第4話(2)ドワーフの里にて

 馬車が山道を進む。腕利きのドワーフたちの里ということで、馬どころか人が通るのも厳しく険しい場所を勝手に想像していたのだが、思っていたよりもずっとなだらかな所であった。間に大きな川を挟み、左右両側の斜面の勾配が異なる非対称な谷である。川からは二つの支流が流れ、それぞれ近隣の湖や海に流れている。この川沿いの平地や斜面の緩やかな部分にドワーフたちは住居を構えて暮らしており、谷底に近い川沿いの広い平地に市場や鍛冶場などを構えている。小柄な体格の者が多いドワーフの里で俺たちは大柄な部類に入るのだが、普段から他の種族がよく出入りしているのであろう、特に警戒されることもなく、一番栄えていそうな店が軒を連ねている市場に向かう。俺たちは市場の入り口付近で馬車を降りると、市場を散策し始める。


「さて……」


「流石に武具屋さんは沢山ありますね」


「護身用も兼ねてナイフでも一つ買うかな~アパネは鉤爪なんかどう?」


「爪は間に合っているよ。大体、鉤爪なんかあるの?」


「探せばあるんじゃない? じゃあさ、牙付きマスクは?」


「牙も間に合っているよ。ってか、なんでそんなマニアックなのばかり薦めるの!」


 ルドンナとアパネがああだこうだと騒いでいる横で俺は真剣な顔つきで剣を眺める。


「懐具合との相談にはなりますが、大事な剣です。気の済むまでゆっくりお探し下さい」


「ありがとうございます、スティラ、そうさせて貰います」


 俺は何店舗かまわってみたが、どうも心にピンとくるようなものが無かった。スティラが話し掛けてくる。


「如何ですか?」


「ああ、うん、なんといいますか、こう、今一つ決め手に欠けるというか……」


「川向かいにも武具屋さんは何軒かありますよ。行ってみますか? ……あら? もう店仕舞いを始めてしまっていますね……」


 見てみると、スティラの言う通り、各々の店が閉店の準備を始めている。気が付けばもう日暮れ時である。俺は三人に声を掛ける。


「宿を探すとしましょう。どうせ一泊はするつもりでしたし」


 俺たちは里で一番大きいと思われる宿屋にチェックインを済ませ、食事を取るために夜の町へと繰り出す。アパネとルドンナが楽しそうに話す。


「何を食べようかな~」


「ドワーフの里ならではの料理を食べたいところだね~」


「宿屋の方に聞きました。そこの角の酒場が安くておススメだそうです」


「お、ショー、流石、抜け目ないね~」


「……ショー様、あまり羽目を外し過ぎないで下さいね」


 スティラが釘を刺してくる。俺は苦笑交じりに答える。


「分かっています。ただ、気になることがありますので……」


「気になること?」


「それは店で話します」


 俺たちは店に入り、席について食事と酒を注文する。まずは酒で乾杯。アパネとルドンナが料理に舌鼓を打ちながら早くも盛り上がっているのを余所にスティラが尋ねてくる。


「それでショー様、気になることというのは?」


「……まず話の前提として、ただ美味しいお酒と料理を堪能したいだけでこの酒場に入ったというわけではありません」


「ほう……?」


「酒場というのは情報を集めるのに適した場所なのです。お酒が入れば、どんな種族でも胸襟を開きやすくなります。これはどんな世界でもほとんど共通している事象です」


「成程……情報を集める必要性というのが気になることに繋がるのですね?」


「そういうことです」


 俺はスティラの言葉に頷く。そしてしばらく他の客の話に耳を傾けてみる。聞こえてくるのはやれ北西の国ではコロシアムで大々的な武道大会が開催されているだとか、やれ北北東の大陸では吟遊詩人のグループが人気だとか、そういった他の地方の噂話ばかりで、俺が知りたい情報ではなかった。スティラが改めて口を開く。


「お望みの情報では無さそうですね……」


「ええ……もう少し時間が経ったら、常連客に一杯奢りがてら、話を聞いてみますか」


「それで何が気になったのですか?」


「気のせいと言われればそれまでですが……里全体に活気がないように感じられました」


「活気ですか……」


「やる気とも言いますかね。まあ、僅かな時間しか出歩いてはおりませんが」


「それはボクも同感~」


「……いまひとつバイタリティに欠ける気がするわよね」


 いつの間にか、アパネとルドンナも会話に加わってきた。既に二人とも酒臭い。スティラは構わずに話を続ける。


「店に並ぶ剣がショー様の琴線に触れなかったのもそれが関係しているのでしょうか?」


 俺はスティラの指摘に目を丸くする。成程、そういうこともあるのかもしれない。俺は酒を一口飲んで、頷きながら答える。


「ふむ……それはそうかもしれませんね。あまり大きな声では言えませんが、この地方有数の腕利きの鍛冶屋たちが作ったという割には、若干の物足りなさを感じました。こんなものではないはずでは……とね」


「お、言うね~ショー!」


「まるで歴戦の勇者様みたいね」


 アパネとルドンナが笑いながらからかってくる。二人とももう顔が真っ赤だ。こういう真面目な話をしている時に酔っ払いの相手をする必要は無い。無視するに限る。


「では、この里では剣の購入は見送りますか?」


「明日残りの店をまわってみてからですが、そういう選択肢もありでしょうね……」


「黙って聞いておれば随分と上からものを言ってくれるでござるな……」


「⁉」


 俺の真後ろの人物が立ち上がり、俺たちに振り返る。長身でスタイルが良く、その豊かな胸の膨らみに目を奪われる。なにやら不思議な衣服に身を包んでいる。他の世界で見た『キモノ』の派生のような服装である。この世界にもそれがあるのかどうかは分からないが。栗毛のポニーテールの髪型に整った美しい顔立ちをしている。ただ人間ではなくドワーフの女性のようだ。なぜそう思ったのかというと長い顎鬚が生えていたからである。ただし、オシャレに編み込んでいる。


「ド、ドワーフなのにデカい……」


「し、しかも女なのに……」


「アパネ! ルドンナさん!」


 スティラが慌てて二人を嗜める。俺は咄嗟に謝る。


「酔っ払いが失礼なことを……」


 ドワーフの女性は静かに首を振る。


「別にそれはいい、慣れている……ただ聞き捨てならぬのはそなたの物言いでござる」


「私ですか? ……生意気なことを申しました。お気に触ったのならすみません」


「いや、ある意味では鋭い見立てではあるのでござるが……」


「はあ……?」


 俺は首を傾げる。ドワーフの女性は顎鬚をさすりながら言う。


「腕の良い鍛冶屋ならば知っているでござるよ」


「そ、そうなのでござるか⁉」


「ショー、口調が移っちゃっているよ」


「紹介してやっても良いでござる」


「ほ、本当ですか⁉」


「まあ、条件次第でござるが……」


「条件?」


「明朝、川に掛かる一番大きな橋の上で待っているでござる」


 そう言って、ドワーフの女性は店を出ていった。俺たちは唖然とする。


「な、何だったんだ……?」


 気が付くと、店中の注目が集まっている。目立ちたくは無い。俺とスティラはゴネるアパネとルドンナを連れて会計を済ませようとする。店主がやや申し訳なさそうに言う。


「えっと、先程の者が隣のテーブルにツケといてとのことだったので……」


「んな⁉」


 俺たちは再び唖然とする。

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