第4話 清水なくしてポーション成らず
周りに座っている目つきの悪い冒険者たちに、ポーション関連の情報を訊いて回る。タダでさえ目つきが悪いというのに、女子を二人連れているせいで更にしかめっ面で接される。
『あァん? ポーションだァ? ガキが舐めてるとすり潰すぞ』
『最近作られなくなっているらしいが知らねえよ、帰んな』
『美女と美少女連れてなんだ、煽りか、オメエ?』
とまあ、こんな調子だったが、訊いて回っているうちにいろいろなことが分かってきた。
確かにポーションは錬金術師が作るものらしいが、それには清水が必要であるということ。そして、清水は近くの川から取れるため、ポーションに関して知りたいならウェーアレス付近の川を訪れてみればいいということらしい。
一連の内容を二人にわかるようにエクリ語で説明する。
「というわけだ。とりあえず、川の方に行ってみると良さそうだな」
「川ですか……清水って言っても割と普通なんですね」
「ルアちゃん、違うの。川にも色々あって、ポーションは澄んだ川の水を使って作るのよ」
「てか、
「うっ……煩いですねえ! ほら、川なんでしょ、行きますよ、早く!」
元気よく酒場を出ようとするルア。追いかけるためにテーブルにお代を叩きつけようと財布を開いたところで、勘定するには手持ちが足りないことに気づく。
目を迷わせながら、どうするか考え直していた俺をアネッサは怪訝そうに見ていた。
「どうしたのよ? 早く追いかけないと迷子になっちゃいそうよ、あの娘」
「アネッサ、報酬は前払いってことでいいか?」
疑問に首をかしげる彼女に俺は財布を隠さざるを得なかった。
* * *
ウェーアレスの横を流れる川――ゲール川。
近くの住民のツテを借りて、そう呼ばれている方にやってきたものの、川と呼べるようなものは見えなかった。
見えてくるのは干からびてひび割れた一本のけもの道のような場所、それに沿ってモクモクと煙突から白い煙を上げるローグハウスが立ち並んでいる。ローグハウスの端にはローブを着た小柄な錬金術師達が途方に暮れたような顔をして、ちょこんと座ってパイプを吹かしている。
「ドワーフですね……」
「職人気質のポーションメーカーか、安心印って感じだな」
「ねえ、何があったのか訊いてみましょう?」
アネッサの提案に従って、ドワーフに近づくと彼らはぼんやりした顔にシワを刻み込んでこちらに目を向けた。
『余所者が何のようだ』
種族は違えど、言葉はやはりブレイズ語だった。
『俺達はエクリテュールから来たんだ。ポーションがギルドに届いていないと聞いて、調べに来た』
俺の声を聞くとドワーフ達は痛みを感じたかのように顔をしかめた。
『客だったか……すまないがポーションは作れなくなってしまった』
『どういうことだ?』
『ポーションに必要な清水が流れていたゲール川が見ての通りいきなり干からびてな。これじゃ、仕事にならないんだ』
干からびてひび割れた一本のけもの道のような帯は、どうやら元々川だったようだ。俺は顎をさすりながら、先を続ける。
『どうして干からびたのか分かるか?』
ドワーフ達は互いの顔を見て、困ったような顔をする。
『上流の方で石が水をせき止めて、湖になってしまっているらしい。だが、俺達の力ではどうしようもない……』
『なるほどな』
やっと彼らが落胆している理由が分かった。
技術力に長けるドワーフ達は精巧な仕事が得意な代わりに、頑固で排他主義で保守的だ。そのため、こういった突然の出来事にはめっぽう弱い。嵐など自然の脅威に晒されたとき、為すすべもなく今のようになってしまうことが多い。
俺は腕を組んで、ドワーフ達を見下ろした。
『約束は出来ないが、いろいろ試してみよう』
『本当か?』
『ああ、ポーションが来ないとなるとこちらも困るしな。ただ……』
俺は圧力を掛けるようにドワーフに顔を詰める。
『報酬はたんと弾んでくれよ』
『水が戻れば、約束しよう』
お互いの手をガシッと掴んで約束する。ドワーフは排他的だが、なんだかんだ言って義理人情に厚いのが良いところだった。個人的に彼らが憎めない理由でもある。
俺の交渉を見つめていた背後の二人はきょとんとしたままだった。やはり、この時代に複数の言語が話せる人間は珍しいということなのだろう。
頭をエクリ語モードに戻して、これまでの経緯を端的に説明する。
「上流で水がせき止められているらしい。水が流れるように地形を崩せば、川は元通りになるかもしれない」
「地形を崩すって……私たち三人でどうにかなることなの?」
「それは……まあ、ルアは魔術師だし、どうにかなるだろ」
「私、
頭を振って、抗議するルア。
「そんなこと言ったら、俺だってほん……」
言い掛けて止める。危ないところだった。その奇妙な言葉尻にルアはオレンジの髪を触りながら、首を傾げる。
「ほん?」
「ほ、本商人なんだぞ!」
「本商人だったら、力仕事出来そうじゃないですか! 私は
確かに
が、ここは彼女の自尊心の高そうなところを利用させてもらおう。
「お前、それくらいもできないのか」
「なっ……!」
「宮廷魔術師が聞いてたら、きっと呆れるぜ」
「ぐっ……!」
「そんなんで翻訳魔法を復活なんて無理だろ」
「うっ……! わっ、私も魔法の基礎くらいは学園で勉強しましたし!! 浮遊魔法を基礎にあーしてこーすればどうにかなりますしっ!!」
「じゃあ、頼んだ」
ルアはいつの間にか言いくるめられてしまって、不思議そうな顔をしていた。アネッサは黙ってその様子を物見とばかりに面白げに見る。
「さて、上流に向けて出発だ。日が暮れる前に事を終わらせたい」
「私も出来ることは協力するわよ」
「えいえいおー!!」
ルアの元気な声と共に俺達は上流に向けて、歩みを進めた。
ゲール川上流。そこではドワーフ達が言っていたとおり、石やら倒木やらで水がせき止められて、小規模な湖になってしまっていた。隙間から漏れ出す水は少量で、とてもではないが下流まで届く量ではなかった。
「さて、魔法でどかーんといっちゃいますかね?」
「待て、いきなり決壊させると濁流が下流に行きかねない。俺達も危険に晒される」
「じゃあ、どうするのよ」
アネッサが腕を組んで訊いてくる。出来ることは決まっていた。
「一つづつ安全に取り除いていく他ないだろ」
「はぁ、何かもっと一発で解決できるものかと思っていましたけど」
「無駄話してないで石を取り除くぞ、おらっ……!」
大きめの倒木に手を掛けて、横にどける。それに習って、アネッサとルアもそれらを退け始めた。
アネッサと俺は慎重に石や倒木を退けていたが、ルアのほうはというと手当たりしだいに埋まってる岩を引っこ抜いて回っていた。身の丈に合わない岩が簡単にすっぽ抜けるのは、浮遊魔法を応用しているためだろう。
見ていて危なっかしいと思っていた次の瞬間、抜けた岩が勢い余ってルアの頭上に飛び上がった。
「危ないっ――!」
とっさの判断で岩の下できょとんとしていたルアを押し倒す。背後でゴスンと鈍い音がなり、地面に振動が響いた。あの岩の下敷きになっていたらと思うと背筋が凍るようだった。
俺の腕の間で縮こまっていたルアはややあって目を丸くして、こちらに視線を向けた。
「あ、ありがとうございます……」
「気をつけろって言っただろ。怪我はないか?」
「心配してくれるんですか? にひひ」
「気持ち悪ぃな、その笑い方……」
なんだか恥ずかしくなってきた矢先、アネッサが心配そうな表情で寄ってきた。しかし、彼女は一連の会話を聞いて、どうやら無事だと分かったようだ。小悪魔っぽい笑みを顔に湛えて、見上げた俺に顔を向ける。
「あらぁ、キリルったら若い女の子を押し倒して、何するつもりなの?」
「冗談が上手だな」
「えっ、キリルさん、そんなつもりだったんですか……あの……私まだそういうのはちょっと……早いかもって……」
ルアは勝手に顔を赤くして、もじもじと恥ずかしがる。もちろん、そんな気は全くない。というか、さっきまで結構ガツガツ来てたのに結構奥手なんだな。
俺は身体を起こして、ルアに手を渡して引き上げる。
「今度からは注意して石をどけろよ?」
「はぁーい!」
元気に返事をするルア、それを微笑ましげに見るアネッサ。俺達は作業を再開したのであった。
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