第44話 無限トロッコ
「にしても、随分大層な観音扉だな」
ダンジョン内に入るためには、この意匠が施された黄金扉をくぐり抜ける必要があるらしい。これもヴィストラールが作ったのだろうか。
「古代文字のようね」
「なんて書いてあるんだ?」
マーベラスとイザークが興味深そうに扉に刻まれた文字を確認していると、ヒトデがつまらなさそうに呟いた。
「そりゃあのジジィが書いたポエムだ」
「「「ポエム!?」」」
「要はただの雰囲気作りのために書いたってこったぁ。どうせてめぇらじゃ読めねだろうと適当に書かれただけだから、気にするこたぁねぇぜ」
そういうあんたは読めるのかとマーベラスが詰問すれば、ヒトデは自信満々に答えた。
「まだこの世に生まれて8ヶ月の俺さまが読めると思うか? ちったぁ考えてから物言え!」
プンスカプンスカ怒るヒトデは早くしろと、俺たちに扉を開けるよう急かす。
「試験官というよりは奴隷商人って感じだな」
「なら僕たちはヒトデの奴隷かい? 笑えないよ」
「ゴホッゴホッ――ちょっと! 煙こっちに向けて吐かないでよね! 副流煙であたしの肺が真っ黒になったらどうしてくれんのよ!」
「これだからか弱い人間のおもりは嫌なんだ。ハードボイルドな俺さまには相応しくねぇ」
三人で両扉を押し開けると、仄暗く不気味なダンジョンが俺たちの前に立ちはだかる。
しかし次の瞬間には、壁に立て掛けられていた無数の松明が一斉に炎を灯しはじめる。
「これ、本当にヴィストラールが一晩で作ったのか? にわかに信じられないな」
イザークがそう思うのも無理はない。口には出さなかったけれど、俺もマーベラスも同意するように首肯していた。
「呆けている時間はないぜ。試験には時間制限がある。時間内にクリアできなければ不合格だ」
「バカッ! なんでそれを先に言わないのよ!」
「そういう大事なことは真っ先に伝えるべき事柄だろ! この人でなしなヒトデはッ!」
「だから今言ったじゃねぇかよ! そんな言い方ってねぇよな、なぁ? リオニス!」
「知らん」
相手にするだけ時間の無駄なので、俺は足を動かした。
「つまんねぇ野郎だな、てめぇは」
「黙って歩くのだな」
ダンジョン内は想像していたものと少し違った。というのも、ダンジョンというくらいだから、俺はもっとこう、魔物とかが襲って来るのかと思っていたのだけど、魔物なんて一匹もいなかった。岩壁に囲まれた洞窟型ダンジョンを延々と歩くだけの退屈なもの。
「これのどこが試験なんだ?」
一瞥しては不満を口にする俺に、ヒトデはノリの悪いお前には教えてやらねぇと、試験官としてあるまじき言葉を吐き捨てる。
「お前は何のために存在しているのだ。アドバイザーじゃなかったのか?」
「試験官も心があるヒト・デなんだぜ。気分次第ヒトデ次第で対応は変わるってもんだ」
「あきれたヒトデだな」
「何とでも言え」
三人でムスッとしながらダンジョンを進んで行くと、古びた線路を発見する。線路に沿って歩けば、錆びついた銀箱が俺たちを待ち構えていた。
「トロッコ?」
「なんでダンジョンにトロッコなんてあるのよ」
「ここの立て札に何か書いてあるみたいだけど」
「何々――第一試験はチームワークと判断力。トロッコに乗って試験を受けたし」
何のこっちゃと訝しむ俺たちに、ヒトデは乗れば分かると言いながら、真っ先にトロッコに乗車する。俺たちは困ったなと顔を見合わせたものの、結局仕方なく乗ることにした。
「一体どういう原理で動いているのだ、これ?」
「細かい事を気にしている暇はないぜ。しっかり前を見ているこったぁ」
「……前? 何かあるのか?」
疑問符を浮かべて間もなく、イザークが素頓狂な声をあげる。
「なんだよあれっ!?」
「何か書いてあるわよ!」
トロッコが進む道の先に、何やら文字が浮かび上がっている。
これより問題が出題されます。各自手元のボタンを押して回答してください(但し口に出しての話し合いは禁止とする)。
トロッコは回答数に従いルートが確定します。3問正解するまでトロッコは走り続けます。
また、チームには予め50ptが与えられます。間違った回答をしてしまうと10pt失います。0ptになった時点で試験は終了、不合格となります。頑張って3問正解してください。
「何なのだこれはッ!?」
「つまりチームで計6回間違えばアウトってこと!?」
「わぁっ!? なんか出てきたぞ!」
トロッコ内部から(左)(右)と書かれたボタンが三つ出てきた。俺たちがそれぞれボタンを手にすれば、再び宙に文字が浮かび上がる。さらにその道の先には分かれ道が出現する。
「集中するんだ!」
「こんなのただの筆記試験と思えばいいのよ!」
「リズムに乗れば問題ない! やってやるよ!」
「これはそんなに甘い試験じゃないぜ」
問一、かつてアメント国とアヴァロン王国間で行われた戦争を魔法大戦という。では、アメント国の勝利に貢献して武の一族と呼ばれた一族の数は。
7(左) 10(右)
えーと……グラップラー家にシャレット家にベルタン家、それにガンズヒュール家……くそっ。興味がなかったから覚えてないんだよな。
前方には5カウントが表示され、考える猶予すら与えてくれない。
「こんなの楽勝よ!」
「我が国の英雄である一族の数だからな、リオニス!」
「……ああ」
トロッコは速度を落とすことなく、火の粉を舞い上げながら左側を通過した。
直後、宙に正解を表す○が表示される。
「よっしゃああああああ!」
「だから楽勝だって言ったでしょ!」
しかしながら、同時に−10pt、残り40ptと表示されてしまう。
「なっ!?」
「ちょっとあんたふざけてんじゃないわよ!」
「何をする! 離せよっ!」
「こんなバカでもわかる問題で間違ってじゃないわよ!」
「ふざけるなッ! 間違ったのはお前の方だろ! 人のせいにするな!」
「あたしが間違うわけないでしょうがァッ!」
狭いトロッコの中で取っ組み合いになった二人が、火花を散らしながら鬼の形相で睨み合う。その光景をヒトデは愉快そうに笑って見ていた。
「だからそんなに甘くねぇって言ったろ? 考える時間はなく、誰が間違ったかも分からねぇ。だけど誰かが間違えば確実にptは減る。あとに残るのはチームメイトに対する不満だけだ。これはな、そういう試験なんだよ!」
ただのヒトデが今は悪魔のように見えてしまう。
「……?」
口端を吊り上げながら、彼は火をつけたばかりの煙草をトロッコから投げ捨てた。まるで俺に見せつけるように。
そしてまたすぐに、新しい煙草に火をつける。
まだ吸えただろと不思議に思う俺だったが、今はそんなどうでもいいことを気にしている場合ではない。イザークとマーベラスの二人を止めなくては。
「二人共すまない! 間違えたのは……俺なんだ!」
俺は申し訳ないと二人に頭を下げた。
「リオニス……気にするな。まだ10ptだし大丈夫だ」
「っ……まだ40ptあるから問題ないわよ」
取っ組み合っていた二人が顔を引きつらせながら手を離す。気まずそうにそっぽを向くマーベラスに、イザークは大きな声を上げた。
「それより謝れよ!」
「は?」
「言いがかりつけたんだからちゃんと謝れって言ってんだよ!」
首を回して再びイザークへと顔を向けたマーベラスが、キッと殺気を孕んだ視線で睨みつける。
「あんた立場わかってんの? あたしは侯爵家の人間なのよ! 調子に乗ってんじゃないわよ!」
「今は家柄は関係ないだろ!」
「なんですってぇッ!」
まずい。二人は今にも殴り合いをはじめてしまいそうなほど。
たった一問、俺が間違えてしまったせいでチームの雰囲気は最悪だった。
「おいおい、揉めてる場合かぁ? 前を見ろよ。次の問題がやってきたぜ」
「「「!?」」」
問ニ、闇属性魔法
左、静め鎮め闇の底、一音残さず影に沈め――
右、静め鎮め影の底、一音残さず闇に沈め――
これは夜の校舎に忍び込んだ際、クレアが唱えていた魔法だ。
あの日の記憶を呼び起こし、俺は力強く右を押した。
「………」
ガタゴト揺れるトロッコは右に進み、緊張の瞬間がやってくる。俺たちは張り裂けそうな胸を押さえて息を飲んだ。正面に映し出された○に思わずガッツポーズを取った俺を嘲笑うかの如く、−10pt、残り30ptと表示された。
「そんなッ!?」
「嘘でしょ!?」
「なんでっ!?」
二人がまさかと疑惑の眼差しを俺に向けてくる。俺はすぐに俺じゃないと首を横に振った。
二人のうちどちらかが間違ったはず。にも関わらず、二人とも俺を見るというのはどういう了見だ。
戸惑う俺の耳に、不愉快な笑い声が突き刺さる。
「おいおい、あと30ptだぜ。三人揃って間違えたら、もうてめぇらには後が無くなるぜ。傑作だな、なぁ? そう思うだろ? てめぇらも」
「うっさいわね!」
「間違えなきゃいいだけだろ!」
「ああ、そうだな。その通りだぜ。只な、仮に正解して一次試験を突破したとして、この出来損ないのチームワークで残りの試験全部突破できるのかぁ? アルカミアはそんなにヌルい場所かよ? これはアルカミアの試験なんだぜ? てめぇらが魔法使いだってんなら、魔法使いらしく考えてみたらどうなんだぁ?」
嘲笑う試験官に、俺たちは何も言い返すことができなかった。
そして再び、忌々しい文字が宙に浮かび上がる。
問三、かつて魔法使いと剣士、どちらが
左、魔法使い。
右、剣士。
「「「!?」」」
なんだ……この問題は!?
「どうしたぁ? 揃いも揃って固まっちまって。時間がないぞ? ほら、あと3秒だ!」
「これが、問題?」
「何なのよ……これ?」
二人の言う通り、これは……一体どういうことだ?
この問題の答えはどちらでもない。
ある間合いより内側では剣士が、外側では魔法使いが勝ってしまう。
だからこそ、俺たち魔法使いは杖を捨て、剣士は剣を捨てた。そうして生まれたのが杖剣なのだ。
なのに……この問はなんだ?
「押さないとこのまま直進しちまうぞッ! ドーンッ!! ってな!」
この二択に正解はない。
わかっているのに、ヒトデに急かされた俺たちは押してしまう。正解なんて存在しないと知りながらも。
「……」
「………」
「…………」
「あ~ぁ。やっちまったな」
トロッコが進む先には×マークがでかでかと表示され、続けて−30pt。残りpt0と表示された。
「これでてめぇらにはもう後がねぇ。次に誰か一人でも不正解ならてめぇらの試験はここで終了だ。随分と呆気なかったな」
憂鬱で絶望的な気分が胃の底から頭まで広がり、ヒトデの声がやけに遠く感じられた。
俺の隣にいるイザークは暗然とした顔になり、マーベラスは顔を伏せたきりで口も利けない程に打ちひしがれている。
まるで不合格を言い渡されたようなムードである。
しかし、落ち込んでもいられない。トロッコは走り、無常にも次の問題はやって来る。
「ん……なんだ、あれ?」
未来が途方もなく厚い重い灰色の壁のようにしか感じられない中、俺は悲鳴のようにけたたましい音を響かせながら駆け抜けるトロッコから、点のような小さな灯りに目を細めていた。
「あれは……」
トロッコから俺が見たものは、火のついた煙草だ。
あれはさっきヒトデでがポイ捨てした……。
試験官を見ると、ヒトデは素知らぬ顔で紫煙を吐き出していた。
「まさか!?」
俺の脳裏にある一つの考えが巡る。
それはこのトロッコが∞状に同じ場所をグルグル走っているだけなのではないか? というものだ。だとすれば、次の質問で左を選んだとしても、あるいは右を選んだとしても、結局また同じ場所に出るのでは?
俺は疑問を解消すべく、煙草を吹かすヒトデに問いかけた。
「3問正解するまでトロッコは無限に走り続けるんだよな? だけど、正解すればトロッコは正しいルートで止まる、違うか?」
「ああ、無限には走らねぇ」
俺の問にヒトデははっきりと無限には走らないと答えた。
だとすると、次の問題で答えは出るはずだ。
問四、アルカミア魔法学校の図書室はどの方角にあるか。
左、東。
右、西。
「!?」
「何なんだよさっきからッ!」
「こんなのインチキじゃない!」
やはりそうだ。二人が激情に駆られるのも仕方のないことだと思う。なぜなら先程同様、今回の問にも正解など端っからないのだから。
そもそもアルカミア魔法学校の校舎は曜日と時間帯によって内部構造が大きく変化する。場合によっては図書室の方角は東西南北すべてが正解であり、不正解にもなり得る。
仮にこのような問題を出すならば、曜日と時間帯を指定した上で出すべきだ。
けれどそうしなかった。それはなぜだ? 答えは至極単純。この二択に端っから正解なんてないからだ。つまり、どちらも正解のルートではないということ。
「イザーク! マーベラス!」
俺は二人の名を叫ぶと同時に手のひらを突き出し、魔力円環によって炎を生み出した。
「リオニス……それって!?」
「どういうこと!?」
燃えさかる炎を駆使して、俺は宙に一言だけ文字を刻んだ。
――直進。
この第一試験は口に出して話し合うことを禁止しているが、そもそも話し合うなというルールはない。
困惑する二人に向かって俺は力強く叫んだ。
「俺を信じろ!」
イザークとマーベラスが真っ直ぐ俺を見つめて、決心したように小さく頷いた。
「信じるわよ、リオニス!」
「君に賭けるからな、親友!」
眼前に刻まれた数字が0となり、猛スピードで走るトロッコが真っ直ぐ正面の岩壁に突っ込んでいく。俺たちは左右どちらのボタンも押さなかったのだ。
「「「うわあああああああああああ!!」」」
膨れ上がった不安という名の風船は破裂し、俺たちは肩を寄せ合い絶叫を轟かせた。
恐怖にギュッと瞼を閉ざす俺たちだったが、どれだけ待ってもトロッコが岩壁に激突することはない。
やがてゆっくり目を開けると、トロッコは減速してゆるゆると止まった。
呆然と立ち尽くす俺たちに、
「やるじゃねぇか! 一次試験突破だ!」
ヒトデの祝言が鼓膜を揺らす。
俺たちはわずかな沈黙のあと、歓喜の雄叫びを上げた。
「「「よっしやぁあああああああああああああああああああ!!」」」
喜びを爆発させる俺に、ヒトデはなぜ分かったのかと問いかけてきた。イザークとマーベラスもそれに同調する。
「アドバイザーの言葉があったからさ」
「「アドバイザー?」」
あの時、試験官のヒトは俺たちにこう言った。
――これはアルカミアの試験なんだぜ? てめぇらが魔法使いだってんなら、魔法使いらしく考えてみたらどうなんだぁ?
「これがアルカミアの、魔法使いの試験だということをヒトは俺たちに何度も伝えていたんだ。この試験のアドバイザーとしてな」
「それだけで答えが第三の選択肢、押さないってどうして分かるんだよ!」
「そうよ! いくら何でもそれだけじゃ」
俺はもちろんそれだけではないと言った。
「注目したのはヒトの言動だ」
「言動って?」
「どういうこと?」
「こいつは俺たちに非協力的な態度を取っている風に見せて、実はアドバイザーとしてちゃんとヒントを出していたんだ。わざとらしく煙草を投げ捨てては俺に∞ルートを気付かせようとしたりな」
「「無限ルート?」」
俺は二人に先程までトロッコが走っていた道が、∞状のコースになっていることを説明した。
「つまり、どっちを選んでもずっと回っていただけ……ループしてたってこと!?」
「そんなのって有りかよ」
「正解すれば正しいルートで止まるのかと尋ねた時、こいつは無限には走らねぇって言ったんだ。それは言い換えれば∞ルートは走らないってことだろ? なら右でも左でもない、第三のルートが存在するはずだと、俺は魔法使いらしく考えたんだ。すると一つの答えが出てきた。本当は道がもう一つあるんじゃないかと」
そこで俺は一旦言葉を切り、試験官に向き合った。
「最初の二問は俺たちに正解が存在すると思わせるための問題だったんだろ。だから敢えて正解のある問題を二問立て続けに出題した。すべては俺たちを騙すために。しかし、その本質は二択に見せかけた三択だったのさ」
魔法使いなら真実を見極める判断力が必要。この試験は状況に惑わされず、巧みに隠された三択目を見破るためのものだったということだ。
「ちっ。少しヒントを出しすぎちまったらしいな。ま、何れにせよてめぇは中々の判断力だったぜ、リオニス! が、試験はまだ始まったばかりだということを忘れるな!」
試験官兼アドバイザーの言葉に、俺たちは気を引き締め直した。
「あと、二人共ちゃんと仲直りしとけよ」
とのヒトデの忠告に、
「嫌よ!」
「嫌だね!」
それとこれとは別だと言い張る二人の仲は、試験開始前よりも少し拗れてしまったようだ。
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