記憶の欠片は雲の上に
天霧 音優
第1話 神社のお兄さん
私の人生なんて、いじめが当たり前。
両親にも、クラスメートにも。
…だから、違う記憶が欲しかった。いじめなんて忘れられるくらい幸せなみんなの記憶が。
学校の帰りに私は一人、神社へ向かう。
たくさんの木々の隙間から差し込む太陽は、私を照らした。
…まぶしい。
けど、なんだか歓迎されているみたいで心地が良い。
私は、鳥居の前に立つとゆっくりと本堂を見上げた。
「………。神様。こんな私がいてもいいのかな。」
気が付けば、そうつぶやいていた。
これが私の本音なんだっていうのは考えなくともすぐにわかる。
…いつも、そう思っていたから。
私はその場で深呼吸をすると鳥居をくぐる。
「すぅ…。はぁ。」
もう一度大きく深呼吸をすると私は願いを口にした。
これが、一生のお願いでもいい。だからどうか…
「私に、記憶をください…。」
幸せな、楽しい記憶を。
…すると突然、目の前が光ったかと思うと目の前に人が現れた。
「…こんにちは。」
はかま姿の、きれいな顔立ちをした男性…いや、お兄さんって感じの人。
……お兄さんはまっすぐに私を見つめていた。何かを見透かしたみたいに。
「…あなたは……?」
私はとっさに聞いた。
するとお兄さんは女性のようにはかまの裾を口に当てて
「ん…。おやおや、自分から名乗ろうとはしないんですね?」
と、私を小ばかにするように、くすくすと笑った。
私はそれを見て、少し怒りの感情があったがその前にお兄さんが誰なのかを知りたいという気持ちでいっぱいで、初対面の人に怒っているような場合ではなかった。
「……私は、大崎恵美といいます。……あなたは?」
私は表情を変えてきちんと名前を名乗ってから、もう一度お兄さんに聞いた。
するとお兄さんは少し笑って「しかたないですね。」と上から目線でつぶやき咳払いをした。
「僕の名前はですね、「ケイ」…とでも呼んでください。」
ケイと名乗ったお兄さんは苦笑いしながら頭をかいていた。
…自分の名前を言うだけなのになんでそんなにいやそうな顔をするんだろう。
少し、疑問に思った。
でもそんな疑問をほうっておき、ケイさんへを質問を投げかけた。
「どうして…突然ここに現れたんですか?どうやって……」
「やっぱり、気になりますか?ふふ。じゃあ教えてあげましょう。僕は……神様、ですよ。」
一瞬、ケイさんの言ったことが理解できなかった。
でもそれよりも早く動いたのは、私の口。
「…願いを、聞いていたんですか?」
絶対に聞こえないとわかっているくらいの小さな声で、つぶやく。なのにケイさんはまるで聞こえていたかのようにうなずいて、にっこりと笑った。
「…記憶が欲しいんでしょう?幸せな記憶…。」
まるで心を見透かしているかのように私に問いかけた。
「そうです…。けど…なんで、分かったんですか…?私、『幸せな記憶』が欲しいとは一言も言ってないし……。」
「さっき言ったとおりですよ。僕が、神様だからです。……あなたは、僕のことを信じてくれますか?」
私は、この人が神様って言っても噓ではないような気がして反射的にうなずいた。
というか、信じない理由がなかった。だって、突然光の中から現れたし、はかまを着た人なんてそう相違いない…、しかも心の中を見てるみたいに言い当ててきた。
………私がそう信じたかっただけなのかもしれないけど。
「…あなたが神様なら、私に、記憶をくれるんですか?」
「えぇ。もちろん。……ですが、気に食わない…なんてことは言わないでくださいね?傷ついてしますので。」
「……わかっています。私はただ、いじめのことなんて忘れて一度だけでいいから友達を遊ぶ幸せっていうものを感じてみたかったんです。だから、そのあと私は満足しておとなしく死んでると思いますよ。…自分で。」
私は少し悲しげに言った。
いじめなんてなかったら、私は友達に大切に思われていて、いつも楽しい日々を過ごしてるんだろな。
…でも今はいじめられ友達にはそこら辺のごみ同然だと思われてる。だから、誰にも必要とはされてないんだよ。いらない。…から、死にたかった。
「少し…条件を変えます。」
「え…?」
ケイさんはさっきの笑顔ではなく、真剣な表情で言った。
「……僕が記憶をあげても、死なないこと、です。絶対ですよ?」
ケイさんはさっきの表情とは変わり、また笑顔で言った。
こんなにも私に死なないでという人は初めてだった。
「…ケイさんは、私が必要ですか?」
私は、勇気を出していった。
するとケイさんは私の質問ににっこりと笑ってうなずいてくれた。
……ケイさんは、私を必要としてくれてる…? 私がいらない存在じゃないことを否定してくれた…。
うれしい。親からも必要とされなっか私が初めて人から必要とされてる。そう感じたら、急に目頭が熱くなって、涙があふれた。
「……ありがとうございます…!」
私は声を振り絞って言った。
私が泣きながら言った言葉に、ケイさんは温かく笑ってくれる。
「…がんばってくださいね」
ケイさんは、優しく私の頭を撫でる。
暖かい光が、ケイさんとともに私を包んでくれているような気がした。
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