魔人


「キャー! 怪人よ!!!」


 周りが騒がしいと目を開けた。


 ベンチで一晩過ごしたみたいだ。腰が痛い。太陽が真上にあがっていた。


 ベンチから起き上がり、背筋を伸ばす。


「ん〜、あっ! 学校……」


 ヤバい大遅刻だ。


 でも一向に周囲の騒がしさが収まらない。ベンチから立ち上がり、周囲を見渡すと、人がわらわらと何かから逃げて来ている。学校なんか行っている場合じゃない。


 逃げて来ている人の流れに逆らって走る。


 バシッと逃げている最中のサラリーマンの腕を捕まえた。


「な、なんだ君は!」


「何かあったんですか?」


「あぁ、知らないのか。君も逃げた方がいい。怪人が街中で暴れているんだ」


 逃げた方いいと言ってくれた親切なサラリーマンの腕を離す。



 街中? 街中襲撃のスケジュールを思い返す。この辺りの怪人出現の指示は聞いていない。


 ということは無所属の怪人が騒ぎを起こしていると察することが出来る。


 無所属の怪人が原因と分かった瞬間に、目の前のビルがいきなり崩れて、怪人が姿を現す。


 ビルを殴って壊した怪人の身長は、ビル六階ぐらいの高さで、腕はジャンボジェットの飛行機みたいに太い。体型は人型で顔はうさぎ。


 ガタン、ガタンと、ビルの破片が飛んで来て、あと三歩右に俺がいたらコンクリートのデカい破片で死んでいた。


 アイツは? 怪人と接してきた数が多い俺にも誰か分からなかった。でも分かることもある。


 このうさぎは悪の力を使って巨大化している。



 このうさぎの怪人は何人、人を殺したんだ?


 誰かが絶望したり、ドス黒い悪の感情になると悪の力は産まれる。もちろん死は極上の悪の力を産む。けど、一般人を巻き込むやり方は悪の組織には無い。


 たまに街中襲撃イベントがある、悪の組織にも威厳が大切だからだ。その時には細心の注意を払って、一般人の死人が出ないようにしている。


 そして悪の組織の怪人じゃない、無所属の怪人が暴れた時に、一般人の生存率を上げるためにも街中襲撃イベントが必要だ。


 でもだ……。


「一般人の死人が一人でも出たら、一般人として生活してる怪人が辛い想いをするのがわかんねぇのか!」


 俺の握った拳に力が入り、手から血が滴る。


 それが分かっているから悪の組織は一般人には手を出さない。いや、出せないんだ。


 悪の組織じゃない怪人も危険だとなったら、俺たちの努力が報われない。無所属の怪人は自分勝手な都合でぶち壊す。


 どこかの戦隊も、ロボットを使わないとこのうさぎには立ち向かえないが、まだうさぎの周辺には一般人が沢山いる。これじゃロボットで戦うことも無理だ。


 何故かビルを殴ったまま動かなくなったうさぎの怪人。


 ヒーローはすぐには来ない。いつも遅れてやってくる。


 悪の組織は危険だと思われてなくてはならず、ヒーローのように一般人を助けることはしない。



 うさぎからの視線を感じた。俺が気付くとうさぎはニタリと笑みを見せて、ピョンッと飛ぶ。


 うさぎがジャンプしただけなのに、風圧は凄く。足で踏ん張って吹き飛ばされるのを回避する。


 ドシンと、大きな音と共に、俺の目と鼻の先まで飛んで来たうさぎ。


「俺に何か用か?」


「ケケ、オマエ、ピンク、マホウショウジョ、ニオイ、コイ」


 ん? ピンクの魔法少女の匂い濃い? 俺が知っているピンクの魔法少女は愛華しか……いや、沢山いるわ。


 でも俺から匂いがしていると言うことは、コイツ、愛華を狙っているのか。


「ナンデダ! ナンデダ!」


 デカい腕が迫り、ヤバいと思ったけど、難なく捕まった俺。


「し、知らない!」


「オマエ、イノチ、イラナイノカ」


 手に力を入れられて、段々と全身が圧迫される。


 

 あぁ、背骨が伸びて気持ちいい。


「く、や、やめろぉぉおお」


 一時間コースで!!!



「勇くんを離して! ウサギダ魔人!」


 横から俺の名前を言われて、振り向けば愛華がいた。胸がデカい、ピンク髪、魔法少女の愛華だ。


「ユウクン? ユウクン、ユウクン、ユウクン! ガケケ!」


 壊れた玩具のように俺の名前を言って、変な笑いを挟む。


「コレ、オマエ、ノ、ナンダ。ツブシテシマウゾ。シンチョウニ、コタエロヨ」


「私の彼氏よ」


「ガハハハハハ、ガハハハハハ、ガハハハハハ」


 笑い方はどうにかならないのか。ウサギダ魔人さんよ。ここで口を出せば死にそうだから俺は黙っていた。


「ごめん。私、魔法少女だったの」


 もう最終回手前だっけ……まぁ、魔法少女のことは知ってたけど。


「オマエヲ、コロスタメニ、コノオトコ、ツカエソウダ」


 俺を持っていない手で、ウサギは愛華に向かって拳を振り抜いた。


 遠くのビルは風圧の襲撃で歪み、愛華が吹き飛ばされたところのビルはクレーターが出来ていた。


 ウサギが殴ったところからを起点にして、放射線状に被害が広がった。


 近いところは更地状態になっていた。



 ピョンッと愛華が飛んだビルまでウサギも飛ぶ。空中でウサギは拳を振りかぶった。


 嫌な予感がする。


「待てよ。待て待て待て、オイ!」


 そして高層ビルに埋まっている愛華を、ウサギは空中から地面に殴り落とした。


「嘘だろ……」


 情けない俺の言葉は、ビルが崩れる音で掻き消えた。






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