第22話 とうとう「真実の愛」に目覚めてしまったようだ。
無理矢理握らされた手にはたっぷりと水の注がれたコップ。目を爛々と輝かせているヒロイン。これがカオスか。
なんだ、この状況は。一体なんなんだ。
「え、えーと?フルーレ男爵令嬢……これは?」
「ですから!この水をあたしにぶっかけてください!さぁ、どばっとどうぞ☆」
「……な、なぜ?」
「ですから、この水をあたしにぶっかけていいと言っているんです!
あたしを堂々と虐めてください!そのかわり周りの人達に理不尽な命令をしたり庶民を無理矢理労働させたりしないと約束してくださいね!約束ですよ☆
あ、なんでそこまで?って思ってますね?だってあたしは王子様の未来の妻として、みんなを守らないといけませんから!だからあたしをいじめて満足したら、王子様と婚約破棄して解放してあげてください!」
えっへん!と胸を張りながらも体を斜めに反らせて頭のつむじを私に向けてくる。器用だな。私は理不尽な命令やイジメなんかしてないしするつもりもない。もう、なにがなんやらである。
……それとも、私の今までの言動は周りの人たちから見ると#そのように__・・・・・__#見えていたのだろうか?
悪役令嬢は、どんなに足掻いても悪役令嬢の運命から逃げられないのかもしれないーーーー。
そう考えたら、胃の上辺りがズーンと重くなったように感じた。
「……フルーレ男爵令嬢、私はーーーー」
とにかくこのコップを返そうと腕を伸した瞬間。
「きゃふんっ!?」
ばっしゃーん!
どこから現れたのかハインリヒト殿下がものすごい勢いでヒロインを突き飛ばし、頭から水を被っていたのだ。
そう、それは……悪役令嬢のイジメからヒロインを守るために現れた王子様の姿そのものだった。
「殿下……やっぱりーーーー」
水の滴ったハインリヒト殿下の姿を見て一気に血の気が引いていく。震えが止まらない手からは空になったコップが音を立てて床に落ちた。
「コ、ココ……?あの、これはーーーー」
まさか、自分が濡れる事など厭わず、体を張ってヒロインを守ろうとするまで攻略が進んでいるなんて思わなかった。
いつもならハッキリと言葉を伝えてくるハインリヒト殿下が妙に言いにくそうに言葉を濁しているが、これはヒロインへの愛を自覚して戸惑っているのだろう。これまで無意識に愛を感じていたヒロインのピンチに思わず体が動いてしまい、その事実に戸惑っているだろうが、あんなに眉根に皺を寄せて憤りを我慢なさるなんて……どれだけ私に対して怒りを感じているのか。
今までなんだかんだと「婚約者だから」と私の体裁を優先してくれていたが、とうとう真実の愛に目覚めてしまったのだ。
もう、おしまいだ……。
そう思ったら、涙が止まらなかった。
「ココ?!なんで、泣いて……」
あぁ、ハインリヒト殿下が驚いている。そうよね、殿下の愛するヒロインをイジメようとした悪役令嬢のくせにそれが露見したら泣いて誤魔化そうとするなんて最低な女だと思われたのだろう。
「殿下はやっぱり、そんなにヒロ……フルーレ男爵令嬢が大切なんですね。私は決して彼女に危害を加えようなどとは思っていませんでした。その水だって無理矢理握らされて、殿下の突進してきた衝撃で溢れただけなのに……いえ、でも……まさかそんな風に庇われるなんて……」
思わず言い訳が口をついて出るが、本当に言い訳だ。ヒロインを盲目的に愛する殿下にはどんな真実も届かない。
だから、早く婚約破棄して欲しかったのに。こうなるってわかってたから。
今までは私から婚約破棄を申し出たら公爵家にいらぬ迷惑がかかるからと頑張って誘導してきたが、もうタイムリミットだろう。
このまま冤罪で断罪されて殺されるくらいなら、例え不敬でも私から言うしかない。
そう、今がラストチャンスなのだ。
「ココ?何か誤解してーーーー」
「殿下、私と婚約破棄してください」
その言葉に何も言わず固い表情をする殿下に背を向けて、私は帰路についた。学園はサボってしまう事になるが仕方がない。早くお父様に婚約破棄の旨をお知らせしなければいけない。
もう、殺されないで済むなら勘当でも修道院でもいいと思った。
ーーーーハインリヒト殿下とヒロインの愛し合う姿なんか、見たくないな。と、なんとなく思ってしまったから。
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