第3話(2)ギャンブル必勝法(実践したとは言っていない)

「その提案、却下です」


 スティラが俺から金が入った袋を取り上げ、そこから立ち去ろうとする。俺は慌てる。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


「待ちません! 言うに事欠いて賭け事なんて!」


「ここは私に任せて下さい、百倍の金額にしてみせます!」


「絶対に信用出来ない台詞じゃないですか!」


 俺の発言をスティラは一蹴する。俺は食い下がる。


「必ず勝ってみせます!」


「ギャンブルに絶対勝てるなんてあり得ません! それくらい世間知らずのわたくしでも知っています! わたくしたちエルフでも身持ちを崩した方がいらっしゃいます!」


「ギャンブルに溺れるエルフってなんか嫌だなあ……」


 アパネがボソッと呟く。俺は二人に告げる。


「とにかく、私の眼を見て下さい! これをいい加減なことを言う男の眼ですか⁉」


「……!」


「おおっ! 真剣な眼差しだ……!」


「私には多くの世界を渡り歩いてきた経験があります。そんな中で、ギャンブル必勝法を学びました! ある世界で耳にした、必勝法です!」


「スティラ……ここはショーの経験を信じてみても良いんじゃないかな?」


「……仕方ありませんね」


 俺の必死の懇願が実り、スティラが根負けして袋を返してくれる。


「ありがとう!」


 俺は金をギャンブル場で使われるコインと換金し、それを手にギャンブル場の中央に位置する大きなルーレット台に向かう。アパネがついてくる。少し楽しんでいるようだ。


「迷わずルーレット台に行ったね」


「アパネ、ギャンブルで勝ちたいのなら、絶対にルーレットです……」


「ボールが赤か黒かに入るのを当てるやつだよね。でも、シンプルだからこそ奥が深そうに思えるんだけど……?」


「まあ、見ていて下さい……」


「あ、始まるよ!」


 ディーラーが場に付き、ルーレット盤を回す。他の参加者たちはどんどんとベッドするが、俺は動かない。そんな俺を見て、アパネは首を傾げて尋ねてくる。


「あれ、賭けないの?」


 俺はアパネとスティラにだけ聞こえるように囁く。


「ここで動くのは素人です……狙うべきタイミングというのがあるのです」


「狙うべきタイミング……ですか?」


「そうです……ルーレットというものは、同じ色が三回連続でくるということはあっても、四回連続となると、その確率はグッと下がります」


「そうなのですか?」


「ええ、例えば赤が三回続いたとき、そこで次に出る確率が高いのは……」


「黒だ!」


「……同じ色が三回続けて出た時が狙うべきタイミングというわけですか」


「そういうことです。まあ……どうなるか見てみましょう……」


 それから数十分後、そこには身ぐるみを剥がされ、半裸となっている俺がいた。ディーラーは憐れむような顔で俺に尋ねてくる。


「どうされますか……?」


「ば、馬鹿な……」


 俺はうなだれながら、アヤコとのやりとりを思い出していた。




「……ステータスの割り振りなどもある程度出来るようですが……如何いたしますか?」


「その辺は適当で構わないよ」


「宜しいのですか?」


「ああ、必要最低限の運動能力があればそれで良い」


「そうですか……例えば、『運』などは?」


「ははっ、必要ないよ、まったりスローライフの異世界で運なんかで左右されてはたまらないよ。なんだったらゼロでも良いくらいだ。そのぶんは他にまわしてくれ」




「あああっ―――!」


「ど、どうしたの、ショー⁉ 急に奇声を発して……」


 大声を出して頭を抱える俺をアパネが驚きながら心配そうに覗き込んでくる。俺は平静を装いつつ答える。


「な、なんでもありません……只の叫び声です……」


「叫んでいる時点で只事じゃないと思うけど……」


「……それで、どうされますか? 見たところ、もう賭けるものはなさそうですが?」


「いや、まだこれがあります!」


「ショ、ショー様⁉」


「ショー、何をやっているの! 落ち着いて!」


 おもむろに残り一枚のパンツを脱ごうとする俺をアパネが制止する。


「私は冷静です!」


「だったらなおのことタチが悪いよ!」


「キャアア!」


 アパネを振り切ってパンツを脱ごうとする俺を見て、周りの女性客が悲鳴を上げる。ギャンブル場内が騒然とする。やがて、駆け付けたギャンブル場の用心棒と思われる屈強な男二人が俺を取り押さえる。ディーラーが同じくその場にやってきた恰幅の良い男性に対して事情を説明する。


「オーナー、こちらご覧の通りの負けっぷりで……もう払うものもないようです」


「そうか……うん? こいつらは……? 誰か、自警団に通報してくれ!」


 そこから僅か数分で自警団が駆け付け、俺たち三人の人相をまじまじと確認する。


「……間違いありません!」


 自警団の一人の男がその上司らしき男に報告する。上司は頷く。


「よし! こいつら三人を連行し、牢屋に入れろ!」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 一体何の罪で!」


 俺は半裸で取り押さえられながら、抗議の声を上げる。


「……エルフの娘、広場で呪詛を唱え、人心を惑わそうとしたな!」


「じゅ、呪詛⁉」


「獣人の娘、東市場でモンスターの肉を無許可で販売、罰金を払わずに逃走!」


「うっ、やっぱバレてたか……」


「そして男、南市場でなんとも怪しげな液体を販売!」


「ば、罰金はちゃんと払いましたよ!」


「……それを差し引いても、この場での乱痴気騒ぎ! 貴様らをこれ以上捨て置くと町の治安が乱れる! 即刻、連れていけ!」


 俺たちは牢屋に放り込まれる。俺は暗い部屋で天井を仰ぐ。


「くっ、どうしてこんなことに……」


「何故、狙うべきタイミングの前にお金を賭けてしまったのですか……?」


「そもそも三回連続で同じ色になることが滅多にないですから、痺れを切らして……」


「ショー、ギャンブル向いてないよ……」


 スティラとアパネが揃ってため息をつく。間を置いてアパネがスティラに尋ねる。


「スティラ、これからどうなると思う?」


「アパネの未払いの罰金とギャンブルで負けた分を支払えば、釈放される可能性もあるかと思いますが……現状無理な相談ですから、このまましばらく拘留される恐れが……」


「そんな! 勇者様ご一行がずっとこんな所にいるわけには行かないよ!」


「勇者様?」


「うわ⁉ ビ、ビックリした!」


 アパネが驚く、牢屋の片隅にあるベッドの上に人が寝転がっていたのだ。その人物はゆっくりと起き上がり、こちらに向き直る。鉄格子付きの窓から月の光が射し込み、顔を照らす。丸眼鏡を掛けていて、白髪のショートボブと褐色の肌が印象的な女の子だ。


「ひょっとして……アンタが噂の転生者?」


「え、ええ、私がこの世界に転生してきた勇者です!」


 俺は精一杯カッコつけながら答える。パンツ一枚の半裸だが。

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