貴方のための機械人形(アナタのためのオートマタ)

日車メレ

第1話



 王様を愛するために生まれてきました。愛せるでしょうか? やってみましょう。ご主人様の命令は絶対です。


 機械人形オートマタです。私の制作者であるご主人様は、私をラナンキュラスと呼びます。

 私はとある王様の愛した女性を模して作られました。〝ローザ〟という名前の女性だったので、私の名前はバラに似ている花の名前になりました。ニセモノのバラです。

 波打つ金色の髪も、すみれ色の瞳も、ふっくらとした唇も、すべてローザ様と同じです。二十歳の頃のローザ様を模しています。私は代替品です。


 私はローザ様の代わりをするために、生まれてきました。

 ある日、ローザ様は病で死んでしまいました。

 王様は、国で一番の錬金術師に命じました。


「愛したローザにそっくりな機械人形オートマタを造れ。かつてと同じ問いに、同じ答えを返してくれる。そんな精巧な人形を」


 錬金術師である私のご主人様は、王様の命令でローザ様の記憶を複製しました。

 かつてと同じ問いに、同じ答えを。王様からそう命じられたからです。


「心は記憶の積み重ねです。わかりますか? ラナンキュラス」


 ご主人様から質問をされました。私は答えます。


「わかりません。教えてください、ご主人様」


「君はいい子ですね」


 ご主人様が私の頭をなでます。私はそれを〝うれしい〟と感じるように造られています。


「亡き王妃様と同じ答えを導き出すために、君は王妃様と同じ記憶を持つ必要があります。人がなにを考え、なにを口にするかは行動の積み重ねによって決まりますから。人も、人形も、記憶装置が異なるだけで、基本は変わりません。君は思考する人形、私の最高傑作ですからね」


 ご主人様の説明はいつも丁寧です。機械人形の私に、わかりやすく教えてくださいます。


「理解しました」


「今日から、記憶の移植を行います。まずは全体の二割。生まれてから十六歳までの記憶を君に流します」


 矛盾を感じます。ご主人様が計算を間違えるのはめずらしいです。間違いは訂正します。


「ご主人様、ローザ様の記憶は三十二年分あります。十六年分の記憶は二割ではなく、五割に相当します」


「それは違います。人間は忘れてしまうもの。古い記憶ほど断片的で、些細な日常の出来事は忘れてしまう。だから二割です」


「私は間違いをしました。申し訳ありません」


 ご主人様は私の頭をなでます。おかしいです。間違いをするのはよくないことです。その行為はほめるときにするものです。


「どうしましたか?」


「ご主人様に頭をなでられると、私はうれしく感じるように造られています。その回路に不具合が発生しました」


 ご主人様の漆黒の瞳が私を観察します。モヤモヤとした今の感情はなんというのでしょうか? 苦しい、に似ています。人の感情は種類が多すぎて、私の能力では処理できません。

 答えを求めます。感情に名前をつければ、整理ができます。


「正常ですよ? 今のはほめていない……つまり、なぐさめたんです。君はその違いを感じ取った。どんな気持ちか表現できますか?」


 ほめられると、私はうれしいと思います。

 なぐさめられたとき、私はどう感じるようにできているのでしょうか?


「苦しい、と類似しています。なんという名の感情でしょうか?」


「君の気持ちは、君にしかわからない。他人は表情から察することしかできないんです」


 この感情は、私にはまだ効率よく処理できない種類のものだと判断します。〝保留中〟として隔離、適切に保存します。


「さあ、記憶の移植をはじめましょう」


「はい」


 椅子に座ります。瞳を閉じます。余計な情報は異物です。

 私の記憶装置は胸のあたりに存在します。胸に真っ赤な宝石が埋められています。そこに線を繋ぎます。


 耳鳴りがします。とても不快です。私はローザ様の記憶を受け入れるために生まれてきました。拒否はできません。


「すみません。苦しいでしょう……?」


 申し訳ありません。ご主人様の問いに、今は答えられません。処理能力の八割を書き込みに使用しています。声を発することはできません。


 たくさんの情報が私の記憶装置に書き込まれていきます。

 ご主人様のおっしゃっていたとおり、幼い頃の記憶は断片的です。お母様、お父様、お兄様、お祖父様……たくさんの人間が出てきます。

 楽しい思い出はぼんやりと霞んで見えます。悲しい思い出は鮮明です。


 人の心は不思議です。十歳のとき、飼い猫が死んでしまった記憶がやけに詳細に残されています。

 私の知識では、人は人を愛し、もっとも大切にするとなっていました。猫は人ではありません。情報を修正します。

 機械人形オートマタは涙を流す機能がありません。ローザ様の記憶により、目の奥が熱くなる感覚だけを知ります。

 たくさんの悲しいと、少しのうれしいと楽しいを知ります。


 十六歳の記憶が流れ込みます。豪華な建物の中を歩きます。私の与えられている情報と照合します。その場所はお城です。

 中庭を取り囲む回廊の柱に、男性がもたれかかっています。王様です。

 焦げ茶色の髪に、口ひげをたくわえた人です。

 目が合います。心拍数が上がります。人間は感情が高ぶると、その症状が表れます。





 急に世界が鮮やかになります。





 その日、わたくし・・・・は、国王陛下に謁見するために、城へ向かいました。

 父がわたくしを陛下の妃にしようとお考えなのは存じ上げておりましたし、もしそのようなことが叶うのなら、これほどの名誉はございません。

 緊張から高鳴る鼓動を必死に抑え、わたくしは淑女であろうと心がけます。

 中庭の花を愛でながら、父の後ろを歩いていると、回廊の柱にもたれていた人物と目が合いました。

 服装、そして父の態度から、目の前にいらっしゃる御方こそ、国王陛下などだとわかります。


 陛下はわたくしの名をおたずねになり、「いいものを見せよう」とおっしゃって中庭を案内してくださいます。

 殿方に手を引かれたことなどないわたくしは、驚いて陛下のお顔が見られなくなりました。

 家のため、陛下に気に入ってもらえるように努める必要がありますのに、思ったような振る舞いができません。

 父をその場に残し、中庭の中央まで進むと、そこにはバラ園がございました。

 陛下が手ずからわたくしの名と同じバラの花を手折り、花の部分だけをわたくしの結い上げた髪に付けてくださいます。


 この出会いが政略的に仕組まれていたものだとしても、バラの花を捧げてくださった陛下の優しいまなざしは、偽りではないと感じました。


「恐れながら、バラには棘がございます。もし、陛下がお怪我をされたら……」


「ははっ! 私の心配をしてくれるのか。それには及ばない。剣術をたしなむものは、手の皮が厚いのだから」


 そうおっしゃって、陛下は手のひらを広げてわたくしに見せてくださいます。

 バラの棘で怪我をしていないか、確認せよ……という意味でしょう。わたくしはそう感じて、大きな手のひらに指先をすべらせて、傷の有無を確認いたします。

 陛下のおっしゃるとおり、バラの棘など刺さらないほど、硬い手のひらをされています。

 この手で剣を握り、国を守ってくださっている。とても頼もしい御方です。


 安心して離れようとすると、陛下が急にわたくしの手を捕らえて……そして、口もとへ……。


 なにが起きたのか、よくわかりませんでした。

 指先に熱を感じて、少し遅れて身体中が熱を持ち、心臓の音がうるさくて、どうしたらよいのかわかりません。


「許せ、ちょっとした悪戯だ。まさかそのように……リンゴのように真っ赤になるとは思わなかった。はは……はははっ!」


 陛下が、吹き出すように笑われています。わたくしよりも十も年上のはずなのに! まるで子供のような御方です。

 わたくしが頬を膨らませると、陛下がお腹のあたりを手で押さえて、ますます笑いをこらえられなくなって……。





 ぷつん、と音が鳴ります。





 記憶の移植が終了します。私が何者であるか、曖昧になります。瞼を持ち上げると、ご主人様が見えます。


「気分はどうですか?」


 黒い髪、黒い瞳、フード付きのローブ。年齢二十八歳。……ご主人様です。

 心配そうにのぞき込んでいます。はじめての移植です。当然のことです。


「意識の混濁があります。情報を整理します」


 私は機械人形オートマタのラナンキュラスです。ご主人様の命令にしたがう存在です。

 ご主人様の指示により、ローザ様の十六年分の記憶を受け入れました。先ほどまで、私がローザ様になっていたように錯覚をしていました。現在はその状況から回復し、己を己として正常に認識しています。


 最初の記憶は私の装置に無事書き込みを終えました。

 ローザ様の好きなもの、王様の好きなもの、話し方、癖。学習しました。再現できるようになりました。


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