第15話 影の姿


 情報を収集して、二人の席に戻ってきたとき、何故かそこにはいたたまれないような空気感があった。

 ルアとイーファは互いを見て、どちらが話を切り出そうかと迷っている様子だ。ルアは視線を合わせないように店内を見回し、イーファはバツが悪そうに俯いている。

 情報量のない譲り合いのうちに得も言われぬ不快感を感じて、声が出た。


「おい、何か言いたいなら、さっさと言え」

「いやあ……ええっとぉ……」


 ルアが拭き掃除の布を絞ったような声で答えた。

 その横でイーファは申し訳無さそうな顔をしながら、やっとのこと顔を上げてこちらを見た。


「わ、わたしはキリルさんのこと、まだ若いと思ってますよ……?」

「……は?」

「そうそう、あいつらキリルさんのこと、オッサンオッサンって言ってたらしいじゃないですか。今じゃオスマシしてますが、イーファさん、さっきまでぷんぷんでしたよ」


 ルアはニヤケ顔でイーファの脇腹を突く。彼女はくすぐったそうに反応しながら、慌てて手をわたわたさせて何かを否定しようとしていた。


「ち、違うんですよ。ただ、わたしは初対面の人にデリカシーが無いと思って……」

「デリカシー?」

「幾ら年増に見えても、初対面の男性にあの呼びかけ方はいけないかと……」


 真面目な顔でイーファは言う。

 残念だが、そういうのは掘り返されたほうがダメージを食らうというものだ。彼女たちの心意気だけは認めたいが、逆効果だった。

 俺は悪い空気を吐き出すように長く息を吹いてから、話を切り替えた。


「変なこと言ってないで、大図書館に向かうぞ」

「何か分かったんですか?」


 不思議そうに首を傾げるルアはさっきの話の内容を全て理解している訳ではないらしかった。

 イーファよ、話の内容が聞こえたならオッサンにだけ注目してないでそっちも説明してやってくれ……。

 そんなことを思いながら、先程の初心者パーティーとの会話を噛み砕いて説明していく。ルアは最後まで聞き終わると腕を組んで、無い胸を張った。


「じゃあ、腹ごしらえも終えたことですし、早速その大図書館とやらに向かいましょう!」

「場所は分かるかい、ルア卿よ」


 少し冗談めかして言うと、ルアは目をぱちぱちさせながら黙ってしまった。そんな彼女の様子を見て、イーファはふふっと清楚な笑いをこぼす。


「あっ……ごめんなさい、ついおかしくて……」

「そういえば、イーファさんはこの町によく来るんでしたっけ?」

「はい、道案内はわたしにお任せください」


 一行は会計を済ませてから、食堂を発つのであった。



 アーザスの大図書館。

 天まで届く高層建造物はあまり目に見られるものではない。しかもそれが要塞のように横幅をもってそびえ立っているのが現実感の無さを引き立てていた。

 ここまでくると行き交う人の手に抱える本の量は、町に入ったときの倍にもなっていた。台車で大量の本を運ぶ人も居る。

 そんな壮観な光景に混じった違和感は拭えないものだった。


「やっぱり、冒険者が集まってますね……」


 イーファが少し引き気味にいう。

 本来は落ち着いた雰囲気の図書館の前に、冒険者という荒くれ者が集まれば違和感の塊の出来上がりだった。

 大図書館に到着して、早速入ろうとしたところ、入り口には冒険者がごった返していた。図書館員なのか、人混みの奥から入るのを制止する声が聞こえてくる。

 彼らにしてみれば、予想もできなかった出来事ということになる。そうなれば大武道会を開いたのは一体何者なのだろう。ただの噂ということも考えられるが、これだけ大規模ともなると何か作為的なものを感じる。


「そもそも、大武道会を図書館で開くって時点でおかしいとは思っていたが……」

「それはそうとして、どうするんです、これ? 中に入れそうもないですけど」

「それなら、任せてください」


 そういって、イーファは俺達を先導した。

 大図書館の外縁部を大回りして、裏路地のような場所に出る。その一角にあった寂れた鉄の扉にイーファは手を触れる。彼女の力では到底開けられないような扉が光とともに自ずから開いた。


「これは……」

「宮廷魔導師用の通用路ですよ。表が混雑しているときはこちらが使えるんです。魔法で鍵が掛かっているので、決まった個人しか開けられないようになっているんです」

「宮廷魔導師の特権って凄いですね……」

「えへへ、使いこなせているかは分かりませんが、十分すぎるほどに優遇されていると思います」


 そういって、俺達は通用路を通って図書館へと入っていった。通用路は図書館の司書達の作業場に繋がっているらしく、閲覧室に出てくるまで彼らの作業がチラチラと視線に入ってきた。古文書を丁寧に修正する者、破損したテクストを新しい羊皮紙に書き写す者、本を整理し帳簿を付ける者。司書達一人ひとりの仕事は丁寧かつ完璧で彼ら全員が職人のような感触を受けた。

 果たしてこんなところで大武道会など開くのか――大図書館の裏側を見て、その思いが増幅していくがままになっていた。

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