女官、自らの出自を知る
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「よぉ、サマンサ」
「……父さん、いきなり呼び出して何よ」
私の婚約解消騒動から一週間後。私は実の父親にとあるカフェに呼び出されていた。まぁ、本日は仕事が休みだったからよかったものの、いきなり呼び出すのは切実にやめてほしい。それから、今の私はちょっぴり傷心中。それぐらい、理解してくれたっていいじゃない。
そう思うけれど、この父親にそんなことを言っても無駄だ。この人、人の気持ちに疎いし。でも、優秀で頼りになって面倒見のいい冒険者だから後輩からは慕われているのよね。そういうところは素直に尊敬できる。
父親は相変わらずぼさぼさの茶色の髪と、真っ赤な濁りのない目をしている。私が「ちょっとは身だしなみに気を遣えば?」なんて小言を言うけれど、父親は何とも思わない。まぁ、元々女性によく見られたいという気持ちの薄い人だからね。
「いやな、サマンサに言わなくちゃいけないことがあってな……。この機会だから、言っておこうと思ったんだよ。お前の母親の出自を」
「っつ!」
そんな父親の言葉に、私は驚いてしまう。私の母親は私が幼い頃に病で亡くなってしまった。なんでも、弟を産んですぐに病にかかってそのまま命を落としてしまったとか。
だから、私は母親のことをよく知らない。というか、三歳前後のことなんて鮮明に覚えているわけがない。そういうこと。顔さえもよく覚えていないぐらいなのだ。知っていることといえば、私と同じ真っ青な目を持っていたということぐらいだろうか。……それも、父親に聞いたことだけれど。
「……サマンサ。驚かずに聞いてくれ。……お前の母親は、とある伯爵家の次女だったんだ」
「……はいぃぃ?」
ちょっと待って。理解が追いつかない。だから、私はそんな間抜けな声を上げてしまった。母親が貴族だった? それも、伯爵家の次女? 何よ、それ。いったい何の冗談? 今日は嘘をついていい日じゃないわよ? そう思ったけれど、父親のまっすぐな目を見ていると、それが冗談じゃないということはすぐにわかって。いや、けど、いきなりどうしてそんなことを……。
「母さんの出自はわかったわ。でも……何故いきなりそんなことを言うのよ」
だから、私はそう言って父親を見据える。すると、父親は露骨に私から視線を逸らした。こりゃあ、何か言いにくいことがあるな。そう判断して、私は父親を見つめ続ける。もうこうなったら根競べだ。そんなことを考えながら私が父親の顔を見つめ続けると、父親は「はぁ」と露骨にため息をついた。これで、私の勝ちだ。
「いやな、母さんの実家から連絡があったんだ。……それで、いろいろと実家が危ういということらしい」
その後、父親は渋々母親のことを教えてくれた。というか、母親本人のことじゃなくて、母親の実家のことがメインだけれど。
私の母親はとある貧乏伯爵家の次女だったらしい。母親は貴族だったけれど、類まれなる魔法の才を持ち、冒険者業を始めた。その時に父親と知り合って結婚。私と弟が生まれたそうだ。母親の実家は、母親が冒険者業をすることをあまりよくは思っていなかったそうだけれど、それでも実家が助かっていたことは確かだったので、黙認していたということらしい。母親亡き後も、父親はお金を母親の実家に入れていたそうなのだけれど……。
「……つい最近な、お前の爺さんが倒れた。それで、家が回らなくなり始めたらしい。元々、母さんの実家は貧乏だ。それに合わせて、ここ数年の大きな嵐が合わさり、伯爵家は没落寸前らしい」
「そうなのね」
そう言われても、何もピンとこない。だって、私は幼い頃から冒険者の娘としてしか育っていない。貴族のことなんて、あまりにも知らなすぎる。そりゃあ、女官だから後宮に来ていた令嬢たちのことはある程度知っているけれどさ。まぁ、わがままな人が多いよね。しかも、醜い嫉妬がそこら中に渦巻いている。嫉妬と関係ないのは、圧倒的な権力を持つ「後宮の五大華」と呼ばれている、王子様の妃候補筆頭ぐらいじゃないだろうか。
「……それで、だな。お前の爺さんと婆さんから、頼まれちまってな。……お前を、貸してくれって」
「は、はいぃぃ?」
貸せ? それってどういう意味? もしかして、援助してくれとかそういうこと? でも、私の給金じゃあそこまでの助けにはならない気が……。
「サマンサは女官だから知っているだろうが、王子の妃を選ぶ後宮があるだろう?」
「え、えぇ、そうね」
「そこで問題を起こさずに、一年間妃候補としてお勤めを果たせば、実家には多大なる金が入るんだ」
「……そう」
この流れ。まさか、まさかだけれど……!
「だからな、お前の爺さんと婆さんはお前に後宮に言って、妃候補として一年間お勤めを果たしてきてほしいと言っているんだ」
やっぱり、そういうことなのね……! そう思って、私は物理的に頭を抱えてしまった。
だって、後宮って女官として仕える分に関してはまだ、まだまし。だけど……実際に妃候補としていくとなれば話は全くの別物になる。だって、あそこって――。
(女の嫉妬と陰謀と欲望が渦巻く地獄のような場所じゃない!)
私は女官としてあそこの近くで働いていたから、分かる。あそこは――嫉妬と欲望と陰謀という名の魔物が住まう、この世の地獄なのだ。
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