第9話 ラブパワー獲得宣言証明書☆


 驚きのあまり言葉を失っていると、花純はしたり顔で笑みを向けてきた。「ねえねえ早く、もう一回!」と、急かしているようだった。


 ……ふざけやがって。


 この女……度が過ぎている。明らかに超えてはならない一線を超えている。


 ラブパワーとは即ち、恋愛成就の神に肖る行為。永遠の愛を神に誓う儀式のようなものだ。


 恋に破れた男が未練たらしくも、片側一方通行の想いをブチまけるだけならまだしも、ここでお前まで叫んでしまったら儀式成立は不可避。


 俺を弄ぶためとはいえ、やっていいことじゃない。


 ──こんなのはもう、神への冒涜だ。



 ……いや。俺はいったい、なにを驚いているんだ。

 これこそが、この女の平常運転だろ。なんせこいつは悪魔だ。人間にはできないことを平然とやってのける、思わせぶりなデーモンだ。


 あぁ、そうだよ。こいつは人間じゃねえんだよ! 物事の尺度を人として考えるな!


 だったら迷わず、叫べ!

 この声が枯れるほどに叫んで、哀れなピエロを演じろ!


 すべては奢らせアイス計画、最高のフィナーレのために!


「かっっすみぃぃいいいいい!」


 二度目を叫び終えると、花純は待ってましたと言わんばかりに間髪入れずに続いた。


「しょーちゃあぁぁあああん!」


 くっ。なんの躊躇いもなく、この悪魔が……!


 あぁ、いいぜ! 俺とお前の間にラブパワーを宿してやろうじゃねえか!


 偽りのラブパワーを宿したところで、俺の心は一ミリも動かない!


 だから叫ぶ。ラスト! これで、終わりだ!


「かぁぁすぅぅぅーみぃぃいいいいい!」


 すると悪魔は満面の笑みを見せ、両手を口に添えると──。


「しょぉぉーちゃあぁぁあああん!」


 渾身の力で大海原へと声を放った。かと思えば、その勢いのままに「うりゃあっ!」と、俺目掛けて飛び付いて来た──。


 とっさのことに、抱きかかえてしまい──気づいたときにはお姫様抱っこをしていた。


「これでずっと一緒だね! ラブパワー……げっとだぜぇっ!」


 俺の首に両腕をまわし、足をバタバタとして喜びを見せる姿は悪魔そのものだった。


 くっ……。どこまでもふざけた女だ。

 振った男との間に宿すラブパワーはさぞかし、面白おかしいことだろうな。


 だが、いい。覚悟の上だ。


 俺は目的遂行のために、陽気なピエロを演じると決めた。

 お前を置き去りにできるのなら、たとえ神にだって背いてやるさ。この手を真っ黒に染めることさえも、厭(いと)わない。


 恋愛成就の神? ラブパワー? 


 んなもん知らねえよ。クソくらえ!!!!


「ああ、そうだな。これで今までと変わらず、ずっと一緒だ。なんてったって、俺たちの間にはラブパワーが宿ったんだからな!」


 だから──。こんな、思いもしないことだって平然と言える。


 今日が終われば、お前とはサヨナラだからな。


「ふふんっ。ラブパワーに感謝だね! しょーちゃん!」


 本当にその通りだよ。感謝しかねえよ。


 おかげで奢らせアイス計画の成功は、より強固なものになった。


 未練タラタラな女々しい俺の姿を見れば、まさかにも帰りの電車代を貸してもらえないとは思わないだろうからな。


 今日、俺は──。確実にお前を置き去りにする。



 覚悟しておけよ、花純!!








 ☆ ☆


 ふぅ。いろいろとあったが、これで終わりだな。

 花純が此処に来た目的は果たしただろうし、こんなイカれた場所とはさっさとおさらばして、メインイベントである温泉街に行かないとな!


 お前を置き去りにする、初めて訪れる見知らぬ土地に!


 と、思ったのに……。


「じゃあいこいこ~! れっつごー!」


 あろうことかこの女は、俺の手を引くとバス停とは反対側に向かって歩きだしてしまった。


「ちょっと待て。バス停はそっちじゃないぞ?」

「うん。そうだね?」


 ……は?


「帰らないのか……?」

「えー! 帰るわけないじゃん! ラブパワー獲得宣言証明書を発行してもらわないとでしょお! なんのために此処に来たと思ってるの!」


 ……な、なんだって? 


 ラブパワー……獲得宣言……証明書……?


 そ、そんなものまであるのかよ……。


 いや、いい。

 たかだか紙切れ一枚。千切るなり燃やすなりすればいいだけだ。


 問題はそこじゃない。この場所にまだ、とどまるってこと。


 勘弁してくれよ……。


「なにやってんのしょーちゃん! 早く行くよっ!」


 だめだ。体が拒否反応を起こしている。


 もう此処には居たくないと、全神経が訴えている。


「もぉ! 大大大好きな花純ちゃんとラブパワーを獲得できたからって、余韻に浸りたいのはわかるけど、証明書もらわないと意味ないでしょ! ほらっしょーちゃん! 歩いて歩いて!」


 そうだ。大大大嫌いなクソッタレ女との間にラブパワーを獲得したのだから、こんなところで逃げてしまってはすべてが台無しになる。


 踏ん張れ。食いしばれ! ゴールはもう、見えている!


「お、おう。行こう……か……」


 しかし──。高台を登り、事務局があるらしい展望台のエントランスに着くと……。


 どんなに気を強く保とうとも、踏ん張ろうとも、恋に破れてから24時間未満の男には辛過ぎる光景が広がっていた──。

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