第7話 またやっちまった
「おや、今日は珍しい生徒も御出席のようだ。学びたい学生は歓迎するよ」
俺は昨日受けられなかった魔法剣の授業を受けるため、机も椅子もない大きな部屋にやって来ていた。
よく通る声でそう言いながら、遠目からでも人目を引く真っ赤なマントをなびかせて歩いてきた男が教壇に立つ。三十代前半に見える整った顔立ちをしている。柔和な笑みを向けると一部の女子生徒からは黄色い歓声が上がっており、彼の著書を手にする生徒までいた。
その一方で、面白くなさそうな舌打ちも聞こえた。
アレス・ソルジャーだ。
エロゲの主人公様は、女子生徒が自分以外の男に興味を示すことが許せないらしい。
「この講義は一人を除いて良く知っていると思うが私、
師範ガーブルはあきらかに俺の方を見ながら言った。
気さくな口調とは裏腹に、峻厳な目が突き刺さる。
どうやら俺は師範ガーブルに相当嫌われているらしい。やはり去年のあれを相当根に持っているのだろう。
その節は大変失礼致しましたと俺が会釈したのを見て取り、彼は言葉を続ける。
「では、始めようか。先ずは一学年時に優秀な成績を収めたイザーク・クリッシュベルグ君と、一年間ろくに私の授業に足を運ばなかったリオニス・グラップラーに立ち合ってもらうことにしよう」
突然の名指し(呼び捨て)に戸惑う俺とは対照的に、呼ばれた生徒は誇らしげに前に出た。
「私の授業を一年間真面目に受けた者と、そうでない者との実力にどの程度開きが生まれるのか、諸君もその目でしかと見極めるがいい」
俺が授業に出なかったこと、やっぱりめっちゃくちゃ怒ってるんだろうな。
「さぁ――私のくだらないチャンバラ教室に出なかった君の実力とやらを、是非とも皆の前で見せてくれないかな、リオニス・グラップラー」
トゲのある粘着質な声と視線が突き刺さる。師範ガーブルは俺に対する嫌悪感を隠すこともなく、教師とは思えぬほどの闘争心を一生徒に向けてくる。
去年俺が師範ガーブルの授業をチャンバラ教室と揶揄したことに、相当御冠のご様子だ。
「どうした? まさか去年あれほど私に啖呵を切っておきながら、今更私が彼に手解きしたお遊び剣術に恐れをなしたというわけではあるまい」
「……はぁ」
俺は懊悩とため息を吐き出し、去年のことを思い出していた。
入学してすぐに魔法剣の授業に出た俺は、やはりこの顔と地獄耳によって居たたまれなくなっていた。
もう限界だと教室を飛び出そうとした俺に、師範ガーブルは途中退室は認めないと声を張り上げた。
それでも、もう心が限界だった俺は――
『体調が優れないから早退するだけだ』
『そのようには見えないな。素直に言ったらどうかな?』
『は?』
『珍し事ではない。たまにいるのだよ。君のように私の圧倒的剣技を前に怖気付いてしまう生徒が。だが気にすることはない、君のことはよく知っている。落ちた神童リオニス・グラップラー君だね。そんな君でも大丈夫! 私が一から手解きすれば、醜いアヒルの子も再び大空を羽ばたくことができるのだから!』
身振り手振りを交えながら口上に、面白おかしく熱弁を振るう彼の言動に、生徒たちからは笑いが起きる。
その様子に師範ガーブルは満足気に微笑んで、得意気に眉を持ち上げた。
俺は自分が嘲笑われているような嫌な感覚に陥り、途端に恥ずかしくなった。
なにより、俺を醜いアヒルの子と例えた眼前の教師に苛立ちを覚えていた。
だからつい、強い口調で言ってしまったんだ。
『何が圧倒的剣術だ。ただのチャンバラ教室ではないか。俺にはそのようなお遊び剣術は必要ない』
『お遊び剣術だと!?』
人が変わってしまったように顔を真っ赤にして怒鳴り散らす教師に背を向け、俺は捨て台詞を吐き捨てて教室をあとにした。
『分をわきまえろ! たかが教師の分際でッ―――』
以降、俺がここに来ることは今日までなかった。
「仕方ない。そこまで言われてしまっては俺もグラップラー家の人間、引くわけにはいかない。受けて立とう」
俺が前に出てくるのを確認した師範ガーブルは、
「よし、それでは始めよう! 全員、部屋の中央を開けてくれ。そう、そんな感じだ。それが済んだら――イザーク君、グラップラー。真ん中に立って向かい合うんだ」
教師の指示に従って円形状に広がっていく生徒たち。彼らの視線がじっと注がれるなか、俺たちは部屋の中央へ移動した。
俺はヘルメット頭のイザーク・クルッシュベルグと対峙する。
まったく見覚えのないキャラだ。
【恋と魔法とクライシス】はシュミレーションロールプレイングゲームとしてもかなり評価が高く。女性キャラだけでなく男性キャラもかなり豊富だったと記憶している。
が、何分エロゲをプレイする際においては完全エロゲ脳でプレイしていたため、男性キャラはほぼ覚えていなかった。
故に、対峙するイザークがモブだったのか、あるいは何か特別な役割を持つキャラだったのさえも覚えていない。
かろうじて覚えていることといえば、主人公に恥をかかされたと怒った男性キャラがいたことくらい。
後々そいつと争うことになるのだけど、よくよく考えてみれば俺は
「両者、抜刀!」
教師に促される形で杖剣を構えれば、師範ガーブルがすかさず呪文を唱える。
「
途端に抜き放った杖剣が淡い光を帯びる。
光の精霊レムの力を借り受けた回復魔法を応用した《不殺の剣》は、解かない限りどこを斬ろうが突こうが怪我をすることはない。
互いの刃に回復魔法を施した状態で杖剣を交えているのだから当然だ。
その輝きが数秒で消えると――開始の合図と同時にイザークが勢いよく床を蹴って飛び出してきた。
「―――なっ!?」
しかし、さすがは史上最強のラスボス。
ずば抜けた動体視力と反射神経で難なくイザークの杖剣を受け止めることができた。
そのことに驚いているのはイザークだけではない。師範ガーブルも生徒たちも瞠目している。イザークの先制の一撃を、こうもあっさり俺が受け止めるとは誰も思っていなかったようだ。
目線の高さでガチリと噛み合って火花を散らす二本の刃。
額に血管を浮き上がらせては、力技で押し込もうとするイザークであったが、軽い。
一瞬手を抜いているのではないかと疑ってしまいそうになるほどの手応えのなさに、俺は内心戸惑っていた。
トップクラスの実力でこれなのか? だとしたら一瞬で勝負がついてしまう。
一年間授業に出席していなかった俺が師範ガーブル一押しのイザークを圧倒してしまえば、間違いなく今以上に恨みを買ってしまうことになるだろう。
なにより、そんなことをしたら本当に彼の授業はチャンバラ教室だと言っているようなもの。それだけは絶対に避けたい。
俺はもうこれ以上恨みも、敵も作りたくないのだ。
さて、困ったなと思案しながらも鍔迫り合いを続ける俺から、イザークは距離を取るように大きく跳躍。
「いやはや、このイザーク・クルッシュベルグが誇る音速の一突きをギリギリとはいえ防ぐとは、さすがは腐っても醜くとも武闘派で名高いグラップラー一族の三男。手放しで褒めてあげるよ。だけど、僕のテンポはビートが上がるに連れてさらなる音速となる。さあ、ワンテンポアップ! リズムに乗るぞ!」
リズムに乗って反復横跳びを繰り返すイザークの体が、徐々にぼやけはじめる。
やがて二つに分裂した。
「すげぇ!? イザークが二人になった!」
「一体どうなっているのよ!?」
「あれは彼が速すぎて二人に見えているんだ!」
「音速が可能にした残像ってこと!?」
観戦中の生徒からどよめきが巻き起こる。
気を良くしたイザークは勝ち誇ったように口端を持ち上げた。
「これが音速を超えた超音速が可能にした分身術! グラップラー公爵、君にこのリズムが捉えられるかな!」
何が音速を超えた超音速が可能にした分身術だよ。こんなのただのインチキではないか。
俺の地獄耳はしっかり奴が小声で呪文を唱えていたのを聞いていた。
イザークは闇魔法
「右かッ! 左かッ! この超音速ビートについて来れるかァッ―――!!」
「うざっ」
闇魔法
この場合どちらが真実かは然程問題ではない。どちらも倒してしまえばいいだけの話なのだから。
よって――
「――――ぶけぇッ!?」
俺は闇の精霊シャドウ扮するイザークに向かって、ラスボス然としたガンを飛ばしてやる。
凄まじい殺気に当てられた精霊――シャドウ扮するイザークは途端に萎縮。煤煙となって消失。姿をくらませた。
「なっ、なぜだぁッ!?」
次いで悲鳴に似た素っ頓狂な声音をあげるイザークに向かって、俺は本当にかる~く杖剣を振るう。
「え!?」
イザークの目が驚愕に見開かれた。
俺の頭上めがけて飛びかかってきていたイザークの体が、正中線をなぞるように強烈な光を放つ。不殺の剣の効果により、斬られた箇所が輝きを放っているのだ。
―――ズドンッ!!
遅れて突風が吹き荒れて、直後に重く鈍い音が響き渡る。
風圧で吹き飛んでしまったイザークが壁にめり込んでいた。
「う、うぅっ」
「あ……」
またやってしまった。
すごく手加減して杖剣を振ったつもりだったのだが、相手が弱すぎた。
というよりかは、
あまりの出来事に師範ガーブルも生徒たちも理解が追いついていないようで、完全に思考が停止してしまっていた。
時が止まってしまったような教室でアレスだけが、これ幸いと屈んでは女子生徒のスカートの中を覗き込んでいる。
スカートの裾をチラリ持ち上げられた女子生徒と目が合えば、教室中に悲鳴が響き渡る。少女の絶叫によって再び時は動き出し、歓声と地響きがその叫びをかき消した。
「ななな、なんだよ今のはっ!?」
「一体ゾッ――グラップラー公爵は何をしたんだよ!」
「風が吹き荒れたと思ったら、次の瞬間にはイザーク・クルッシュベルグが壁にめり込んでいたぞ!」
「風魔法を使ったってこと!?」
「でもちょっと待ってよ! これって魔法剣の授業でしょ? 風魔法は反則なんじゃない?」
「いや、そんなルールはないから反則ではないんじゃないか?」
ざわざわと騒がしい室内で、師範ガーブルがすごい顔で俺を睨みつけていた。
俺はこのピンチを切り抜けるため、あえて師範ガーブルに駆け寄った。
「やはり師範ガーブルは凄い!」
「は?」
「俺、実は先生の著書――《ガーブルと賢者の石》を読んでいたんだ。そのなかに書かれていた剣技にはとても驚かされた。それで俺もう一度――」
「そうだったのか! 私の剣技を! なるほど。どうやらMr.グラップラーは私の見込んだ通りの生徒だったというわけだ」
咄嗟の俺の嘘に気を良くした教師が、高らかに笑う。
彼のその姿にホッと胸を撫で下ろした俺は、先程痴漢に遭っていた女子生徒は大丈夫だろうかとそちらに視線を向けて、思わず絶句した。
「一体何がどうなっているんだ!?」
痴漢被害に遭ったはずの女子生徒は、アレスの腕のなかでうっとりしていたのだ。
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