第60話 シルフ登場




 ラーダの案内に従って、目的地の狐人族の村までやってきたが……。


「本当にここなのか?」


「……その、はず、です……」

 霞が訝し気に問い、ラーダが戸惑いながら返す。俺も戸惑っている。


「一面焼け野原ねぇ」

 アトラの言う通り、そこは文字通り焼け野原だった。

 何も無い、焼けた野原が広がっているだけだ。


「うっ……うっ……」

 後ろを振り向くと、数人の狐人族が泣いていた。

 この光景見たら、泣くのも仕方ない。関係ない俺だって茫然としてるんだからな……。


 この黒く焼け焦げた何かが広がる更地。これじゃあ生き残りも絶望的か……。


「ご主人様、この周辺に生きている生物はいませんでした……」

 エリザベスとアルに周囲を見てもらったが、やはりダメだったか。


「そうか……いや、もしかしたら生き残りが別の村に避難してるかもしれない。次の場所を案内してくれ」


「わ、分かりました!」

 正直その可能性は低い。低いが、ゼロじゃない。

 焼けた野原だが、完全に消火されているように見える。

 つまりこれを消火できる誰かが、ここにやってきていたということだ。


 その誰かが生き残りを保護してくれていればいいんだがな……。




 ▽   ▽   ▽




 あれから幾つか村があったという場所を回ったが、全てが同じような状況になっていた。


 帰る場所を失った獣人たちも今は泣き止み、顔を俯かせている。


「どうしたもんか……」


「まだ他にも……ここから東にも村はありますので、そっちに向かってみませんか?」


「そうだな。アスラ、頼む」

「任されよ」

 アスラが進路をとり、移動を再開する。

 もうすぐ昼飯時だな。どこかで休憩を挟まないとか……。


「それにしても、よく村の場所が分かるな」


「はい。小さい頃から狩りで出回っていましたので、この辺りは任せてください」

 同じような風景ばかりでよく迷子にならないなと思う。獣人という特性のおかげもあるのか?

 それに小さい頃から狩りに、か。今の今まで生きてきたということは、ラーダは相当な実力者なんだろうな。更に長距離の移動ができる脚力を持ってる。

 それがゴブリンに捕まったんだ。俺も油断せずいこう。


「チィィッ!!」

 突然アトラが立ち上がり、霞も俺を庇うように前に立ちはだかった――


「主!」

 何かが破裂する大きな音がしたぞ!?

 霞の背中しか見えていないが、状況から察するに何かが起きたようだが、敵襲か……?


「一体どうしたんだ?」


「主よ、敵だ」

 空から警戒しているエリザベスとアルをすり抜けて現れたのか?


 全員直前まで気づいていなかったようだが、かなりヤバイ状況か。


 空を見上げると、黄緑色の姿をした女が浮かんでいた……。


「シルフよ、何故いきなり襲い掛かる!」

 霞が大声で叫んでいるが、アイツはシルフなのか。ということは、風の精霊……いや、霞と同じであれば、大精霊で風の女神の眷属か!


「ウンディーネこそなんで天災のヴリトラといるんや! この機に乗じて攻め込んできたんちゃうか!?」

 ……関西弁? いや、そう聞こえるだけで、この世界ではなまりみたいなもんか?


「違う! お前には後ろの獣人たちが見えないのか! 彼女たちを村元に送り届けているところだ!」


「えっ………………」

 それまで胸を張っていたシルフの動きがしどろもどろになったぞ。


 シルフはゆっくりと降下して俺たちのと同じ高さまで降りてきた。


 緑色のショートヘアーに黄緑色に近い肌の色をしている。精霊たちはみんな属性のイメージの肌色をしているのか。


 チューブトップブラのような布で胸元を隠し、スパッツのような履物をしているところを見ると、運動部の女の子というイメージだ。


「……これを見て欲しい」

 ダークエルフの族長から渡された紙を渡してみる。

 中を見たが、俺にはこの世界の文字が読めなかったので、何が書いてあるのかは分からなかった。

 霞やアスラが読めたので教えてもらったが、やはり紹介状のようなものだったな。


「……すまんやで?」

 片手でゴメンのジェスチェーをして謝りだした。どうやら敵意はないようだが……。

 読み終えた羊皮紙を返してもらう。大精霊が納得してくれるほどの効力を持つ紙だ、これは他でも同じようなことが起きたときに役立ちそうだ。


「はぁ……?」


「ヒッ」

 アトラの顔が怒りでオリジナルスマイルになっている。ここで余計に揉め事を起こすのは避けるべきだな。


「アトラ、俺なら大丈夫だ。とりあえず話を聞こう」


「……次は無いわよぉ?」

 アトラが大人しく従ってくれたおかげでほっと一息だ。

 

 それにしても、霞と同じ存在がここに居るということ、近くに村や生き残りがいるかもしれない。この出会いは幸運だったな。


「なんやコイツ、ウチら眷属すら殺せる力持ってるやん……こわっ!」

 ボソリと呟くように言っていたが、バッチリと聞こえた。

 俺と目が合いシルフはブンブンブンと首を横に振っているが、この様子なら悪いやつではなさそうか。


「それで、後ろの獣人たちに、アンタを崇めている種族はいるのか?」

 種族じゃなくて個人で聞くべきだったか。

 ダークエルフだからと言って、全員がウンディーネを崇めている訳でもないだろう。

 その辺は立地によって変わっていそうだな。


「うーん……おるにはおるけど」

 振り向くと、全員が頭を下げていた。違う精霊でも崇める対象なんだな。


「そうだな。とりあえずアンタが根城にしてる場所まで案内してくれないか?」

 とにかく今は案内してもらうことが先決だ。焼けた村の生き残りがいればいいが。


「ちょい待ち、ここから先はウチの張った結界があるんやで。天災のヴリトラとか入れられへんわ」

 シルフが眉をひそめて足元を指さす。知らなければそれもそうか……。


 アトラたちはともかく、チャリオットヒポポタマスのベヒーモス、地竜のレックスと、ブラウンゴートのメルルとモルダは中に入れない。だからといってこの場に残していくのは不安だ。


 戦力で見ればそう簡単にやられるとは思えないが、異世界の勇者という不確定な存在が俺を惑わす。

 ラーダたちの件もそうだ。


「ヴリトラではなくアスラだ。それに問題は無い。エリザベスとアルは残って周囲の偵察を行い、問題が起きたら知らせにこい」


「「はっ」」

 俺の不安を察したのか、霞がテキパキと指示を出していく。


 確かにエリザベスとアルが残っていれば、非常時に備えて情報を得やすいか。

 

「二人とも損な役割で悪いな。ベヒーモス、レックスとメルモルたちも悪いがここで留守番だ」

 改めて俺の口からも謝罪を混ぜながら指示を出しておく。


「ブモォ」


「グォン」


「「メェー」」


「いや、ヴリ――アスラやっけ? 魔物が結界を通れる訳ないやろ!」

 シルフがプンプンとご立腹のようだ。確かに何もしらなければその反応でも仕方ない。


「シルフよ、このアスラは特別なのだよ。まぁ見ていろ」

 霞の言葉が終わると同時に、アスラが移動を始めた。


「ちょ、お前っ、結界が壊れるっ! 壊れるぅぅぅぅーーーー!!??」

 シルフが頭を抑えながら叫んでいる。騒がしいが見ていて飽きない奴だな。


 アスラが結界に接近して触れそうになり――


 ――そして何事もなく進み続ける。結界を破壊した様子はない。


「なんでや!?」


「だから言っただろう、アスラ……いや、私たちは特別だと」


「そんなアホな……」

 へなへなとへたり込んでいくシルフ。後で事情を説明するべきか、悩むな。

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