第39話 百合ヶ峰桜花 #1
元の世界に戻ったあと、しばらく雨が続いた。
まるで、ルナの心が異世界から天の涙を引き連れてきたようだった。
兄も
口裏をあわせてもらった桜花はともかく、週末異世界の事情すら知らない兄にとっては、友人の家に泊まりに行った直後に「こう」なってしまったわけだから、気が気ではないだろう。
大丈夫、と弱々しく笑うルナの様子は、どうひいき目に見ても大丈夫ではなかった。
それでも毎日学校に通い続けたのは、ルナの元来の真面目さと責任感によるところが大きい。
だけど、と、ルナは考える。
世界とか、種族とか、そんな漠然とした巨大なものに責任を感じて、何とかしようとした結果「ああ」なってしまったのだと思うと、学校と家を淡々と往復する自分自身すら忌まわしく、何の価値もない存在のように思えてくるのだった。
◆
――長い夢を、見ていたような気がする。
「……」
ルナは教室の席に座ったまま、ぼうっと外を眺めていた。
朝から雨を落とし続ける厚い雲は、放課後になった今も空を灰色に埋め尽くしていた。放課後といっても、あと数日で夏休みに入るため、昼過ぎにはすべての授業が終わっている。
まだ日の高い時間帯だ。
「岩崎さん?」
呼びかけに顔を向けると、
「期末試験の順位が出ていましたわ。ご覧になりました?」
「……もう出たんだ」覇気のない声色で、ルナは相槌を打つ。
「夏休みも近いですし、中間よりは採点が早いようですわね」
「先生たち、頑張ったんだね」
ぐ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、桜花は続けた。
「……そうではなくて。岩崎さん、学費免除を狙っていたのでしょう? 順位、わたくしよりも下でしたわ」
「そっか。……負けちゃったね」
「……だから、そうではなくて!」
だん、と、桜花は机を叩いた。
百合ヶ峰家の令嬢が声を荒げるという事態に、教室にいた生徒たちは眼を白黒させて遠巻きに二人に注目した。
ルナは桜花に弱く微笑み返す。
「どうしたの? 桜花ちゃん。みんなびっくりしちゃうよ」
「ああもう……! 一体何がどうしてそうなってしまいましたの? 詳しく聞こうと思ってもこの調子ですし、どうせ今日も部活にいらっしゃらないのでしょう? 側にいるわたくしの身にもなってくださいまし」
「ごめんね、桜花ちゃん。でもほんとに大丈――」
「大丈夫なわけがありますか! 今日という今日は……
と、桜花は指を「パチン」と鳴らした。
その瞬間、どこからともなく老齢の紳士が現れ、桜花の後ろで恭しく一礼する。
教室は「え、誰?」「いま天井から出てこなかった?」「忍者?」などとざわついた。
笠村は、白い髭に覆われた口を静かに開く。
「お呼びですか、お嬢様」
「車を出しなさい。岩崎さんと【うぃんどう・しょっぴんぐ】を執り行いますわ」
「
ルナは桜花を見上げて眼をぱちくりさせる。
窓の外では雨が上がり、雲間から太陽が差し込み始めていた。
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