第一幕~青年は再会を果たす1
マーディル暦2033年、08、08―――。
今日も灰色の空が町を覆う。
しかしながら、この『ドガルタの町』で青い空はほとんど見ることはできない。
常にどんよりとした鉛色の雲によって、薄暗い曇り空が広がり続けているからだ。
それ故にこの町は『灰の町』なんて呼ばれているほどだ。
だが何故この町がこんなにも暗雲に覆われ続けているのか。
その原因は解明されていない。
いや、お偉いさん方は解明するつもりもないのだろう。
そもそも、お偉いさん方や町の皆は解明しなくとも、既に原因を解っていたのだ。
「今日も煙が止まないな…」
窓から空を見上げた青年はそう漏らし、再び足を室内へと返す。
それから、運んでいた積荷を床へと下ろした。
子供くらいの重さはあるだろうその紙袋の口を開ければ、中からは小麦粉が見える。
青年はそれを一握り手に取り、目の前のテーブルへと撒く。
続けてテーブルに広げられた粉の上へ、ドンと音を立ててパン生地が置かれる。
スケッパーを手に取ると青年は手際よくその生地を複数個へと切り分けていく。
と、そんな青年の様子を伺っていた一人の姿ーーー中年ほどの女性が傍らへと近付く。
「はは、この町の煙が止むわけなんてないだろうさ」
彼女は額に汗を滲ませながら、青年が運んでいたものと同じ小麦粉の紙袋をテーブル下へと並べていく。
その身軽な様は彼女の実年齢よりも若く思わせなるほどだ。
「そんなことになったら、それはこの町が終わるときってね」
そう言って鼻で笑う中年女性。
女性としては冗談半分に言ったのだろうが、半分は事実ではあると青年は思っている。
何故なら、この灰の町『ドガルタ』は世界でも随一の工業町だからだ。
町の8割が工場を占めるこの町では、毎日毎日、昼夜問わず何かしらの機材が稼動し、煙が空に昇り続けている。
空を覆うそれが煙なのか雲なのかすらわからなくなるほどだ。
しかし、だからと言って町の工場が止まることは決してない。
工場が生産している品物は大小、必要不必要問わず、その殆どが世界中へと運ばれて使われ続けているからだ。
そのため、世界にとっても『ドガルタ』は必要な町なのだ。
だからこそ、この町は工場たちが止まらない限り、『灰の町』のまま。
永久に『灰の町』と呼ばれ続けるのだろう。
青年はそう思っていた。
「…と、これで注文の品は全部かね。じゃああたしはこれで失礼するよ」
「ありがとう。お金は後で払いに行くよ」
青年の言葉に、中年女性は「あいよ」という返事を漏らし、片手を振りながら裏戸のドアノブを掴む。
と、彼女は足を止めるとおもむろに青年を一瞥した。
彼は顔中粉だらけになっても気にしないほど夢中になって、生地を分割しているところだ。
まるで隙だらけの青年へ溜め息を漏らし、彼女は口を開いた。
「ああ、そうだエスタ。ついでにいつもの焼きたてパンも頼んだからね」
彼女の声が届いたか届いていないかは判らないが、青年ーーーもといエスタと呼ばれた彼は「うん」とだけ返事をする。
心無い返答ではあったものの、代金と共にパンを持ってきてくれるのはいつものことなので、彼を信じて中年女性はそのまま外へと出て行った。
そして扉が静かに閉まる。
しかし、それでも気にする様子もなく青年は懸命にパン生地を丸めていく。
まるで、今このときが一番の幸せであるかのように、楽しそうな顔を浮かべながら。
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