第69話 大精霊が人里へ出るためには




 あれから俺が異世界人ということで、地球側の生活について色々とノームに聞かれた。

 

 地球側の生活はノーム以外にも、アトラや霞たち、獣人たちにも興味深い話だったようで、全員が聞き入っていたのが少し照れ臭かったな。

 

 話している最中に、兎人族やリザードマンなる種族が食材を持って現れ、そのまま宴の催しとなった。

 

 霞や疾風たちを初めてみたやつらは興奮して崇めだしていたが、やはり大精霊の存在は大きいようだ。


 出された料理はトカゲの丸焼きのようなもので、リザードマンがそれを出すのはどうなのかと思ったが口にせず、切り分けられた肉を口に運んだ。

 

 食感は鶏肉に近く、プリっとしているのが特徴的か。

 味付けは辛みがあり、塩のほかに、唐辛子のような辛みを感じる。

 生臭みのようなものを感じないが、しっかり下処理がされているのか、あるいはこの辛みで臭み消しをしているのか、興味深い。


「…………」

 ジェニスも真剣に肉を睨み、何かを考えているようだ。


 トカゲの丸焼きといっても、サイズが大きい。

 コモドドラゴン以上のサイズじゃないか?

 この周辺は岩場だということもあって、この手の魔物……動物? が多いんだろうか。


 肉以外にも、切り分けられた果物や、サラダのような物も頂き、概ね食事に関しては満足だ。


 気になるのは、恐らく異世界にきてここまで、胡椒を見ていないということだ。

 存在しないということはないだろうし、栽培されていないということもないと思うが……単にこの森に流通していないだけか?


 醤油に相当するエルフソースがあったことから、他の調味料もあるのだろうと思っていたが、思っていたよりも少ない。

 ダークエルフの村が特別だったのか?

 まぁこの森じゃ俺の考えているような、各種調味料を集めるのは難しいか。


 人族のいる街へ行ければあるかもしれないが、そうするとジェニスやアトラといった、人族とは違う容姿を持つ者たちの扱われ方が面倒になりそうか。大精霊の霞たちもそうだ。前途多難だな……。


「ねぇねぇ、キミは人族の街へ行くの?」

 どこからともなくノームが視界に現れた。神出鬼没すぎるだろ。

 しかし人のいる街か……行くつもりだが、先に考えた問題もある。その前に。


「なんでそんなことを聞くんだ?」

 突拍子もなく話題に出してきたのが気になる。


「その操ってるやつがさ、東の人族の領域に向かってるみたいなんだよね」


「……本当なのか?」

 本当にこのノームは重要なことしか言わないな。


「他のノームがね、黒い人影と一緒に歩いているのを見たって言ってたから、間違いないと思うよ。昨日ここから離れたところで見かけたみたいだから、まだそんな遠くまでは行ってないんじゃないかな?」

 ここにきてまさかの情報だな。

 黒幕が人里に向かっているのは何故だ? なんのために向かっている?


 黒い人影ってのも気になるな。

 移動が歩きなら時間に余裕がありそうだが、本当に歩きだけなのか?

 他に仲間の姿も無いっていうのも気になるが――


「それで、キミはどうするの?」

 追ってソイツと話をしたい……いや無理か。あんな惨劇を起こす奴がまともであるはずがない。


 人里も惨劇が起こる可能性がある。それを俺たちが止める流れになっているが……俺たちが向かうにしても問題がある。


「どうだろうな……霞たちを人里に連れて行ったら、大騒ぎになるんじゃないか?」

 霞たちの特異性から、憑き物関係以外では、あまり人里へ出るべきではない気がしている。

 だから調味料関係はおあずけになりそうだな。


「そだねー。アタシたち大精霊は、人族からすれば特別な存在だしね」


「そうだな。それを従える主を取り込もうとするやつも出てくるかもしれない」

 ノームとの会話に、隣にいる霞が話しに入ってきた。


 確かに霞の言う通り、俺を引き入れようとする人物や組織があってもおかしくない。

 霞や疾風の価値を考えれば、下手をすれば国が動く事態になりかねない。


「そうなるよなぁ。霞たちも肌の色が俺と似ていれば、上手く誤魔化すこともできそうだが」


「私たちはアスラみたいな変化の手段を持っていないからな、難しい問題だ」


「俺たちは結界の外で待ってるほうがいいかもな」

 疾風の言う通り、霞と疾風を街中に連れて行かない、というのが無難な方法になりそうだが……。


「それじゃあ私が楽しめんだろ!」

 思った通り霞が反発した。面白いことを求める霞からすれば、留守番は退屈過ぎるんだろうな。


「あ、あの……」

 おずおずとラーダが手を挙げた。何か妙案があるのか?


「大精霊様といっても、魔力を抑えて、大精霊様を示す紋様を隠してローブを纏って体を隠せば、恐らくバレないのではないでしょうか?」

 聞きなれないワードが出てきたな。紋様?


「そうか、それもいいかもしれないな」

 俺の雰囲気で察したのか、そう言って疾風が右手の甲にあるマークを見せてくれた。

 それって大精霊を示す紋様だったのか。特に気にしていなかったが、そういう意味合いがあったとはな。


「ん? そういえば霞の紋様は見たことがないな」


「そう言えば主には見せていなかったか。ほら、ここにあるぞ」


「……」

 そう言って霞は足を開き、スカートのスリットをずらして内腿にある紋様を見せてきた。


 こいつは恥じらいというものが――いや、ワザとやってやがるな。

 霞の表情がニヤニヤしてやがる。俺の反応を見て楽しんでるつもりか……。


「わかった。わかったから戻せ」


「もっと見ても良いのだぞ?」

 面倒くさいオッサンか。


「アタシは腰の部分にあるよ!」

 そう言ってノームも腰に上部分にある紋様を見せてくれた。


「なるほどな……だが、魔力を抑えて紋様を隠して衣服を着たくらいで、バレないもんなのか?」

 ローブを纏っても、隠せなかった部分から見える薄い青肌や黄緑色の肌でバレそうなもんだが。


「注意深く見られない限りは……」

 まぁ確かに、ジロジロ見られなければいけるか?


「オレたちが大精霊様だって判断してるのは、見た目と魔力と紋様の三つだからな。その三つを隠しちまえばわかんねーよ」

 ジェニスが補足するように話すが……なるほどな。

 そもそも大精霊なんて滅多に人前に出るモンでもないだろうし、ハッキリ見られない限りはそうそうバレないか。


「話はわかった。じゃあ人族の街に行くときは、そういうことでよろしく頼む」


「あまり気乗りはしないが、主がそういうなら従おう」


「同じく、主さんのやり方に従うぜ」

 不承不承ながら、霞と疾風は了承してくれた。


「あとの問題は、アトラやエリザベス、ダークエルフ族や獣人族か」

 隣にいるアトラ、近くにいるジェニスとラーダを見る。

 ジェニスはガツガツと肉を食べ、ラーダは姿勢を正して俺を見ている。


「主様は獣人たちも連れて行くつもりなのか?」


「……あ、そうか。ラーダたちは村元に帰してやらないといけないだったな」

 アスラの指摘で抜け落ちていた記憶がよみがえる。

 まだ人のいる街に行くのは早い。まずはラーダたち獣人たちを帰すことが先決だ。


「だけど、ジェニスはついてくるだろ?」


「お? おう!」


「ダークエルフ族と人族は過去に因縁があるみたいだからな。連れて行って問題になったらどうするか」


「お、オレは邪魔なのか……?」


「……いや、そういうことじゃない。ジェニスを護るのは当然としてだ、人族からの反発があった場合、戦うことになるかもしれない」


 正直この世界の襲ってくる人間がどうなろうと、俺にとってはどうでもいい。


 問題は、襲ってこない人間にも被害が及んでしまう可能性があることだ。


 アトラたちが本気で戦えば、冗談抜きで街が更地になりかねない。

 それに巻き込まれた無関係の人間のことを思うと、気乗りはしないな……。


「そもそも、人族からして、人族以外の扱いってどうなってるんだ?」


「……奴隷扱い、ですね」


「そうか……」

 ラーダが力無く話してくれたが、悪いことを聞いたな。

 

 内容は、まぁ予想通りか。別に奴隷制度にケチをつけるわけじゃない。それがこの世界の普通なら、俺が間違っていると口出しすることが間違いだな。


「それならオレが大将の奴隷のフリをすればいいんじゃないか?」


「奴隷のフリか……この世界の奴隷は、何か魔法や道具で奴隷にされていたりするのか?」

 だとすれば、誤魔化すのは難しいだろうな。

 足に鉄球、首に鎖なら簡単で分かりやすいが。


「誰の奴隷か分かるように、焼き印を押されます……」


「最悪だ」

 ラーダの申し訳なさそうな言葉に頭を抱えた。焼き印って取り返しがつかないだろ……。


「あっ、焼き印のない奴隷もいますが、そういう奴隷は攫われて、別の人族の奴隷にさせられてしまうこともありました」

 ラーダの口ぶりから、実際にそういうのを見てきた感じだな。その辺はあまり聞かないようにしておくか。


「……無くてもいいなら大丈夫か。こっちは優秀な護衛もいるんだ、攫われることはないだろ」

 アトラたちがいればまず攫われることはないだろうな。

 襲ってきたら容赦なく返り討ちにすればいい。


「あとはアトラたちか……」

 亜人という括りになっているとは聞いているが、ジェニスたちよりも扱いが難しそうだ。


「アラクネは亜人という分け方をされていますが、一部の人族たちからは……その、魔物として狩られたり、奴隷として捕らわれることがあると、聞いたことがあります……」

 ラーダが心苦しそうに解説してくれる。教えてくれるのは助かるが、その度に苦しそうな感じになるのはな……。


「んふふふ……襲ってくるなら返り討ちにすればいいだけよぉ。簡単な話じゃなぁい」

 アトラが楽しそうに言ってるが、その余波がそれ以外に及ぶ危険性が怖いんだよ。


「……まぁ、百歩譲って返り討ちにするのはいいが、無関係の他人まで巻き込むことだけは、絶対にやめてくれ」

 これだけは釘を刺しておく。


「大丈夫よぉ、私はそんなドジしないわぁ」


「だといいんだがな……頼むぞ」

 アトラは非常に難しい存在だが、俺の言うことなら無理をしてでも聞いてくれるフシがある。悪いがその部分は利用させてもらうぞ。

 


「とりあえず湿っぽい話はこれくらいにして、残りの飯を食っちまおう」

 強引に話を打ち切って、それからも食事と踊りなどを見て楽しみ、眠りについた。

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