第50話 走れ! 電光石火

 リオニス・グラップラーがクレア・ラングリーの元に至るまでの経緯を説明することは、そう難しくはない。


「これじゃあ倒しても倒してもきりがないじゃないか!?」

「口を動かす前に手を動かしなさいよね!」

「やってるだろ! どこに目を付けているんだよ!」


 得体のしれない敵をあしらいながらも口喧嘩をはじめる二人に、俺はあきれるやら頼もしいやら、「は、はははっ」空笑いしか口から出てこなかった。


「ったく」


 命を持たないマリオネットは倒しても倒しても起き上がってくる。これではイザークの言う通りきりがない。


「バカ野郎ッ! 無闇矢鱈と攻撃すりゃいいってもんじゃねぇだろ! こういう時は人形を操ってる魔力糸を切るんだぜ!」


 試験官の的確なアドバイスの元、俺たちはマリオネットと黒い手を繋ぐ糸を切断した。

 糸の切れたマリオネットはガラクタのように地に崩れ、役目を終えた手は魔法陣とともに消滅していく。


「意外と大したことないわね」

「ま、僕の剣術の前では大抵は無力と化すからな」

「そんなことより、問題は誰が試験会場にこれを放ったかだ」


 糸が切れて動かなくなった人形を神妙な顔で見つめるヒトデ。彼の言う通り、問題は裏で誰が糸を引いているのか。そして間違いなく、先程クレアちゃん人形から聞こえてきたあの声と、これらは無関係ではないということ。


 握りしめた人形に視線を落とし、俺はもう一度人形に問いかける。が、やはり応答はない。


「クレアたちが心配だ」

「ならやっぱり連絡橋まで引き返すべきだぜ」


 浮遊魔法で橋を飛び越え、ルートを変更するしか合流する方法はないという。


「ダメだ!」


 しかし、それではやはり遅すぎる。


「リオニスの言ってることも分かるけど、他に道はないんでしょ?」


 マーベラスの質問に、ヒトデは渋い顔でうなずき返した。


「急がば回れというしさ、僕もここは一旦引き返すべきだと思うよ」


 手の中のクレアちゃん人形を見つめる俺に、彼らは諭すように声をかけてくれる。

 けれど、やはり引き返している時間はない。


「だけどよぉ、友達が助けを求めてるんじゃねぇのか? まさか、見捨てるつもりか?」

「そんなことしない」

「引き返すことなく助けるってこと? そんなの無茶よ」

「親友のことだ、何か策でもあるんだろ?」

「ない!」

「えっ………」

「………………」

「ない……のかよ」


 俺が一番知りたいことは、クレアのいる場所に行く方法ではない。クレアがこのダンジョンのどこに居るのかということだ。そのことを彼らに伝えると、


「それなら人形があるし、何とかなるんじゃないのか?」

「この人形でクレアの居場所が分かるのか?」

「うん。それ、ちょっと貸してもらえるかい?」


 小首を傾げる俺からクレアちゃん人形を受け取ったイザークは、現在通信用に使われている人形を追跡用に改造すれば問題ないと教えてくれる。


「そんなこと可能なのか?」

「捜索したい人の毛髪や血液があれば簡単だよ。幸い、この人形には……ほら、リオニスと彼女の毛髪が埋め込まれているだろ?」


 人形の背中に指を突っ込んだイザークは、中から毛髪を二本取り出した。一本は金色の髪、もう一本は銀色の髪だ。そのうち使うのは捜索したい人間、つまりクレアの銀髪の方だという。

 彼は銀色の髪を再び人形の中に戻し、金色の髪をしれっとポケットにしまった。


 ――……え?


「おい、なんで俺の髪をポッケにしまうのだ?」

「これは今回は使わないからね」


 いや、だからってなんでお前が後生大事に俺の髪をポケットにしまい込んでいるのだ。つーか捨てろよ! 捨ててくれよッ!!


 心のなかで全力で叫ぶ俺に、彼は何か文句があるのかと言いたげな表情でこちらを見た。


「これくらい、いいだろ?」

「いや良くないだろッ!?」

「報酬もなしに無料ただで改造しろってのかい? 僕は男爵家の長子であると同時に、こう見えてもクルッシュベルグ商会ギルド長の息子でもあるんだよ? いくら親友の頼みとはいえ、無償でというのは魂が切り刻まれてしまうような――」

「わかった、わかった! もういいよ。その髪は収めてくれ」

「うん、ありがとう。たとえ返せと言われても返さなかったけどね」


 愛想笑いを浮かべる俺は悪魔と取引をしてしまったのではないかと思案して、すぐに頭をブンブンと振り乱した。友達を助ける為だと自分に言い聞かせる。


「で、それで本当にクレアたちの居場所は分かるのか?」

「少なくとも毛髪の持ち主の居場所は判明するよ。アリシア殿下とその従者も、近くに居ればいいんだけどね」


 イザークは魔力円環を行い魔法陣を展開すると、中央に人形をセットした。人形に刻まれた術式を上書きしているのだとか。

 まるでプログラミングだなと、俺は青白い光の文字列を眺めながら社畜時代を思い出していた。


「あんたって意外に器用ね」

「君も何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ、5割増で引き受けるよ」

「なんで増してんのよ! そこは割引なさいよ!」


 現在のクレアちゃん人形にはトランシーバーとしての役割しかないのだが、人形に組み込まれている術式を変えることで、例えるならトランシーバーから追跡型陸上ドローンに変化するというわけだ。早い話が魔法道具魔マジックアイテムの改造である。


「正規品の改造は危険だから禁止されているんだけどね。こういう手作りなら問題ないよ」


 イザークの手によって、あっという間にクレアちゃん人形が生まれ変わった。


「さっきと全然変わってねぇぜ?」

「見た目はね。だけど性能が全然違うよ。使ってみてくれよ」


 生まれ変わったクレアちゃん人形を受け取った俺は、早速人形に魔力を注ぎ込んでいく。

 すると手の中の人形が独りでに動き出し、俺の手から抜け出して大地に降り立つ。


「これはどうなっているのだ!?」

「まるで生きてるみたいじゃない!?」

「こりゃたまげたぜ。やるじゃねぇか!」


 誇らしげに鼻先を指でこするイザーク。


「原動力となる魔力を流し込むと、人形はセットした髪の毛の主の元まで最短ルートで戻るようになっているんだ。ほら、人形が在るべき場所に戻るため動き出した」


 感嘆の声をあげて俺たちは人形のあとを追った。


「壁じゃない」

「壊れてんじゃねぇのか?」

「失礼なことを言うなッ! 最短ルートで向かうって言ったろ?」


 つまり、この岩壁を突っ切った先にクレアは居るということだ。


「でも、これじゃあどうしようもないじゃない」

「やっぱり素直に引き返した方がいいんじゃねぇか?」


 うーんと困り顔で唸るイザークの肩を、俺は問題ないと軽く叩いた。


「むしろ完璧だよ。俺が望んでいたのはまさにこういうことだ」

「本当に……これでいいのかい?」


 疑念を抱くイザークの側で、懐疑的な目を向けてくる試験官とカチューシャな少女。


「こいつの失敗作に気を遣わなくてもいいのよ?」

「まったくだぜ。これじゃどうすることもできねぇじゃねぇか」

「う……」


 気まずそうな顔のイザークを横目に見ながら、俺は右手を岩壁に突き出した。


「おいおい、冗談だろッ!?」

「無茶苦茶にも程があるわよ!」

「そういうことか! さすが僕の親友だ!」

「喜んでないであんたも退避すんのよ、バカァッ!!」


 魔法陣を展開させると、彼らは慌てて避難する。それを確認した俺は、心置きなく呪文を唱えた。


「――――炎雷ファイアボルトッ!!」


 灼熱の魔法陣から放たれた一筋の光が岩壁を貫いては溶かし、分厚い黒煙が視界を塞ぐ。炎の爆豪が聴覚を遮るなか、焼けた岩肌が溶岩となって流れだした。


「相変わらずなんちゅう威力してやがんだよ」

「信じらんない。これ一体どこまで貫いているわけ?」

「隣の隣、さらにその隣のルートの壁まで溶けちゃってるよ」


 夢かとばかりに驚く二人と一匹。

 そんな彼らを傍目に、人形は真っ赤な大地に立ち往生している。困ったアピールをする人形のため、俺は逆側の手で氷結魔法を発動する。人形が燃えてしまわないように、熱くなった岩壁や地面を瞬間凍結させていくのだ。


「さぁ、クレアたちの元まで案内するのだ!」


 それから俺たちは人形を追って何度も穴をくぐった。やがてとあるルートで立ち止まる人形。どうやらこの道の先にクレアはいるようだ。


「このルートで間違いないみたいだね」

「どうやらそのようね」

「だな」


 彼らの視線の先には、再び歩き出した人形の姿があった。


 ―――ク……レア………


「―――!?」


 人形に続いて一歩前に足を踏み出したその瞬間、俺の地獄耳が途切れそうな声を拾う。

 クレアの名を呼ぶアリシアの声だ。


「すまん、先行く!」

「へ?」

「え?」

「おいッ!?」


 ロケットのように飛び出した俺は、声の方に向かって全力で地面を蹴りつけた。重力加速アクセルによって驚異的なスピードに達した俺は、肉眼で捉えることは困難だろうと思えるほどの速度でダンジョンを駆け抜ける。


「あれは!」


 瞬間的に切り替わる景色のなかで、はるか前方にクレアの後ろ姿を捉えた。それと同時に嫌でも見えてしまう、クレアの真上から鉄塊を振り下ろす見覚えのある大男の姿が。


「――――ッ!」


 コンマ数秒後には彼女の頭蓋は真っ赤な血しぶきを噴き上げているだろう。そうなる前に、俺は地面を砕くほどの勢いで右足を踏み抜き、全力で跳んだ。プラズマとなった俺はそのまま、大男の土手っ腹にとび蹴りを叩き込んでいた。


 音を置き去りにして吹き飛んだ巨体は、一瞬でダンジョンの奥深くに消えてしまう。


「……リオニス」


 間一髪間に合った俺の背後で、消え入りそうな声が微かに鳴った。


「助けに来たぞ、クレア!」


 乱れる呼吸を無理矢理抑え込みながら、俺は彼女を呼んだ。

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