【Session25】2016年01月17日(Sun)

 学はみずきから今日、みずきのお店に訪問カウンセリングに行った時に、のぞみの発達障害の件を説明するのに立ち会うよう依頼されていた。そのため、みずきのお店のスタッフに配る資料を作成していたのだった。

 それはのぞみの『特性』として、どのような傾向があるかスタッフにも教えておきたいと言うのぞみとみずきからの要望があったからだ。それと同時に、学の素性も明かすことになるのだが、それが本当にのぞみのためになるのかは学にもわからなかった。


 しかし少なくとも、お店の経営者であるみずきが、彼女のことを理解してあげようとしていることは間違いなく、それはのぞみにとってとても心強いことであるし、経営者のトップがそのような姿勢を示せば、スタッフも自然と彼女のことを受け入れてくれるに違いないと学は信じていたのである。

 そして配布資料を纏めあげ、学はみずきの待つ銀座へと向かったのだ。学は何時もと違って、少し緊張した面持ちでお店の中へと入っていった。


倉田学:「こんばんは倉田です。美山さんいますか?」

ゆき :「あら倉田さん、お久しぶりです」


倉田学:「こんばんはゆきさん、今日はスタッフが多いですね。それに何時もより賑わっているみたいだけど」

ゆき :「そうなの、今日はみさきの21歳の誕生日なの、だからスタッフとお客さんでみさきの誕生日のお祝いを」


倉田学:「だから今日は、お店の飾りつけが豪華なんだ」

ゆき :「そうなの、みずきママはわたし達の誕生日を何時も祝ってくれて。ちょっと待ってね、みずきママ呼んでくるから」


 ゆきは学を入口のところで少し待たせ、そしてみずきが現れた。


美山みずき:「すいません、お呼び立てしてしまって」

倉田学:「こちらこそ忙しそうですが大丈夫ですか?」


美山みずき:「ええぇ。なかなかスタッフ全員が揃う日がなくて、だから倉田さんには今日2回に分けてスタッフにのぞみのことを説明して欲しいの」

倉田学:「分かりました。お願いされていたスタッフに配る資料も持って来ましたよ」


美山みずき:「ありがとう御座います。早速、手の空いているスタッフから説明するので大部屋に集まって貰いましょう」


 こうして学はみずきのお店の一番大きな部屋に通され、そしてそこに集まったスタッフにのぞみの件について説明することとなったのだ。


 勿論、そこにはのぞみやみずきも同席し、最初にお店の経営者のみずきからのぞみに関する説明が行われた。その時、一瞬その場所にいたスタッフがざわついたので、みずきは学にバトンを渡し学が続きの説明をすることとなったのだ。


倉田学:「落ち着いてください皆さん。僕は美山さんからのぞみさんの件で相談を受けた心理カウンセラーの倉田と言います。今からのぞみさんの件について資料を配ります。のぞみさんの障害は治るものではありません。だからわたし達が彼女とどのように向き合っていったらいいか、一緒に考えて行けたらと思っています」


 するとのぞみが頭を下げ、申し訳なさそうな表情を見せた。それを観ていたみさきは彼女の元に近づいてこう言ったのだ。


みさき:「あなただけ特別なんかじゃない。苦労しているひとは幾らでもいるんだよのぞみさん。なんで頭なんか下げる必要があるの?」


 その言葉を聴いたのぞみは、顔を上げ少し涙を流していた。ゆきもすかさずのぞみにハンカチを手渡し、そしてもらい泣きしそうな表情を浮かべているのだった。それからみずきがスタッフにこう言ったのだ。


美山みずき:「ここで働いているスタッフは、わたしの大切な仲間です。それは、たとえ障害があろうが無かろうが関係ありません。ひとつの命の重みに違いがあると、あなた達は思いますか?」


 この問い掛けに答えられる者など勿論、誰もいなかった。そして学は、のぞみの発達障害の『特性』を説明したのであった。


 学が強調したのは同じ発達障害でも個人差があり、その『特性』はひとそれぞれ違うと言う点であった。だからのぞみが得意とすること、苦手とすることを把握し、彼女の苦手な部分は皆んなでカバーしていこうと言う結論になったのだ。また彼女の得意なことについては、彼女の負担にならない程度に積極的に彼女にやって貰おうと言うことにもなったのである。


 こうしてのぞみは、世間一般で言うカミングアウトと言うことを行ったのかも知れないが、学はこの言葉が好きではない。それは、その言葉の意味合いに差別的なニアンスが含まれているように感じていたからだ。そしてこれを2回に渡り行い、スタッフ全員にのぞみのことが知れ渡ったのだ。また学が何者であるかの素性も明らかにされたのだった。


 一通り説明が終わり学が帰ろうとした時、みずきからお礼に少し飲んで帰る時間があるか訊かれたのだ。特に学はこの後に予定も入っていなかったので、みずきのお店でご馳走になることとなった。これが最後のカウンセリングだと学は思ったので断ることはしなかった。


 カウンターの席に移動して、ウイスキーのロックを感慨深く見つめながら飲んでいると、グラスの氷に微かに映る自分の姿を観て、今までの出来事が走馬灯のように浮かんで来た。そしてグラスを見つめているとゆっくりと溶ける氷とウイスキーがこれまでの出来事の長さを洗い流して行くようにも思えたのだった。その時、みずきが学の傍に来てこう言った。


美山みずき:「隣に座ってもいいかしら?」

倉田学:「ええぇ、いいですけど」


美山みずき:「いろいろと、ありがとう」

倉田学:「ええぇ」


美山みずき:「わたしも苦しい想い出あるんだ」

倉田学:「そうなんですか。訊いてもいいですか?」


美山みずき:「ええぇ。そのつもりで、今日ここに残って貰ったんだもん」

倉田学:「美山さんの苦しい想い出って?」


美山みずき:「そうねぇ。わたし故郷が宮城県 石巻なのは話したわよねぇ、こないだ」

倉田学:「ひょっとして、東日本大震災(3.11)の件ですか?」


美山みずき:「そう、あの地震の津波により漁港で働いていた両親を失って」

倉田学:「美山さんは大丈夫だったんですか?」


美山みずき:「わたし高校を卒業して、演劇の勉強をする為に東京に出たの。そして、すぐに挫折して新宿歌舞伎町にあるキャバクラでキャバ嬢として働き出したの」

倉田学:「その噂は聞いたことあります。新宿歌舞伎町界隈では美貌で有名であったと言う」


美山みずき:「そうね。あの頃、わたしも若かったから似てるのよ、のぞみ」

倉田学:「だからのぞみさんをこのお店で」


美山みずき:「そうね。両親へのせめてもの罪滅ぼしかな」

倉田学:「なんでそう思ってるんですか?」


美山みずき:「だってわたし、東日本大震災(3.11)で両親を失うまで、故郷に帰ってなかったから」

倉田学:「いつでも帰れたんじゃないですか?」


美山みずき:「わたし昔、キャバ嬢で、今はホステスしてるから。親に合わす顔なかったのよ」

倉田学:「何となくわかります。近くて大切な存在には見せたくない部分があると」


美山みずき:「そうねぇ。わたしも両親に意地を張って上京しちゃったから。でも失って初めて気づかされたかな。もう遅かったけど」

倉田学:「それに気づくことが出来たのだから、美山さんは今を大切に生きていると僕は思いますよ」


美山みずき:「倉田さんにそう言って貰えると、なんか嬉しいな。のぞみの件だけど、しばらくフォローをお願いします」


 こう言うとみずきは学の元から去り、お客の相手へとまた戻っていった。そして学もその場から立ち上がろうとした時、みさきが通りかかったので、学はみさきにこう言ったのだ。


倉田学:「みさきさん、お誕生日おめでとう御座います」

みさき:「倉田さん、ありがとう御座います。少しお話したいので、ちょっと待ってて貰えますか?」

倉田学:「ええぇ」


 学は立ち掛けていた自分の椅子に座り、みさきが来るのを待った。


みさき:「倉田さん、お待たせしてしまってすいません」

倉田学:「大丈夫ですよ」


みさき:「さっきのぞみさんに、わたしが言ったこと覚えてるでしょ!」

倉田学:「ええぇ、まあぁ」


みさき:「あれ、自分のことなの」

倉田学:「自分のことって!?」


みさき:「わたしの家族は福島第一原発事故に遭い、そして弟がそれから体調を崩してこころを閉ざしてしまったの。倉田さん心理カウンセラーでしょ。弟を助けてください」

倉田学:「みさきさん、この問題はみさきさんの弟の問題です。だから弟さんが変わろうとしないと、僕にも無理なんです」


みさき:「では倉田さん、どうすればいいんですか?」

倉田学:「本人が変わろう、変わりたいと言う意志を持たせてあげてください。そういった意志があって、初めて僕は関わることが出来るんです」


みさき:「わかりました倉田さん。わたしの誕生日が今日ってことは知ってますよねぇ」

倉田学:「ええぇ」


みさき:「わたしはある意味、自分の誕生日を運命的な日だと思ってるんです」

倉田学:「それは、どう言うことですか?」


みさき:「わたしが生まれた21年前の今日、阪神・淡路大震災があった日なんです。わたしの人生は地震とある意味、運命を感じるんです。倉田さんは運命って信じますか?」

倉田学:「僕は運命を信じていません。運命は自分で切り拓くものだと僕は思います」


 こう言って学とみさきは別れたのであった。学は帰り際に電車の中で考えていた。運命なんかでひとの人生を決めつけるのは、自分の人生に言い訳を探すようなものだと…。そしてこの日の夜は更けて行ったのである。

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