第72話 人を殺す覚悟




 俺たちは今、ダークエルフの族長たちと別れて、人族のいるという東へ向かっている。

 

 この森は大陸からでっぱったような土地みたいで、北、南、西の方向には海しかないらしい。

 東が唯一の出口みたいなんだが、人族がそこで守りを固めていると、ツインディーネが話していた。


 脅威である魔物たちが、この森から出ないように守っているようだが、守れるということは、つまりこの森の魔物を倒せるということであり、それなりに強いってことだろうな。

 

 仮に人族が森の魔物を倒せず追い払うだけだったとしても、そう簡単には勝てない相手と見るべきか。


 相手は魔物ではなく人族で、高い知能を持った人間だ。数も多く、徒党を組まれて迎撃されると面倒だが……。


 アトラはわからないが、霞やアスラが少し本気を出せば、ただの一般兵くらいなら難なく突破はできるんじゃないかと思っている。

 

 だがそうした場合、人族たちにも安くない被害が出るだろうな。

 死人も避けられないだろう。


 その場合、俺たちは指名手配犯……おたずね者となり、この世界では常に追われる立場になるだろうし、より会いたくない勇者と出会うリスクが高まる。強行突破は無しだな。


 しかし守りの砦があるなら、通行記録を残しているかもしれない。

 当然そこに俺の記録は無い。それをどう説明するか。


 嘘偽りなく、国に召喚されて棄てられたことを話すか?

 俺は何も悪いことはしていない。無実の俺を森に棄てた国に非があるが……あの国がどれだけ力を持っているのか分からない。

 もしこの森が罪人の流刑場だったら、問答無用で罪人扱いされるかもしれないな。


 ……もし上手く話が通じれば、無理に戦う必要もないし、戦いを避けられるかもしれない。

 幸いにして俺はテイマーだ。アスラの姿さえ隠していれば、他はテイムしたと通せばなんとかなるだろう。


 ……だが下手すれば。そのままどっかの国に連行されて取り込まれる未来がみえる。

 が、他に道が無いなら、そうならない僅かな可能性に賭けるしかない。


 それに霞と疾風も問題だ。

 打ち合わせ通り奴隷に扮してもらうのが無難な方法か?

 

 族長から姿を隠すローブは貰った。これで簡単に正体がバレることはないはずだ。


 アトラやエリザベスやアル、ジェニスやラーダも奴隷として押し通してやり過ごして、人族の街に入って情報を集める。 方針はこれで決まりだろう。


 だがそれも情報を集める場所が無事であればの話だ。


 騒動の黒幕が人里を潰していたら情報は集められない。

 今はとにかく急いで人里を目指し、黒幕を取り押さえる。


 押さえたあとは……どうするか。

 殺すのは正直忍びない。かといってリリースするのもダメだ。ツインディーネやダークエルフたちの思惑もある。

 

 監視下に置いて制御できればいいが、憑き物を操っているヤツだ。その憑き物で俺の仲間たちを操られるかもしれない。


 ……やっぱ殺すしかないか。


 黒幕はあまりにも大きな被害を出し過ぎた。

 ジェニスやラーダ、この世界の住人からすれば、無罪放免というわけにはいかないだろう。


 元の世界に帰るためにどんな手も使う――そう誓ったのは俺自身だ。


 覚悟を決めるしかない。


「主?」


「どうした霞」


「なんか難しいこと考えているのではないか?」


「顔に出てたか?」


「あぁ、出てるぞ」

 俺の膝を枕にしているアスラは起き上がり、こっちを向いてニンマリと妖艶な笑みを浮かべている。

 

 ……顔が近い。


「……お前達には汚れ仕事を押し付けることになる。勿論その罪は全部俺が背負う」


「…………何を言ってるんだ?」


 一転して霞はぱちくりと目を見開いている。何か変なこと言ったか? まぁ普通の内容を話したとは思っていないが、そんなにおかしいことか?


「主よ、私は大精霊だ。人を殺すことに躊躇いなどありはせんよ」

 霞は俺の内心を読み取ったか。不敵な笑みを浮かべている。

 何を考えても霞はバレるみたいだな……。

 

 だが、躊躇いがない、か……いや、この世界の人外の普通の常識や価値観なら、そうなんだろう。


 人と魔物や精霊じゃ考え方や価値観が違うのも当然だ。俺の言うことを理解できないのも仕方ないし、俺も俺の価値観に縛られて考え過ぎているという自覚はある。


 だが人を殺すというのは、人の最大の禁忌だ。


 ……カシウスの件は、気を失っていた俺は覚えていない。

 

 だが間違いなく殺した。しかしアレはもはや人ではなくなっていた。

 だから俺にはカシウスを殺したという罪の意識が薄い。


 しかし、間違いなく俺の力と俺の意志が、俺が、カシウスを殺した。


「主さんは難しく考え過ぎだな。この世界にはこの世界のやり方があるんだ。弱ければ死に、強ければ殺す。それが俺たちの生きていた世界だよ」


「おそらく今回の黒幕は、カシウスと同じことになっているのではないか? であれば、主はそこまで気に病む必要はないだろう。カシウスと同じように、私たちが人ではないヤツを倒す。だから主は魔物を倒すのと同じように、私たちに命令すればいい」


 疾風と霞が慰めるように言ってくれるが、その気遣いが少し心苦しくも感じる。


 だが、この得体の知れない、理解のできない力を、未だに受け入れ切れていない俺だが、もはやそんなことを悠長に言っている段階ではない。


「そうだな……ああ、そうだな。そういうことだ、悪いが、お前達にはこれからも俺に付き合ってもらうぞ」

 くどいようだが、魔物の従魔であって意思疎通のできる仲間だ。確認は何度もさせてもらう。


「んふふふ。私とキョータローは死ぬまで一緒だからぁ、安心しなさぁい」

 相変わらずアトラは怖いことを言う。


「あぁ、そうか……頼むぞ」

 そして俺は覚悟を決める。



 俺はこの力を存分に使って、敵対するなら同じ世界の人間を殺してでも、生き残って元の世界に帰る。



 ……ま、話し合って協力できるなら、それに越したことはないがな。


 帰る動機は十億円という金だ。金のために人を殺して生き残る……という不純な動機に見えるが、相手が俺たちを殺す気でくるなら、正当防衛として俺は力を振るう。

 

 が、流石に何の罪もない人を殺すのは、ダメだ。有り得ない。


 だが何を持っても黒幕は倒す。

 

 話し合えない、協力できない、敵対するなら迷わず殺す。


 そうしなければアトラたちが死ぬ。だから殺す。


 人を殺すことにまだ少しの迷いはある。だが殺す。


 殺さなければ、殺されるからだ。故に殺す。


 この力は間違えることなく俺の正義の為に、自分自身や救える誰かのために振るう。


 そこだけは間違えたらダメだ。


 それは、迷わない。



 なんだかスッキリしたみたいだな、主さん」


「主はもっと私たちを頼るべきだな」


「オレも頼ってくれていいんだぜ!」


「わ、私も微力ながら力を貸します」


「「メェー」」

 俺の隣から離れならアトラ、そして疾風、霞、ジェニス、ラーダ、メルルにモルダと、空を飛んでいるエリザベスとアル、横を走っているベヒーモス、後ろを走っているレックス、俺たちを乗せて移動しているアスラ。

 

 話せる相手はこんなにいるんだったな。

 言われた通り、もう少し相手を頼ることも考えないとか。


 向こうではずっと一人だったからな、誰かを頼るなんてことはほとんどなかった。


 だが今は違う。こうして頼れる仲間がいるなら、大いに頼らせてもらうとしよう。


「あぁ、そのときは頼む」

 心強い仲間を得られた俺は、本当に運が良い。

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