隣町へ
第6話 へこたれ宮廷魔術師
ドワーフたちに貰った報酬で、隣町までの乗り合い馬車に乗ることが出来た。
アネッサとは別れて、俺とルアは宮廷魔導師が居るとされる隣町への馬車に乗って揺られていた。空が白み始めたくらいの時間、なんだか目が冴えて眠れず一夜はとっくに過ぎようとしていた。
「そういえば」
隣のルアがつまらなさそうに周りの風景を見ながら、呟いた。
オレンジ色の髪が白けた空の澄んだ光に撫でられて、純粋な美しさを感じさせる。
「ブレイズの宮廷魔導師ってどういうのなんですか?」
「どういうのって言われてもな。エクリの評議会付き魔術師と同じようなもんだろ」
宮廷魔術師、その名の通りブレイズ王国では宮廷付きの高位魔術師を指す。その力は常人の魔導師のそれを優に超えるとされている。エクリでは貴族評議会付きの魔術師が同じようなものとして挙げられる。
ルアは俺の返答を聞いて、人差し指を頬に当てて首を傾げる。
「やっぱり、大規模魔法とか使えるんですかね?」
「かもな、魔法についてはお前のほうが詳しいだろ?」
「え、ああ、まあ……」
ルアは急にしおらしくなって、顔を下げる。俺にはその反応が何を指しているのか理解することは出来なかった。
道なりに進行方向を見つめていると、町を示す看板が見えてくる。そこに書かれていた町の名は。
「グリフィズ、か」
「町の名前ですか?」
「ああ、多分ブレイズの英雄アン・グリフィズを指すんだろうな」
ブレイズは幾度となく海岸から押し寄せる海賊たちの侵略を受けてきた。それを乗り越えて強固な王国を作り上げた始祖――それこそがアン・グリフィズだと言われている。
そんな歴史に思いを馳せながら、俺たちは町に到着するのを心待ちにしていた。
馬車代を支払ってから、地面に降りる。
半日も地面から足を離していると土を踏むのが新鮮に思えてくる。グリフィズの地面は前日に雨が振ったのか、少し柔かった。
既に日が上がって、燦々の白い光に町は照らされていた。そんななか、俺の横でルアは自分のお腹に手を当てた。
「いやあ、お腹空きましたね? 適当なところでご飯食べましょ?」
「俺たちゃ、食道楽のためにここに来てんじゃねえんだぞ?」
「腹が減っては戦が出来ぬ、と言うじゃないですか」
「何と戦うつもりなんだ、お前は」
呆れたようにルアの言葉に答えながらも、俺は食堂を探していた。半日の間、食べ物はおろか水さえ飲んでいない。乾いた身体は確かに食を求めていた。
そうして周りを見回しながら歩いているといきなりドンと脇腹に衝撃を感じた。
「きゃっ! ……ご、ごめんなさい!」
驚いてその方を見ると、そこには深青色のローブを着た少女が両脇腹を押さえながら、痛そうな仕草をしていた。ローブに似た青色の髪はポニーテールにまとめられている。ブレイズ人らしい灰色の瞳。ルアよりも貧相な体型の腰にはガチャガチャと魔道具らしきものを色々と付けている。
彼女は俺の視線を感じたのか、何度も頭を下げ続け始めた。白昼堂々、女の子の頭を下げさせている良い年した男――あまりカッコいいものではない。
『おい、走り回るんなら周りに注意しろよ』
『あ、あ……』
『あ?』
俺の言葉に反応して、青髪の少女は顔を上げて俺を見る。すると、何故かカクカクと体全体を瘧に罹ったかのように震わせ始めた。
「おい、大丈夫か?」
『こわいおとこのひと……ひゅぅっ――』
そのまま少女はその場に卒倒してしまった。あまりの展開の速さに俺とルアは互いに見合わせて、目をパチクリさせるほかなかった。
「はあ、なんでこんなことに……」
簡単に説明すると、俺は青髪の少女をお姫様抱っこで運んでいた。我知らずで置いていくことも出来たが、凄んでしまった自分のバツの悪さがそうさせた。貧相な身体のおかげで軽く持ち上げられたのは幸いだった。
今はルアと一緒に近くの宿屋を探しているところだった。当の本人は道中の屋台で買った茹でたじゃがいもを美味しそうに頬張りながら、町を観光しているようにしか見えないわけだが。
「ちゃんと探してんのかよ、お前」
「さあしへますおぉー、あ、ひょーあいあ(探してますよぉ、あ、教会だ)」
道の先に古びた教会が見えた。旅の者ならちょっと寄ってみたくなるようなそんな場所だ。
「やっぱ、観光気取りじゃねえか……」
呆れつつ、青髪の少女の様子を見る。すやすやと気持ちよさそうに眠っている。青色のローブは何処かのブランドの謹製だろう。少女がこんなものを着て出歩いているというのは少し不用心な気もした。
そんなことを考えていると、腕に収まっていた少女の呼吸が少し乱れた。目蓋がきゅっと閉じられてから、またゆっくりと開く。
『お目覚めか』
『ひゃっ!? な、なんでわたし、持ち上げられて……』
『こっちが訊きたいね』
お姫様抱っこで運んでいる以上、暴れられると色々と困る。気をつけて、落ち着いた口調を保って話す。
彼女の起床に気づいたルアはまた一口じゃがいもを口にしながら、ちらりと一瞥する。
「おひまひたうぇ(起きましたね)」
「お前は食うか、喋るかどっちかにしろ」
青髪の少女はしばらく状況が飲み込めない様子で周りをきょろきょろ見回していたが、俺達が話しているのを聞いていきなり落ち着いた様子になる。
そして、ゆっくりと桜色の唇を開いた。
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