第2話(4)月夜の覚醒

「ショー様……この男から解毒の方法を聞き出せるかもしれません……!」


「そうなのですか⁉」


「……マスクをしているということはこの男自身にも毒の耐性は完璧にはついていないはず。万が一の事態に備えて、解毒の手段を有している可能性は高いです」


「成程、分かりました!」


 俺は剣を構える。男は忌々しそうに尋ねてくる。


「ちっ……なんなんだ、お前?」


「……ふっ、何を隠そう私は……」


「……この方は貴方がたの邪な企みを砕く為にこの地に転生された勇者様です!」


「勇者だと?」


「あ、ああ……」


 自分でカッコ良く名乗ろうかと勿体づけてしゃべっていたら、スティラに先に全部言われてしまった俺は若干居心地が悪くなるが、すぐに気持ちを切り替える。


「それ!」


「はっ!」


「なっ⁉」


 勢いよく踏み込み、男との間合いを詰めた俺は剣を振るうが、男は懐から取り出した長目のナイフで、俺の剣をあっさりと受け止めてみせる。


「全く好みじゃないが……この程度の護身術は身に付けているさ……」


「くっ!」


 俺は続け様に剣を振るうが、ことごとくナイフによって受け流されてしまう。


「はははっ! まさか手加減してくれているのか⁉ お優しいことだな!」


 男は笑う。違う、俺は完全に本気だ。だが、悔しいがどうやらこのSSSランクの世界ではCランク勇者の俺の剣技など児戯に等しいようだ。近接戦闘が不得手なはずの術者にも軽くあしらわれているのだから。とはいえ、今この場で満足に動けるのは俺だけだ。嘆いている暇はない。なんとかせねば……局面を打開する為に頭を使え、俺。


「慈悲深い勇者様の気が変わらん内に、こっちから仕掛けさせてもらうか⁉」


 まずい、別の術を使うのか? この状態異常の魔法や術に有効なマフラーでも、ある程度までの限界がある。考えろ、俺の剣さばきは短調だ、何かアクセントを……これだ!


「蔦よ!」


「何⁉」


 俺の左手から蔦が生え、男のナイフを掠め取る。


「よし!」


「しまった!」


「もらった……!」


 俺は剣を振り下ろす。左肩から右腰辺りを狙ったが、致命傷を与えるまでには至らなかった。足元が急にふらつき、踏ん張りが効かなかったためだ。


「くっ……」


「ふふっ、ようやく毒が回ってきたか!」


「く、くそ、後一歩の所で……」


「来い! 餌の時間だ!」


 男が叫ぶと、村の周りの木々を薙ぎ倒して、巨大な蜘蛛が現れる。


「な、なんだと⁉ うわっ!」


 俺は蜘蛛の吐き出した糸に絡め取られ、逆さまの状態で吊るされる。男が笑う。


「ふはははっ! 世にも珍しい転生者の血肉だ! とくと味わえ!」


「ぐうっ!」


 蜘蛛が俺に噛み付こうと迫ってくる。駄目かと思った次の瞬間……


月突げっとつ!」


 いつの間にか蜘蛛の真下に潜り込んだアパネが爪を突き立てながら空高く舞い上がり、蜘蛛の頭部を豪快に貫く。アパネは近くの大木の枝に着地する。男は驚く。


「ば、馬鹿な⁉ 貴様は毒で動けなかったはずでは⁉」


「今宵は満月……」


「何……?」


「ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮することが出来る!」


 月の光に照らされながら、アパネは渾身のドヤ顔を見せる。


「ちぃ! 俺が丹精込めて育て上げた大蜘蛛をよくも……覚えていろ!」


 形勢不利と判断した男は走って逃げようとする。


「逃がすか!」


 木の枝から飛んだアパネは男の前に着地し、男の襟首をグイッと掴む。


「ひ、ひいっ!」


「ふん!」


 アパネは思い切り男の顔面を殴り、男は吹っ飛ばされて悶絶する。


「い、痛え……」


「通常の3倍の力が出るんだ、加減が難しくてね……」


 アパネは倒れ込む男を腕一本で強引に抱き起こす。


「解毒の方法を教えて、そうすれば命だけは助けてあげてもいいよ」


「くっ……俺の懐を見ろ」


 アパネは男のローブをめくる。


「……金色と銀色の針があるだろう? それらに解毒剤をたっぷり塗り込んである。」


「ふ~ん……」


 アパネは金色の針を手に取って眺める。


「それを刺せば良い……」


「なるほど……ね!」


「⁉ ぐはっ……」


 アパネは針を男の首筋に刺す。男はしばらくジタバタして、ぐったりと頭を垂れる。


「毒針でしょ、臭いで分かるっての……」


「い、いや、殺したら駄目でしょう⁉」


 蜘蛛が倒されたことで地面に落下した俺はアパネの行動を注意する。既に手遅れだが。


「素直に教えてくれるような奴じゃないでしょ、それとも拷問したかった?」


「い、いや……」


 とにもかくにも、解毒の方法を有しているはずというスティラの考えは俺も正しいと思ったので、男の身ぐるみを剥ぎ、持ち物を検める。


「……! この針! これだけは他と違う臭いがする!」


 アパネは何の変哲もない針を手に取る。俺はスティラに視線を向ける。


「臭いだけで判断するのは危険です……解毒の知識のある方を呼んでくるべきかと」


「そんな時間は無いよ! ボクで試す!」


「「⁉」」


 アパネは針を自らの腕に刺した。それを俺たちは唖然と見つめる。少し間を置いて、アパネは笑みを浮かべる。


「うん! 体が軽くなった! これが解毒の針だよ!」


「無茶なことを……」


「これを皆に刺せば良いんだね!」


「お待ち下さい。それだけでは恐らく量が足りません……」


 スティラの言葉に俺は改めて周囲を見渡す。数十人の獣人たちが苦しんでいる。俺も医学についてはさっぱりだが、量が足りないというスティラの見通しは合っているだろう。


「ど、どうすれば⁉」


「その針を貸して頂けますか?」


 スティラはアパネを落ち着かせつつ、針を受け取り、臭いを嗅ぐ。


「うん、やはり……一般的な毒消しの薬を使っていますね」


「では毒消しの薬があれば!」


「無理だよ! 薬屋は遠くの町にしかない!」


「個々で備蓄などは?」


「行商人から買ったりはしているとは思うけど、それ程の量があるとは……」


 アパネが悲痛な声で嘆く。スティラが呟く。


「毒消しはナナコの木の樹液から作られます。その木が近くにあれば……!」


 スティラと俺は目を見合わせる。そうか、これだ!


「芽生えよ!」


 俺が唱えると、地面に大木が生える。


「この木で良いのですよね?」


「ええ、先日道すがら見かけた木です!」


 スティラの言葉に俺は頷く。どうやら自分の知識や記憶にある植物を生やすことが出来るらしい。何となくだがこの魔法が分かってきたような気がする。


「この木の樹液を皆に飲ませれば良いの⁉」


「ええ、解毒さえ出来たら、後はわたくしが回復してまわります」


「よおし!」


 アパネと俺は樹液を持ってきた器に移し、皆に飲ませてまわる。飲ませた側からスティラが回復魔法をかける。獣人は元々タフな者が多いのか最低限の魔法量でほぼ回復する。


「やったー! 皆元気になったよ!」


「良かったですね!」


 喜ぶアパネに俺は声を掛ける。アパネは俺とスティラの手を取って、ブンブンと振る。


「二人ともこの村の恩人だよ! 本当にありがとう! ちょっと待ってて!」


 そう言って、アパネは皆に声を掛けてまわり急いで戻ってくる。


「感謝と歓迎の宴を開くから、村長の家に案内するよ!」


「は、話が早いですね⁉」


 戸惑いながら、俺とスティラはアパネに連れられて、村長の家に入る。しばらく間を置いて、宴が始まった。救村の英雄かつ珍しい転生者ということで、俺に対してどんどん酒が注がれていく。ほどほどにしておきたかったのだが、村人たちの振舞ってくれる酒は今まで飲んだことのないような不思議な味わいで、俺はついつい杯を重ねてしまう。


「ショー様、わたくしは少し疲れましたので、お先に失礼します」


「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」


 スティラが声を掛けてきた頃には俺はまたべろんべろんの状態だった。翌日……


「じゃあ皆、行ってくるよ! お土産の武勇伝、期待しててね!」


 アパネが荷台に乗って、見送りをしてくれる皆に対して手を振る。村が見えなくなった後、アパネは俺たちに向き直る。


「改めて宜しくね! ショー、スティラ!」


「よ、よろしくお願いします、アパネさん……」


「よ、よろしく、アパネさん……」


「嫌だな二人とも、ボクのことはアパネで良いって!」


 アパネは両手を腰に当てて、高らかに笑う。どういうわけか、彼女も同行することになったらしい。あの戦闘能力の高さを考えれば頼もしい限りではあるが。


「村の恩は昨日返したから、ボク個人の恩はこれからゆっくり返すね……」


 アパネはそっと俺に耳打ちする。ひょっとしてまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラの刺さるような視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。

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