が付着する。奴の場所が分かった。俺は叫ぶ。


「スティラ!」


「ええ! 『地獄の業火』!」


「グハアッ!」


 スティラの放った火の魔法を喰らい、ガダーは炎に包まれ、その場に崩れ落ちる。


「ガダー様がやられた! て、撤退だ!」


 魔族の兵士たちが逃げていく。周囲を見渡してみると、他の戦闘箇所でも同盟軍が優勢に立ち、魔王の軍勢はそれぞれ退却行動に入った。ホッと胸を撫で下ろす俺にアリンが近づく。


「まさか樹液をぶっかけるとはね……その発想は無かったわ」


「咄嗟に出たアドリブです」


「予定通りの行動じゃこっちが困るわよ」


「と、とりあえずは我々の勝ちで良いですかね―――⁉」


「ダーリン⁉」


「ショー様⁉」


「ガダーの仇は取らせてもらおう……」


 俺は背後から胸部を貫かれる。薄れていく意識の中、なんとか振り返ってみると、黒い髪をなびかせ、冷徹な表情を浮かべた男が俺に刃を突き立てていた。

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