第4話(4)山頂での討伐

「どういうことなのです!」


 詰め寄る俺たちを制しながら、モンドは閉じられた建物の壁の脇に空いた穴から建物の中に入る。俺たちも戸惑いつつ、その後に続く。中を見ると俺たちは驚く。


「これは……?」


「鍛冶仕事場でござる。立派でござろう。休業中も掃除だけは一日も欠かしてはいない」


「知ったような口ぶりね」


 ルドンナの言葉にモンドはフッと笑う。


「……なんだ、お前ら、どこから入った?」


 俺たちが視線をやると、ドワーフの男性が隣室から覗いている。モンドが説明する。


「こちら、勇者様ご一行でござる。この里一番の剣をお求めにいらっしゃいました」


「はん! 剣造りなんざ、もうとっくに辞めた! 他を当たってくんな!」


 そう言ってドワーフは仕事場に背を向けて、隣室へ戻る。モンドはため息を突く。


「ねえ、腕利きの鍛冶屋を紹介してくれるって言う話だったと思うけど?」


「ああ、そう言ったでござるな」


「絶賛休業中じゃん!」


「昨夜の酒場での話を覚えているでござるか?」


 モンドが俺に問い掛けて来た。昨夜……? はっきりと覚えているのはモンドの分まで立て替えさせられたことなのだが……場の空気的にそうではないのであろう。俺は記憶をフル回転させて、一つの答えに行き着いた。


「『この里には活気が感じられない』……そんな話をしていましたね?」


「そう、それでござる!」


 モンドが力強く俺を指差し、話し始める。


「里以外の者、取引業者や旅人の方々、皆、それぞれ多少の違和感は覚えつつも、勇者殿たちのようにはっきりと断言することは出来なかったでござる……」


「では、ショー様の見解は間違いではないと?」


 スティラの問いにモンドが頷き、俺たち四人の前で跪く。いや、それだけでなく、両手を床に突いて、深々と頭を下げながら言う。


「この里がこのような事態に陥ったのはタチの悪いモンスターの仕業なのでござる! 各々方、どうぞそのモンスター討伐に力を貸してはくれまいか!」


 四人の視線が一斉に俺に向く。俺の答えはシンプルそのものだ。


「……分かりました、モンドさん、貴女に協力しましょう!」


 俺たちはモンドの先導で谷のすぐ近くにある山へと向かう。木々や草花もほとんど生えていない禿山である。スティラが首を傾げる。


「モンスターがいるようには思えませんが……」


「奴は山頂にいるでござる……」


「山頂に……ん?」


 俺は道の脇にしゃがみ込む。アパネが尋ねてくる。


「どうしたの、ショー?」


「いや、水が湧いているなと……」


「それは允水いんすいでござる。この地域近辺でしか湧かない特殊な水で普通に生活用水としても使用出来るでござるが、飲むと不思議な力が湧く効果があるとも言われているでござる」


「不思議な力……ですか?」


「まあ、多少でござるがな……」


「珍しい水ですね、汲んでいきましょう」


 俺は手持ちの水筒一杯に允水を汲む。そして、皆に頭を下げ、登山を再開する。


「勇者様は好奇心が旺盛なことで……」


「長く勇者をやっていると、どうしてもそういう性分になるのですよ」


 ルドンナのからかいの言葉に俺は少々ムキになって反論する。道端に生えている単なる雑草だと思っても、それが意外な効果をもたらす薬草だったという経験もある。『勇者と主婦は特殊、特別、特有、限定、といった類の言葉に弱い』、俺の持論だ。どうでもいいが。そんなことを考えている内に山頂付近に着いた。山頂自体が大きく窪んでいる。


「これは……火口?」


「以前はそうだったようでござるが、もう数十年も前に火山としての活動は停止したと聞いております。代わりに数年前からこいつが居付いているのでござるが……」


「こいつって……ええっ⁉」


 火口を覗き込んだアパネが驚く。そう、火口一杯に真っ赤な液体状のスライムが溜まっていたのである。スティラが冷静に呟く。


「マグマのわりには、熱さなどは感じないと思いましたが……」


「ねえ、モンスター博士のルドンナ、こいつはなんて種族なの?」


「誰がモンスター博士よ、ちょっと馬鹿にしているでしょ……この大きさはメガ、いやギガスライム? 色合いから判断するにファイア系かしら? でも、大きさはともかくとして、スライムは基本、害のないモンスターのはずよ」


「左様。それ故、放っておいたのでござるが、少し前から困った行動を取るように……」


「困った行動?」


「ある程度溜まってくると分裂して飛び散り、火山灰のように里に降り注ぐのでござる。そして悪影響が……」


「悪影響?」


「モンスター博士殿がおっしゃったように、体に直接的な害は無いでござる。しかし、このスライムが体に付着すると、どうも活力を奪われてしまうようでござる……」


「なんとまた……」


「だから、このスライムを一刻も早くなんとかする必要があるのでござる!」


「よし来た! ちゃっちゃっと片付けちゃうよ~!」


 アパネが勢い良く飛んでスライムに殴りかかるが、スライムはその攻撃を跳ね返す。


「あ~れ~⁉」


 アパネは成す術なく空中を回転しながら舞う。ルドンナが呆れたように叫ぶ。


「何を遊んでんのよ、アパネ!」


「……ご覧の通り、打撃は無効でござる。但し……」


 モンドが火口に近づき、剣を振るうと、スライムが一部切り裂かれる。俺は驚く。


「おおっ! 凄い!」


「尊敬する武人から譲り受けたこの名刀光宗みつむねと、長年磨き上げたそれがしの剣技があれば、跳ね返されることなく攻撃を加えることは可能! しかし……」


 飛び散るスライムを躱しながらモンドは悔しそうに呟く。


「これでは根本的な解決にはならないのでござる……」


「ふむ……スティラ、ルドンナ……」


 俺は二人に耳打ちした後、モンドに声を掛ける。


「モンドさん、もっと思いっ切り、切り刻んじゃって下さい!」


「ええっ⁉」


「我々を信じて!」


「……分かり申した!」


 俺の真剣な目を見たモンドは一旦剣を鞘に納めて、構えを取る。


「奥義『無限乱舞』‼」


 モンドは高らかに叫び、剣を抜き放つ。彼女の剣の振りは素早く、瞬く間に巨大なスライムを細切れ状態にしてしまう。


「流石です!」


「し、しかし、飛び散ったスライムが……!」


「スティラ!」


「はい! 『バリアー』!」


 スティラが両手をかざして魔法を唱える。結界魔法だ。火口周辺に展開した結界が、スライムが四方八方に飛び散るのを防ぐ。次いで俺が叫ぶ。


「『允水多生いんすたばえ!』」


 不思議な功能を持つという允水を多分に染み渡らせた木を飛び散るスライム全てに生えさせる。俺はルドンナに目配せする。ルドンナは手をかざす。


「来なさい、ジャックフロストちゃん!」


 ルドンナが少し大きめの雪だるまのような姿の妖精を召喚する。召喚された妖精は口から氷の息吹を辺り一面に吹きかける。その息吹を受けたスライムたちは俺が生やした木もろとも地面に凍り付く。火口の周りを氷の木々が囲うような恰好になった。


「この氷、後数十年は溶けないわ。その頃にはこのスライムも完全に滅しているでしょ」


「おおっ……ありがとうございますでござる! これで里が救われます!」


 モンドは珍しい光景にしばし目を丸くした後、俺たちに向かって礼を言う。


「いや、そんな……大したことはしてないよ」


「アンタはホントに何もしてないでしょ……」


 照れた様子を見せるアパネにルドンナが突っ込みを入れる。山を下りると、里が目に見えて活気を取り戻したようであった。スティラがルドンナに問う。


「ルドンナさん、これは……?」


「……親玉が機能不全に陥ったことで分裂した奴らも力を失ったんでしょ。推測だけど」


「! 父上~!」


 モンドが先程訪れた建物に走り寄る。ドワーフがモンドに声を掛ける。


「お、モンド! お前、どこで油売っていやがった! さっさと店を開けるぞ!」


「……はい!」


 里一番の鍛冶屋は彼女の実家だった。しばらくして、モンドが戻ってくる。


「勇者殿! 父が一日あれば最高の剣を造ってみせると言っておりますでござる!」


「い、一日で⁉ 本当ですか⁉ 是非お願いします!」


「併せて、里を救って下さった皆様を感謝の宴にご招待致しますでござる!」


 俺たちは里で一番大きい建物に連れられていき、宴に参加することになった。俺はドワーフの里ならではの料理を堪能しつつ、周りに薦められるまま酒をしこたま飲んだ。


「ショー様、わたくしたちは流石に疲れましたので、お先に失礼します」


「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃいでごひゃる!」


 スティラたちが声を掛けてきた頃には俺はまたまたべろんべろんだった。翌日……


「それじゃあ勇者様と皆様、お気を付けて!」


 里の人たちに盛大に見送られて、俺たちは馬車を出発させる。


「各々方! モンドは更に大きくなって戻ってくるでござる!」


 モンドが荷台から手を振る。ルドンナが怪訝な顔で問う。


「ねえ、なんでアンタまで乗っているの……?」


「モンドで良いでござる、それがしも同行させてもらうことになったでござる」


「「「ええっ!」」」


 スティラたちが驚く。どういうわけか、モンドもパーティーに加入することになったらしい。あの巧みな武芸を見れば頼もしくはあるのだが。


「……それにしても勇者殿とは良い勝負だったでござるからな! はっはっはっ!」


 モンドは何か含みのある事を言って豪快に笑う。ひょっとしてまたまたまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラたちの冷ややかな視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。

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