第119話 夢のあと

「ああ……良く寝たなぁ……」


 隣でミィがまだすやすやと眠っている。目覚めたユウナギは、軽くつないでいるミィの手をもう一度強く握って、そして離した。


 現実を思えば不安は消えない。女王の役目も果たせず、あの人を落胆させてしまうだろう。それでもこの子には、自由に生きて欲しいのだ。日の光の下で、これからも好きなように生きていって欲しい。もしかしたら、自分の代わりに生きて欲しい、という願いなのかもしれない。

 これ以上そばにいたら未練になってしまうから、ユウナギはそっとその場から離れた。林の中を漫然と歩いていれば、神はふっと現実に戻してくれるだろう。



 多少は晴れた気持ちでそこらを歩いていた。戻ったらまず彼にする言い訳を考えながら。そんな時のこと、前方から男性がやってくる。


「え? 兄様……どうして、ここに?」


 ユウナギは立ち止まった。その男性も、彼女に気付き立ち止まった。


 目の前の人は愛しい彼なのか。しかし彼がここにいるわけない。すぐに、「あ、違う兄様じゃない」と気付いた。が。


「でも、似てる……」


 そして彼もユウナギをじっと見つめ声を発せずにいる。対面中のふたりは、しばし無言で立ちすくんでいた。その間にもユウナギは、ああ、この世には同じ顔の他人が3人いるんだっけ、とふんわり思った。


 そこでいつもの、あの、帰る合図を感じる。人に見られるのはよくない、と歩いて来た方に逃げだし、彼女はそのまま現在の中央に駆け戻った。


「ふぅ……。もう私ってば、あんな夢をみたから、会う人会う人兄様に見えるようになっちゃったの……?」




 そのころ、夢の中で昼寝をしていたミィは、夢の中で目を覚ました。しかしユウナギの姿はそこにない。

「あれ……あいつ、どこ行った? また走り込みか?」

 まわりを見回してもまったく気配がない。


「もしかして、目が覚めちゃったのか? でもここ、まだ夢の中だしな……まさか俺、他人ひとの夢を引き継ぐこともできるってか? 己の才能が怖いな」


 彼女はまだ寝ぼけている様子。そのとき背後の、夢からの慟哭が彼女を揺り起こした。驚いてそこをのぞくと、ユウナギが動かない赤子を抱きしめ泣き喚いている。


 それはまともな声にならない、かくも悲痛な叫びだった。


「何が起きて……まさか……」


 そのまさかで、赤子は流行り病に冒され、いま息を引き取ったところだ。隣でトバリがユウナギの肩を抱き、精一杯慰めようとするが、今の彼女には彼の思いすら届かない。

 ユウナギだって分かっていたはずだ。小さな子どもなどいつ天に帰ってしまってもふしぎではない、儚い存在なのだと。このような話は、彼女もしばしば見聞きし心痛めることであったが、実際に身の上に起きたならこれ以上の絶望はない。

 涙が枯れた後も、泣き疲れ果て眠りについた後も、彼女は決して赤子を離さなかった。


 そして、赤子の埋葬から幾日かたった後、今度はその流行り病でトバリが倒れた。


「あなた! いやだ……私をおいていかないで!!」


 どんなに泣いて名を呼んでも、熱にうなされる彼には聞こえない。彼も子の後を追うように天に召されたのだった。



「あ、ああぁ……」

 立て続けに彼女を襲った不幸に、ミィも顔面蒼白になる。


 夢の中のユウナギは、埋葬の場にて「彼と共に私も埋めて」と泣き叫び遺体から離れようとせず、参列者の村男の手で連れ帰らされた。

 これをユウナギ本人がみていなくて良かったと、ミィは心の底から思う。


「いくら夢であっても、こんな場面はただの一度ですら御免だよな……」

 もしかして、人はちょうど良い時に起きるようになっているのか、と彼女は考えた。たまに夢から目覚めたら「もっとみていたかったのに」と思うこともあるが、そういうものに限って案外みなくて済んで良かったりするのだろうと。しかし、どうやら夢はまだ続いている。


 最愛のふたりを失ったユウナギは虚ろな気分で生きていた。独りになっても、村人たちの協力で生活してはいける。心は寂しさで死んでしまっても、からだはまだ死ねなかった。その頃、彼女は村人たちの噂話を聞いた。とうとうこの国も、東の地方から来た大王おおきみの支配下に置かれるという話だ。


「……国は……?」

 ユウナギは震える手で彼らに掴みかかり尋ねた。国は、ここの東の隣国はどうなったのかを。するとやはり伝聞ではあるが、とうに東の軍勢に占領され、中枢にいた為政者らはみな刑に処されたとのこと。


「そんな……。ナツヒは……御母様は……」


 更なる絶望の淵に落ちていくような彼女を、村人らは不思議そうに眺めていた。


 起きる期を逃してまだ空からみていたミィは、もはや言葉もなかった。



 そのうちにミィも目が覚めた。周りには誰もいない。もう日も暮れる、早く帰らなくては両親も心配するだろう。

 田畑沿いを走り抜け、垣根の曲がり角を行くと家はもうすぐ。そんな時に、角の向こうの地面から影が長く伸びて出た。


「母上!」

 角からひょっこり出てきたのは、優しい微笑みをたたえた母だった。


「母上、ひとりで歩いてて大丈夫か?」

「今日はとても具合がいいの。だからミライを迎えに行こうと思って」

 頭を撫でられ、彼女は両親だけに見せる無邪気な顔で笑う。


「もう父上帰ってる? みんなも?」

「ええ。ああでも、さっき兄上があなたを探してたわね。会ってない?」

「ん、すれ違っちゃったかな」

 ふたり手をつないで、そこの自宅に帰っていった。




 元の世に戻ったユウナギは、彼の時間が空いたと聞いたら向こうから来るのを待てばいいのに、すぐさま走って向かっていった。


 執務室の戸を開け、彼の面前に立ち、そして勇気を振り絞って報告し始める。


「兄様、ふしぎな力を持つ巫女に会えたわ……」


 そう一言告げられても、彼は表情を変えなかった。彼女の醸す雰囲気で大方理解したようだ。


 ユウナギは話した。その巫女がこの国の次代女王であっただろうことも。


「でも連れてこられなかった。私の力不足で。……ごめんなさい」


 彼には光景が浮かんでくる。それは彼女が他者を大事に思った結果なのだろうと。


「分かりました」


 それ以上言わなくてもいいと、その声や表情から、ちゃんと彼女に伝わるはずだ。自身の思惑が外れようとも、彼にとって彼女の思いほど大切なものはないのだから。


 彼はいつもと変わらない優しい眼差しで、旅から帰った彼女を労わる。ユウナギはそそくさと隣に寄り添い、夢の続きを自己の中でのみ再現するような心地でいた。


 彼には言えない。夢の世界であなたと結ばれ、あなたの子を生んだとは。話したら彼は、それを現実うつつにできない心苦しさに苛まれるだろう。


「きっとこの世でいちばん幸せな、夢をみてたの……」



――――本当は共有したかった。その幸せを。


 そんな未来へとまっすぐに、歩んでゆけたらよかったのに。






・*:.。.*.:*・゚.:*・゚*゚・*:.。.*.:*・゚.:*・゚*゚


長~い13章にお付き合いくださいましてありがとうございました。

次の14章は全章の中でいちばん短く、たったかたーっと駆け足で終章へなだれ込みます。

以後はエンディングまで、おふざけなしのシリアス展開でひた走る予定です、どうぞよしなに。

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