第3話(4)理想のサイズ

「確かにこの山から禍々しい気配を感じるね」


 山のふもとに立ち、アパネが呟く。


「ええ……うおっ!」


 茂みから一匹のオークが飛び出してきて俺に襲い掛かってきた。俺はどうにかその攻撃を剣で受け止める。しかし、さほど大柄なオークでは無いが、その力は当然人間離れしており、俺は後方に吹っ飛ばされてしまう。


「ショー様!」


「だ、大丈夫です! アパネ!」


 なんとか咄嗟に受身を取った俺はアパネに指示を出す。


「オッケー!」


 俺の指示を受けると同時にアパネはジャンプして、空中からオークに飛び掛かり、オークの首を薙いだ。やはり夜の内に出発して正解だった、アパネの潜在能力を十分に発揮できるからだ。それを見ていたルドンナは口笛を鳴らし、後ろに振り返って俺たちの後を尾いてきていた自警団に告げる。


「これで分かったでしょ? アタシら正義の勇者様ご一行だから。逃げたりしないよ」


「あ、ああ……」


「で、どうする? 別についてきても良いんだけど、身の安全は保障しかねるね。大人しく町で報告を待っていていた方が利口だと思うけど?」


「そ、そうさせてもらう! すまないが頼んだぞ! 武運を祈る!」


「はいよ~お疲れさん」


 その場から慌てて去っていく自警団の連中の背中に向けてルドンナは軽く手を振る。自警団の姿が見えなくなると、ルドンナは振り返って俺たちに尋ねる。


「それじゃあ……逃げる?」


「な、何を言うのですか⁉」


 スティラが驚く。俺は冷静に告げる。


「……貴女もたった今言ったでしょう。我々は正義の勇者様ご一行です。困難に直面している方々を放っておくわけには行きません」


 俺はこれ以上ないほどのキリっとした顔で話す。俺たちは俺たちで資金難という困難に直面しているのだが。ルドンナは目を丸くする。


「模範的解答だね。冗談だよ、エルフさん、そんなに怒らないで」


 ルドンナがスティラに向かって両手を広げて首を竦める。


「……では山に入りましょうか」


 俺を先頭にして、俺たち四人は山を登り始める。しばらくすると、木陰から四匹のオークが飛び出してきて二匹ずつ俺たちの前後に立つ。


「⁉ 挟み撃ちか!」


「後ろは任せて!」


 後ろの二匹のオークを、アパネがあっという間に片付け、すぐさま反転し、もう一匹のオークに飛び掛かる。残りの一匹は俺に向かってくる。俺はなんとかオークの振り下ろした拳を躱す。なんせ俺は今ほぼ全裸である。一撃が致命傷だ。回復魔法をチートレベルで使えるスティラが居ても、回復するのは困難な状態に陥る場合がある。幸いだが、この山のオークは全く俺の手に負えないということは無さそうだ。


「っと!」


 そんなことを考えていたらオークの鋭い爪が俺の眼前に迫る。俺はこれを剣で弾く。余計なことを考えている暇は無い。一瞬の隙が文字通り命取りだ。せめて盾があれば、攻撃を防いでカウンターということも出来たが、盾も賭けに使ってしまった為、手元に無い。我ながらなんという愚かさだ。ただ嘆いていても仕方がない。


「シャ―!」


 一匹を片付けたアパネが俺に迫っていたオークを背後から爪で切り裂く。オークは倒れる。俺はほっとため息をつき、アパネに礼を言う。


「ありがとうございます、アパネ」


「別に……大したことじゃないよ」


 その後も山を登りながら複数のオークと遭遇するが、アパネの活躍によって、これらを退けることが出来た。なんて頼りになるんだろう。いや、仮にも勇者がそんなことを考えている場合じゃないんだが。ルドンナが感心する。


「狼娘ちゃん、ホント強いね~……それに比べて勇者様……」


 ルドンナがジト目で俺は見つめてくる。


「は、半裸なんですよ! 無茶を言わないで下さい!」


「そもそも半裸になっていることがリスクマネジメント出来ていないじゃん」


「げ、現状でのべストを尽くしているつもりです!」


「……物は言いようだよね」


「ぐっ……」


「ルドンナさん、そういう貴女はどうなのですか?」


 スティラがルドンナに尋ねる。確かにこれまでの戦闘で、彼女は何もしていない。文字通りただ突っ立っているだけだ。戦うわけでも、支援にまわるわけでもない。


「……アタシは自分で言うのもなんだけど、奥の手みたいなもんだからさ、マジでヤバい状況になったら動くよ」


 ルドンナは眼鏡を外し、レンズを拭きながら呑気に答える。スティラが首を傾げる。


「奥の手……?」


「まあいいじゃん、先に進もうよ、そろそろ連中の巣穴じゃない?」


 先に進むと、ルドンナの言葉通り、山中に大きな洞窟があった。ここがオークの奴らの根城のようなものか。俺たちは躊躇いなく奥に進む。それほど入り組んでいるわけではなく、基本的には一本道であった。光も所々射し込んでいる為に、全くの暗闇というわけではない。しばらくすると、広い空間に出る。そこにはこれまで倒してきたオークたちより一回り大きいオークがいた。スティラが驚く。


「な、なんて大きさ!」


「こいつがボス猿ならぬボスオークかな?」


「ボスをやっつければ、残りの連中も退散するはず!」


 ルドンナの言葉を受け、アパネが勢いよく飛び掛かる。


「グオオオッ!」


「ぐはっ⁉」


 ボスオークはその巨体からは想像も出来ないほどの機敏な反応で拳を振るう。拳をモロに喰らったアパネは思いっ切り吹っ飛び、壁に叩き付けられてうなだれる。


「アパネ⁉」


「洞窟の中だから月の光は完全には届かない。それ故に力を満足に発揮出来なかったってところかな? それを差し引いても、速くて強いね……」


 ルドンナが冷静に戦況を分析する。俺はスティラに指示を出す。


「スティラ! アパネの回復を!」


「は、はい!」


「ここは私と彼女でなんとかします!」


「あれ、アタシも頭数に入っているの?」


「当然ですよ! というか、はっきり言って、今は貴女だけが頼りです! だって見て下さい、私半裸ですよ⁉」


「そんな半ギレ気味に言われても……」


 ルドンナが戸惑う。


「とにかく頼みますよ! 奥の手さん!」


「……分かったよ。じゃあ、少し奴の気を引いていて……」


「分かりました! よし化け物! こっちだ!」


 俺は飛び掛かり、剣を振るう。狙うのは首ではなく、醜く突き出た大きな腹だ。それなら最短距離で剣が届くはずだ。俺を見たボスオークの反応は何故か鈍く、剣が届いた。


「よし……⁉」


 俺の剣が無残に折れた。なんて硬い脂肪だよ……。そんなことを考えていたら、ボスオークは俺との間合いを一瞬で詰めて、俺を押し倒す。


「どあっ!」


 なんてスピードだ、全く反応出来なかった。馬乗りになられた俺は身動きが取れない。くっ、ここまでか……ん? なんだこの感触は?


「⁉ 舌⁉」


 俺は驚いた、というか引いた。ボスオークが鼻息を荒くしながら俺の体を舌で舐め回し始めたのだ。今まで味わったことのない気持ち悪い感触に全身がゾワゾワと鳥肌立つ。


「な、なんだ⁉」


「はははっ! 暗がりでイマイチ分からなかったが、そいつは雌のオークのようだね!」


「め、雌のオーク⁉」


「オークは異種に対しての性欲が強い種族だけど……半裸の勇者様を見て辛抱出来なくなったみたいだね、こりゃ傑作だ!」


「笑い事じゃないです……よっ! 『理想の大樹』!」


「⁉ ヌオオオッ!」


 俺は木の魔法を使って自らの股間に大樹を生やした。流石に直撃ではなかったようだが、陰部に痛撃を喰らったボスオークはのたうちまわる。少し気の毒になってしまった。


「い、今です!」


「なかなかエグいことするね……おいで! バハちゃん!」


「⁉」


 ルドンナが赤黒い肌をした巨大なドラゴンを呼び出した。幻獣バハムートだ。バハムートが吐いた炎が一瞬でボスオークの巨体を焼き尽くし、首だけが惨めに転がる。


「召喚は時が要る。気を引いてくれて良かった、あんな方法とは思わなかったけど……」


 ルドンナは笑いを堪える。俺はパンツを穿き直し、ボスオークの首を持って告げる。


「ま、町に戻りましょう!」


 ボスオークの首を手土産に町に戻った俺たちは、町の危機を救った英雄として大歓待を受けた。昼前にも関わらず、町を上げてのお祭り騒ぎだ。俺にどんどん酒が注がれる。その前にせめて服を着させて欲しいのだが。懸案事項が解決した町の皆はお構いなしだ。俺も半ばやけくそになって酒を飲む。


「ショー様、わたくしたちは流石に眠くなりましたので、お先に失礼します」


「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」


 スティラとアパネが声を掛けてきた頃には俺はまたべろんべろんだった。翌日……


「それじゃあ勇者様と皆様、お気を付けて!」


 町の人たちに見送られて、俺たちは馬車を出発させる。町の人たちの計らいで馬車の荷台を新調してもらった。広く大きいものになった。それは良いのだが……。


「思ったより多くの報酬を貰えたね、こりゃウハウハだ!」


「ねえ、なんでキミが乗っているの……?」


「ルドンナで良いよ、アタシもアンタたちについていくことに決めたから」


「「ええっ!」」


 スティラとアパネが驚く。どういうわけか、ルドンナも同行することになったらしい。あの召喚獣の強さを考えれば頼もしくはあるのだが。


「勇者様といると退屈しなさそうだしね、色々な意味で……」


 ルドンナは意味ありげに呟く。ひょっとしてまたまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラたちの冷たい視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る