第13話 見ざる、聞かざる、言わざる。
「あらあら、そんなに慌ててどうしたのです? わたくし何か嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか」
下唇に指を添えてはわざとらしく首を傾ける女子生徒に、俺は得体の知れない恐怖心を覚えていた。
ラスボスとしての俺の本能が警鐘を鳴らす。
こいつはヤバいと。
「まぁまぁまぁ、図書室で騒ごうとするなんて感心致しませんわね」
迷うことなく杖剣を抜き取り構える俺を見ても、眼前の女子生徒は顔色一つ変えることはなかった。それどころか、堂々と佇むその姿からは気品さえ感じられた。
「お前がやったのか!」
「あらあら、図書室では静かにするものですよ」
「答えろッ―――!」
怒りに張り上げた声が、夜の静寂を切り裂いて図書室に木霊する。それを皮切りに周囲からは泣き声や怒鳴り声といった様々な声音が飛び交いはじめた。
眠りについていた
「あらあら、まぁまぁまぁ。盛大に
悪戯っぽく微笑んだ女子生徒は手を後ろに回して、楽しそうに左右に体を揺らしながら室内を歩き出す。特別こちらを警戒することなどはなく、本棚に並べられた書籍を眺めながら一歩ずつ近付いてくる。
俺は警戒を緩めることなく、杖剣の先を女子生徒に向けながらクレアへと歩み寄った。
「クレア!? おい、しっかりしろ!」
揺すっても頬を叩いても目を覚まさないクレアに不安を募らせていると――うふふ。
また癇に障る笑い声が、騒がしい室内で的確に俺の鼓膜を刺激する。
「お前クレアに何をした! 答えろ!」
「あらあら、そんなに目くじら立てて怒ることではありませんわ。ただ少し眠ってもらっただけのこと。心配なさらずとも、ちゃんと朝には目を覚ましますわ」
「なぜこんなことをする! お前の目的は何だ!」
「うふふ。
ということは、こいつも俺たちと同じように禁書を盗み読みに来たということか。
「ならなぜクレアを眠らせる必要があったんだ!」
「騒がれては面倒だと思ったからですわ」
「ではなぜ俺には何もしなかった! 俺はお前に話しかけられるまでお前の存在に気付けずにいたのだぞ! 騒がれたくなかったのであるならば尚更、俺にも同様の眠りの魔法をかけるのが普通ではないのか!」
「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方は意外と細かいんですわね。でもま、そうですね。強いて言うならお話してみたかったからでしょうか」
「話したかっただと!?」
「あらあら、わたくしが貴方とお話ししたいと思うことがそれほど不可解なことかしら?」
上級生と思われる女子生徒はこちらには目もくれず、棚の上の禁書を見上げている。手を伸ばして届く高さではなかったため、彼女は柄の先端部分に林檎の細工が施されてある一風変わった杖剣を腰から抜き取った。
目的の本に杖剣をかざすと、魔力操作で難なくお目当ての書冊だけを棚から引き抜くことに成功。目的の本を胸に抱きかかえた女子生徒は、ゆっくり俺へと正対する。
にっこり微笑む彼女に物恐ろしさを感じていた俺は、手にした杖剣の柄にギュギュッと力が入ってしまう。
「まぁまぁまぁ、まるで怯えたリスのようね。うふふ」
彼女は杖剣を鞘に収めると、禁書庫の出入り口に顔を向けた。
「あらあら、残念。どうやら
「え?」
一体何のことだと思案したのも束の間、天井に埋め込まれた魔光石が一斉に光を放つ。
瞬く間に明るくなった室内で、一際臆病な
「ここだべぇ! だずげでぇぐんろぉー! おらさ盗まれるだぁー!!」
「ばかっ!」
咄嗟に鎖で壁に磔られた
「どうなっているのだ!?」
さらに俺の前方では、女子生徒が自分の顔よりもはるかに巨大な書冊を口に押し込み、ゴクリッと飲み込んでしまった。
「うふふ。機会があれば《魔女の茶会》でお会い致しましょう。それでは、ごきげんよう」
優雅にスカートを持ち上げた彼女の姿が、漆黒の蛇へと変わる。そのままスルスルとダクト管に消えていった。
「あっ!? 待て、卑怯だぞ!」
このままでは俺とクレアだけが捕まってしまう。そうなれば俺たちは最悪退学処分。
それだけは絶対に阻止しなければ!
「見ざる、聞かざる、言わざる! すべてを包めば問題なし――
俺は杖剣を手早く振るう。
すると、杖剣の切っ先にキラキラと黒い輝きが集約。次の瞬間には宇宙のような空間が一弾指の間に広がった。
闇魔法
「(ゴホッゴホッ)」
難点は術者本人の視力、聴力、言語能力までも奪ってしまうということ。
俺は視界が閉ざされた暗闇の中でクレアを背に担ぎ、記憶を頼りに階段を駆け上がった。
途中何度か壁などに体をぶつけてしまったが、多分禁書庫から脱出できたと思う。
「(さすがラスボス、思った以上にすごいな)」
しかし、これで見回りの教師に姿を見られる心配もない。
あとは床に向かって適当に魔力円環を行えば、あらかじめ図書室内に仕掛けられていた転移魔法陣が発動し、俺たちは無事に外へ脱出できるというわけだ。
「あの女っ、今度会ったら絶対にただでは済まさん!」
俺は眠り続けるクレアを背に抱え、ひとまず屋敷を目指した。
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