第14話 心の傷
思ったよりも早く街に着いた。さすが私!
まずは花屋さんに行こう。そこにも薬草類の苗は売っていた筈。それから雑貨屋に行って魔力回復薬を買って、ドーナツ屋さんでクリスピードーナツ買おう。
買い物ついでに自分のできる仕事があるかも探さなくちゃね。
花屋さんに行って苗を見ていたんだけど、なんか視線が痛い。盗んだりしないでちゃんと買うよ? なんて思いながら魔草を探す。あ、あった。やっぱり高いけど、買っておこう。そう思ったんだけど……
「アンタに売る物はない。サッサと出て行ってくれ」
「え?」
「出て行け! 迷惑だ!」
「な、なん、で……」
店員さんに睨み付けられて、私は苗を買えずに店を追い出されてしまった。どうして? 私、何も悪いことしてないよ? それとも誰かと間違われたのかな……
仕方なく店を後にして雑貨屋へと向かう。その間もなんだかジロジロ見られていて、その視線は悪意のあるもののように感じた。
怖い……なんで? 私のなにがそんなに……
わけが分からないまま、視線から逃れるように早く歩く。その時、額にガツンっ! って、何かが当たった。
「痛いっ!」
「悪魔だ! やっつけろ!」
「え?!」
「この街から出て行け! 悪魔めっ!」
子供達が私に向かって石を投げてくる。悪魔? 私が?
ふと店のガラスに映った自分の姿が目に入った。私の髪は深紅に戻っていた。
え……どうして?! 魔法が解けてる!
ヘレンさんの魔法は1日は持つ。いつも朝魔法をかけてもらったら、夜寝る時も翌朝起きた時も髪は黒いままだもの。それでもいつ魔法が解けるか分からないから、毎朝ヘレンさんに髪を黒くしてもらっているのに……!
石は何度も何度も私に向かって飛んでくる。
痛い! 痛い! やめて!
子供たちの行為を大人は誰も止めない。それどころか、いつそれに参加するか分からないような雰囲気になっている。
私はそこから逃げるように走り出した。
その間も街の人たちの私を見る目は蔑んだような、恐ろしいものを見るような、そんな目をしていた。
怖い怖い怖い!
ここまで嫌われていたんだ。ここまで恨まれていたんだ。分かっているつもりで分かってなかった。
でも仕方ない。私は血濡れのアンジェリーヌ。
『ブラッディ・ローズ』
それだけの事をしてきた。何人も無慈悲に人を殺してきた。戦争だったからと言っても、それで殺された身内を持つ人たちが納得なんかできる訳がない。忌み嫌われるのは当然のこと。
私は悪魔だと言い伝えられてきてたんだね。
悪魔、血濡れ、無慈悲……
外套のフードで髪を隠すように目深にしっかり被って誰の目も見ないように下を向く。
そして追い出されるようにして街を出て、走って走って走って……
あの温かな場所へ……いつも笑顔で私を迎え入れてくれるヴィル様の邸へ……
そう思って走って、邸が目に入ったところでハッとした。
私がこんな髪色だったら、みんなは街の人たちのように、私を嫌いになるかも知れない。その考えに漸くいきついた。
私の髪は深紅。血のようにどす黒い赤。それはまさしく血を浴びたようで、エヴェリーナ様の鮮やかな朱赤とは同じ赤でも全く違う。
ここは辺境の地。戦争で最も被害を受けた場所。だからこの髪色を忌み嫌う思考は何処よりも根強い。邸で働く人たちのご先祖を、私が殺してしまった可能性はあるんだ。
知っているのはヘレンさんだけ。私の髪色を知ってもいつもと態度は変わらなくて、自分から魔法で髪色を変えようかと提案してくれて……
足はいつの間にかピタリと止まっていた。
街から離れて、生い茂っていた木々が拓けた場所に美しく
働く人々は勤勉で気の良い人たちばかりで、何よりヴィル様がいる場所。
私にとっては楽園のような場所……
ダメだ、こんな姿で帰れない。誰にも見られたくない。
外套をしっかり被って木に寄り添うようにして立って、遠目に邸を眺める事しか今の私にはできなくて……
帰れない。なら何処にいけば良いの? こんな髪で、誰が私を受け入れてくれると言うの?
帰りたい。帰れない。
目の前にある私の楽園。それが滲んで見えてくる。
泣くな 泣くな 泣くな……!
私には泣く資格なんてない。自分がしてきた結果だ。国が悪いとか、時代が悪いとか、そういう事じゃない。たくさんの人を殺してきた。それが事実だ。そうしてきたのは私だ。
1人殺したら殺人。でも1000人殺せば英雄なんだって。そうは言うけれど、そんなのは詭弁だよ。人を殺せば、それは何人であっても殺人。多く殺せば殺すほど、その罪は増えていく。
頭がズキズキする。あぁ、そうか。石が当たったからだ。あれ? クラクラもしてきた。おかしいな。まだ時間は大丈夫なはずなのに……
ズルズルと木を背に崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
お邸までは近いのに凄く遠く感じる。それはまるで私とヴィル様みたい。近くにいるけれど、決して近しい存在にはなれない人。
それでも良かった。傍にいられるのなら、私はそれでも良かったの……
目が霞んでいく。邸が見えなくなっていく……
「……ちゃ……ちゃん……」
「ん……」
「サラサちゃん!」
「あ、れ……ヘレン、さん?」
「もう! なんでこんな所でそんな事になっているのよ!」
「えっと……なんでヘレンさんは泣いてるの?」
「探したのよ! 皆で帰って来ないサラサちゃんを心配して! こんな所で倒れてるなんて思わないじゃない! しかも怪我してるし!」
「あ、あぁ、これ……あ、そうだ、ごめんなさい! 私、ヘレンさんに言われてたクリスピードーナツ買ってないの! 賄賂の!」
「賄賂だなんて人聞きの悪い事を言うのはやめなさい! ドーナツなんてどうでも良いわよ! それより、早く帰りましょ! 傷の手当てもしないといけないから!」
「……帰っていいのかな……」
「え?」
「私……あの場所に帰っても……」
「良いに決まってるでしょ? あのお邸はみんなの家なんだから」
「みんなの……? 私も……?」
「髪色が戻ってたわ。魔法で黒にしたけど。街で苛められたの? その怪我もそれで?」
「……うん……」
「そう……あの街は一番被害を受けた場所だからねぇ。私の息子もよく苛められたのよ」
「え?! ヘレンさんの息子さんも?!」
「そうよ。赤っていうよりはピンクに近い色だったんだけどね。それでもよく苛められてたわ。近所の子供達や大人にも。仕方ないのかもしれないけど、息子は一時期引きこもっちゃってねぇ」
「そう、なんだ……じゃあ今息子さんは?」
「今は兵士になったのよ。王都にいるわ。ここは差別が酷いけど、王都はそうでもなかったの。だからね、ご主人様が紹介してくださったのよ」
「え?! ヴィル様が?!」
「えぇ、そうよ。何処からか息子が赤い髪で差別にあっていると聞かれて、家を訪ねてくださったのよ。夫には先立たれて私が稼がなくちゃいけなかったんだけど、子供がそうだからって仕事も取り上げられるように雇ってもらえなくなってねぇ。そんな時、ご主人様が私たちを助けてくださったのよ」
「ヴィル様……」
「それから私はここで働かせて貰ってね。それでも息子は髪色を気にしていたから、それを知ったご主人様から髪色を変える魔法を教わったのよ。その後息子は成人して王都へ行って、現在に至るってわけ。だからサラサちゃんの気持ち、少しは分かるのよ?」
「ヘレンさん……!」
みんな何かしらの傷を心に持っている。それは私だけじゃない。
そして傷があるからこそ人に優しくなれる。
やっぱり私はここにいたい。
ずっとここにいたいよ……
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