第11話 迷いの回廊と眠れる壁のジョニー
「夜の校舎ってなんだか不気味だな」
旧王城をそのまま校舎にした夜の校内は、思わず息を飲むほどの迫力があった。
回廊に飾られた人物画や風景画も、昼間とは違って少し薄気味悪く映ってしまう。
中でも一際目を引くのが《魔女の茶会》と名付けられた巨大な風景画。茶会というタイトルらしいのだが、なぜか描かれているのは森の小道。
これのどこが《魔女の茶会》なのだろうかと見つめていると、あまり見ない方がいいとクレアに忠告されてしまう。
「どうしてだ?」
聞き返す俺に、彼女は寮内でまことしやかに囁かれているというある噂について話してくれる。
「噂話?」
「ひどい雨の夜、筆記試験の答案用紙を入手すべく、夜の校舎に忍び込んだ恐れ知らずの生徒たちがいたそうだ。彼らは誰もいない夜の校舎が珍しく、回廊を駆け回っていたらしい。すると、先頭を走っていた生徒がふいに気付いてしまった。彼はその場にいた友人たちにこう言ったそうだ。一人……増えていないか? 彼らは薄暗い回廊で立ち止まり、暗くてよく見えない中、それぞれが番号を口にした。リーダー格の生徒が『一』大きな声で言うと、隣から順に『ニ』『三』『四』『五』番号が返ってきた。そこで彼らはゾッとした。恐れ知らずの彼らは四人組みだったのだ。しかし、番号は『五』までたしかに聞こえた。彼らは気付いてしまった。自分たちの中に知らない誰かが紛れ込んでいることに。恐ろしくなった彼らがその場から逃げ出そうとしたその時、窓の外がピカッと光った。雷鳴が轟いたのだ」
「で、彼らはどうなったんだ?」
「どうもならなかった」
「は?」
「彼らはその場で気を失い、見回りの教師に捕まってしまったらしい」
いまいちよく分からない話だなと首をひねる俺に、クレアは真剣な声音で話を続ける。
「ただ、後の彼らの証言はどれも異なっていたという」
「違ってた? 全員雷にびっくりして気を失ったんじゃないのか?」
そうではないと、クレアは否定した。
「リーダー格の生徒は言った。気付いたら夕暮れの森の中を歩いていた。そこで魔女に出会ったと」
「魔女?」
「リオニスも歴史上の人物として耳にしたことくらいはあるだろ? 今際無きアヴァロン王国――九姉妹の魔女の話を」
アヴァロン王国とは、かつてアメント国と戦争した末に滅び去った国のことである。
九姉妹の魔女とは、その国の姫君たちを指す言葉。
ちなみにここ、アルカミア魔法学校の校舎はアヴァロン王国時代の王城を再利用したものである。
アヴァロンが滅びた際に、姫君たちもそれぞれ悲惨な最期を迎えたという。
クライシスシリーズにおいて、彼女たちの存在は伝説的なものとして語られていたが、実際には名前だけしか登場しなかったキャラだ。
にも関わらず、プレイヤーたちの間ではなぜか九姉妹の魔女の人気は凄まじかった。人気投票を行えば、歴代クライシスシリーズにおいて必ずと言っていいほど、トップ10に九姉妹の魔女として名前がランクインするほどである。
巷では隠しキャラだの何だの騒がれていたが、結局ガセだったっぽい。公式では九姉妹の魔女について触れられたことがないので何とも言えないが。
そんな俺も人気投票では九姉妹の魔女に投票したことがある。
男はミステリアスな女に弱いのだ。
まさかまたこんな形で九姉妹の魔女の名前を聞く日が来るとは思いもしなかった。
「九姉妹の魔女に会ったと言っても、彼女たちは百年以上前の人間だろ?」
「うむ。たしかにリオニスの言う通りだ。しかし、その後も度々夜の回廊で不思議な経験をしたというものが現れるという」
「不思議な経験ね。ま、それだけ皆規則を破っているということか」
「アルカミア魔法学校の歴史は長いからな」
アルカミア魔法学校が創立されて百年以上。生徒たちの間で広まった怪談は数しれず。
彼女が語ってくれた迷いの回廊もその一つだ。
「ちなみに他の恐れ知らずの生徒たちはなんと証言したんだ?」
「ある者は真理を見たと、またある者は過去の世界に行っていたと証言したそうだ」
真理に過去……意味不明だな。
そう思って何となく視線を横に向けると、顔のない少年と巨大な白い扉が描かれた不気味な絵画が飛び込んでくる。その絵の題名は《真理の扉》。
さらに隣には今際無きアヴァロン王国が緻密に描かれた絵画が飾られていた。
気を失う直前にこのような印象的な作品を目にしてしまえば、あるいは記憶が混乱してしまうのも納得だ。
「まずいぞリオニス、誰か来る!」
「え!?」
俺としたことが絵に気を取られてしまったばかりに、近付いてくる足音に気付けなかった。足音の主はおそらく見回りの教師に違いない。
ここで見つかれば最悪退学。そうなってしまえば破滅コースは免れない。
絶体絶命のピンチだ!
長く折れ曲った廊下には身を隠せる場所など何処にもなく、冷静さを欠いた俺は混乱の中にあった。そんな俺の手を取ったクレアがサッと杖剣を振るう。
「静め鎮め影の底、一音残さず闇に沈め――
呪文を唱え終えた彼女の薄いくちびるが「走れ!」誰の目から見てもそう分かるようにはっきりと動いた。
闇魔法
クレアは素早く俺と自分の音を消し去ると、俺の手を引きながら全力で足音から遠ざかるため駆け出した。
一階から二階に続く階段を探すために校内を駆けずり回る俺たちだったが、一向に上階へ続く階段が見つからない。
アルカミア魔法学校の校舎は時間帯によって内部構造が変化するためだ。
見回りの教師から遠ざかることと引き換えに、俺たちは完全にアルカミア魔法学校という迷宮に迷い込んでしまっていた。
「おや? こんな時間に迷子かな」
「「―――!?」」
どちらに進むべきか途方にくれていた俺たちの背後(壁)から、老い声が囁かれた。
「な、なんだこいつは!」
「リオニス!」
ちょうど
すかさずクレアが口元に人差し指を立てたのを見て、俺は自分の口を両手で塞いだ。
そのまま壁に埋もれた――壁と同化した老人をギョッと見る俺をよそ目に、クレアは
「
はじめて聞く名前と不気味な人面壁に困惑してしまう俺に、クレアは壁の老人をアヴァロン時代の罪人だと教えてくれた。
「罪人?」
「死ぬことさえ許されなかった罪人ジョニーは、こうして永遠の罰を受けていると聞く」
「えげつない刑だな」
「間違いなく、この古城のことを一番知り尽くしている人物だろうな」
これを人物と呼ぶべきかどうかは甚だ疑問ではあるが、
「
「それは初耳だな」
「寮生ではないリオニスは知らないことも多々ありそうだな」
たしかにと頷きながらも、俺はクレアが壁老人にこの時間帯の図書室への行き方を尋ねているのを傍らでじっと見ていた。
正直、俺は気持ち悪くて話しかけたくなかった。
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