第2話(2)リアリストな狼娘
「……いやあ~助かったよ、腹ペコで死にそうだったんだよね~」
「……なんだってあんな所で倒れていたのです?」
俺はスティラに治癒してもらった頭をさすりながら、俺たちの分け与えた食糧をモグモグと食べる狼娘に尋ねる。
「村の周辺をパトロール中に遭遇したモンスターを倒して回っていたら、思いのほか体力を消耗しちゃってね……」
「この辺りにもモンスターが?」
「むん(うん)、最近、ふぇっこう(結構)増えているみたいふぁね(だね)……」
「食べるか喋るかどちらかにして下さい……」
俺は呆れ気味に狼娘を見つめる。黒を基調とした赤い炎のような文様が描かれた袖なしの服を着ている。胸はもちろん隠しているが、腹は出している。ちらりとへそが覗く。細身だがよく引き締まった体は健康的な美を感じさせる。指抜きの黒いグローブと黒い肘当てを着けている。パンツは膝丈くらいの長さで、上半身の服と同じデザインになっている。ブーツは一応足裏を保護しているものの、足の甲の部分は出ている。茶色く綺麗な髪の毛を後ろで短くまとめていて、顔つきはまだ若干の幼さも感じるが、整った顔立ちだ。獣人と言うが多分に人間らしさがある。この世界の獣人は皆こんな感じなのだろうか。
「何さ~そんなじろじろ見て~?」
狼娘は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見る。俺は慌てて取り繕う。
「い、いや、これは失敬。生業上、観察は欠かせないもので……」
「生業?」
狼娘は首を傾げる。スティラが口を開く。
「この方はこの世界に転生されてきた勇者様なのです」
「! へ~転生者! 初めて見たよ~エルフは何度かあるけどね」
俺は居住まいを正して、自らの名を名乗る。
「私はショー=ロークと言います。そしてこちらが……」
「スティラと申します。ここから北西にある山の出身です」
「そうなんだ、ボクはアパネ! 見ての通り、狼の獣人さ!」
アパネと名乗った狼娘は元気よく立ち上がる。わりと小柄な体格だ。俺とスティラがほぼ同じくらいの背丈だが、それより一回りほど小さい。
「元気になったようですね」
「お陰様で! そうだ! 二人ともボクの村においでよ!」
「え?」
「ご飯のお礼にさ! 大したおもてなしも出来ないけど、せっかくだから寄っていってよ。転生者の勇者なんて、おとぎ話くらいでしか聞いたことが無いから、皆喜ぶよ~!」
「ふむ……では、お言葉に甘えさせてもらいましょう」
「ショー様? よろしいのですか?」
「連日荷台の上で寝ていてはやはり体に良くはありません。スティラの場合は魔力の消耗もあるでしょう。例えばベッドなどをお借り出来るなら、そこで休むべきです」
「ショー様がそうおっしゃるのでしたら……」
スティラは納得する。彼女の集落を出発してから数日が経過したが、夜は馬車の荷台で寝ている。眠っている間は馬車全体を覆う結界魔法を張っている。スティラの魔力は恐らく相当なものであろうが、流石に毎日だと消耗するだろう。ゆっくり眠れる場所があるのならば、そこで体を休めるべきだ。ここはアパネの提案に乗ろう。
「よし、それじゃあ行こうか!」
アパネの案内で、俺たちは馬車を彼女の村がある方角へ向けて進ませる。
「それにしても何で単独行動をされていたのですか?」
「一匹狼ってカッコいいじゃん」
「な、成程……」
アパネのよく分からない返答にスティラは一応理解したように頷く。
「冗談抜きで真面目に答えると、集団で一方面をパトロールするより、個々で多方面に気を配った方が効率良いじゃんってこと」
「まあ、理屈は分からないでもないですが……」
「しかし単独行動は危険が伴うのでは?」
「大丈夫! ボクはこう見えても村で一番強い戦士だから!」
振り返って問う俺に対し、荷台に座るアパネは胸を張って答える。お前ついさっき飢え死にしそうになっていたじゃねえかよ……と言葉には出さなかったが、顔に出ていたようだ。俺とスティラの向けるやや懐疑的な視線に気づき、アパネはふうとため息をつく。
「人間もエルフも疑り深いね~」
「疑っているというと少し語弊がありますが……!」
すると突然、アパネが俺の肩をガッと掴み、互いの顔を近づけさせる。
「な、なんですか……!」
アパネが俺の唇に人差し指を当てる。静かにしろということだ。俺は小声で尋ねる。
「モンスターですか?」
「盗賊団紛いのゴブリンが8匹だ。目の前の馬を狙うのが2匹、荷台に積んである荷物を狙うのが2匹。そして僕たちを捕えようとするのが左右の木々の上に2匹ずつ」
「わ、分かるのですか?」
俺の間抜けな問いにアパネは小さく声を上げて笑った。
「勇者様ならこれくらい分からなきゃ~分からないと……」
「分からないと……?」
「『攫う価値なし』ってことで、ここでボクらとはおさらばだ。その代わり獣人とエルフは高く売れるってことで大事に丁重に扱われるよ」
「『多種族共生』! それがこの地方のスローガンだったはずです!」
俺たちのやりとりを聞いていたようでスティラが荷台で立ち上がる。さすがエルフ、耳が良い。そんなスティラの言葉をアパネは鼻で笑う。
「スローガンで金も食い扶持も増えないよ」
「!」
「綺麗事だけじゃ、世の中成り立たないってこと」
スティラが唇をギュッと噛み締めている。俺は転生者派遣センター職員のアヤコとのやり取りを思い出していた。
「多種族との交流ですが、もしAという種族とBという種族の意見が食い違ったら……」
「難しいことは承知しているさ。双方の意見を聞き、正しい方につく」
「いいえ! 分かっておりません!」
アヤコはグイッと俺に顔を近づける。俺はその迫力に気圧されるまま尋ねる。
「で、では、どうすればいい……?」
「どちらの味方もしないということです」
俺はゆっくりと口を開く。
「……どちらの考えも尊重すべきと思いますが、今はこの状況を打破することが先です」
「ははっ、そうだね。まあ、ここはボクに任せてよ」
そう言って、アパネは馬になにやら耳打ちをする。しばらく進むと、馬が突如転び、馬車が派手に横転する。
「ヒャハハハっ! 餌が文字通り転がり込んできやがったぜ! 野郎どもかか……れ?」
馬車の前方に身を潜めていたゴブリンが喜び勇んで飛び出してくるが、そこには既にアパネが立ちはだかっていた。
「何っ⁉」
「ハアッ‼」
アパネの放った掌底がゴブリンの腹を貫通した。
「グハッ……」
ゴブリン盗賊団のリーダーはあっけなく崩れ落ちた。アパネが周囲を見渡し凄む。
「こうなりたくなかったら、とっと失せな……」
「ヒ、ヒエエエッ!」
残ったゴブリンたちが我先にと逃げ出す。アパネは両手をポンポンと叩き、倒れたゴブリンの懐をまさぐる。いくらかのお金が出てきた。
「結構持っていたよ、さすがリーダーっていったところだね」
「ま、まさか、それを持っていくおつもりですか?」
「? そうだよ、このまま腐らすのは勿体ないでしょ?」
スティラの問いにアパネは当然だとばかりに答える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます