第14話

 夫が戻ってきたのは嬉しく思う反面、毎日のように夫婦生活が続くものの、一向に妊娠しない事に焦りを覚えるマナリィ。


 夫は子供が3人は欲しいと常々言っていた。

 もしかして自分の体に問題があるのでは、と病院に駆け込むが……



「特に母体に問題点は見られませんね」


「え、そうなんですか?」


「問題があるとすれば、貴方がまだ処女であることくらいでしょうか?」


「???」



 マナリィは先生が一瞬何を言っているのか分からなかった。


 確かに夫との子作りは順調だ。

 順調だと思う。

 なのに自分が純潔のままだと言われてマナリィはますます混乱した。



「えっと、それはどういう……」


「マナリィさんが旦那様とどんなプレイをしているかは定かではありませんが、今一度子作りの正しい方法をレクチャーしましょうか?」


「えっと、はい。お願いします」



 マナリィは頷く。

 もしかして自分たちの方法が間違っていたかもしれないかも不安になったからだ。

 そこでレクチャーを受けて、特に問題が無いと知れたので安心して帰ってきた。


 

「おかえり、マナリィ。病院どうだった?」


「うん。出来てるどころか処女のままだと言われたわ。どういう事かしら?」


「訳がわからないな。俺たちはこんなに愛し合ってるのに。きっとそこの病院の先生の見る目がなかったんだろう」


「先生を悪く言っては良くないわ」


「それより、良いだろ?」



 帰ってきてすぐに求められた。

 欲望が抑えきれぬのか、ハルクは下腹部を大きく膨らませている。

 仕方のない夫だ。でも一度浮気疑惑があったのも本当だからこうして求められるのはありがたい。

 気持ちがこちらに向いている限り、いつかは妊娠するだろうと考えを持ち直した。



 事後、グースカ眠りこける夫に布団をかけ、自分のお腹をさする。確かに入ってきた感触はある。

 どんな経緯で卵に届かないのかはわからないが、自分の気持ちに問題があるのかもしれないしと妊活なるものに挑戦してみる事にした。


 しかしマナリィは一向に妊娠する事はなかった。




 ◇




「と、いう感じでね。病院が悪いのか、夫が悪いのかよくわからないのよね」



 ハルクが仕事に行ってるお昼は憩いの時間。

 理想のママを目指してレイシャと自分磨きをしているマナリィは赤裸々に体験談を語る。

 それを聞かされた独り身のレイシャはなんと答えるべきか言い淀んだ。



「一度旦那さんも病院に連れてったら? マナリィに問題がないならハルクの方が問題ありかもしれないじゃない」


「それは無理よ」


「どうして?」


「あの人根っからの医者嫌いだもの。貧乏時代に騙されたとかなんとかで、それ以来医者不振に陥ったらしいわ。だからどんなに誘っても行こうとしないの。もう自分で稼いでるんだし、手術でもしない限り診てもらうだけでそこまでお金かかるわけでもないのにね」


「それは問題ね。どうにかして見てもらわないと、いつまでもあんたの問題だと言われ続けるわよ?」


「だからこうして妊活を始めてるの。夫はそこまで考えてくれないけどね」



 ポジティブにそう答えるマナリィに、レイシャは表情を暗くしてこう切り出した。



「ねぇ、本当にハルクはあんたの子供が欲しいの?」


「どういう事?」



 マナリィは眉を顰める。

 ハルクは子供が欲しいからと夫婦のスキンシップを多く求めていた。マナリィも最初は痛いのもあって抵抗していたが、今ではもう慣れたものだ。だからこそそんな風に切り出されていい気はしなかった。



「話を聞く限りではハルクに将来設計がまるで見えてこないのよ。子供を授かるって事は、あんたの稼ぎが期待できなくなる事よ。妊婦になったらあんたは今まで通り活動できなくなるのよ? お医者様にだって世話になるのに医者嫌いだなんて理由で病院に足を運ばないのは問題だわ」


「そうね」


「そんな時、妻ひとり気遣えないハルクが子供の面倒まで見ると思う?」


「それは……子供ができればあの人だって変わるわよ」


「本当に?」



 しつこく言及されてマナリィはついに言葉に詰まった。


 今まではずっとそうなればいいなというマナリィの希望が優っていた。

 けどレイシャの言う通り、ハルクからマナリィを気遣う言葉がなかったのは事実だ。

 夫を信じたい反面で信じきれない自分もまた居る。

 それでも迷いを振り切るように質問を質問で返した。



「逆にレイシャさんは何がそんなに不安なの?」


「よくない噂を聞いたのよ」


「どんな噂?」


「例の偽レイシャがね、将来有望な男を自分の地位をダシにして引っ掛けてるって噂よ。その女がハルクに粉をかけてるらしいの。ほら、一応うちの会社の取引先じゃない? 顔を合わせてるうちにって……感じらしいわ」


「噂だけでしょ。そもそもその偽物はレイシャさんのそっくりさんてだけで社長と血も繋がってないんでしょう? モデルで成功したからって、ターナー商事の跡を継げないわよ」


「どうやら父さんは自分の娘だと公表してるらしいわ。だからあたしは偽物と呼んでるけど、周囲はあたしが復帰したと本気で勘違いしてるようなの」


「それは……問題ね。ハルクは昔からレイシャさんに憧れてたもの。でも流石に偽物と本物の見分けくらいつくわよね? 仮にもファンな訳だし」


「高望みしない方がいいわよ? ファン歴の長いウチの社員ですら見抜けないほど似てるらしいから」


「それ、本当に血のつながりはないの?」


「父さんが何処かで子供作ってない限りは、ウチは一人っ子よ」



 どこか物悲しげにレイシャは言う。

 それは父親の浮気を認めたくない娘の感情が見え隠れするもので、何処かで疑ってかかってる瞳だった。



「一応気にかけておくわ。それで新作の件なんだけど、妊娠に備えてドレスのような大掛かりな仕事からこう言ったポーチのような小物にシフトしようかなって」



 暗い話から話題を切り替え、次の商談へと移る。

 近況報告は飯の種。

 商談はお小遣い稼ぎと、未来への貯金も兼ねている。



「あら、良いじゃない。主婦って家事に取り掛かる都合上、あまりオシャレできないものね」



 そんな二人で手がけたレイリィブランドの次のアイテムをレイシャに公開すると、先程までの暗い気持ちが吹き飛んで、輝かしい瞳を向けてくる。

 いつも通りの商談の雰囲気に、マナリィとレイシャは先ほどまでの暗い気持ちをすっかり晴らしていた。

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