神の声は聴こえない! ポンコツ巫女の私がこの手でひらく未来は
松ノ木るな🌺おひとりさま~ピッコマ連載中
王女編
序章
プロローグ
そこは女王の住まいが建つ、国の中央の一角だ。
「ユウナギ様!」
想い人に名を呼ばれ、王女は振り向いた。彼に名を呼ばれると、いつも胸踊るのだ。
しかしこのたび、なんだかこれっぽっちも温かな雰囲気はなく、彼はずいぶんと慌てている。
「トバリ兄様?」
「良かった、ご無事ですね? 何か変わったことはありませんか?」
周りがざわめいている。普段は冷静な彼が、血相を変えて走ってきたからだ。
「どうしたの兄様?」
「先ほど女王に憑依した神のお告げです。あなたのお命を狙う者が、ここ中央にいると」
「……ええ!?」
雰囲気なんて、温まるわけなかった。
……………………………………………………
王女が夢をみている。
王女はときどき夢の中、空をふわふわ浮かんで過去の、心地よい思い出に浸る。
「ええっと、なになに? 今夜の夢は……」
「準備はいいわね! ナツヒ!」
「とっくにできてるよ」
「今日こそあなたを吹っ飛ばす! てや――っ!!」
まだ身体も子どもながらにか細い、幼い王女はただ今、
「100年早いんだよっ!」
「ひやぁあぁ――」
「ふん」
みごと返り討ちにした勝者ナツヒは得意げだ。なんせ彼は将来、軍事官長の座につく男。強いに決まっている。ちなみに彼は、“国でいちばん偉い男”の息子(次男)である。
「ひどい……。ナツヒひどい……」
王女は半べそかいている。まだ10歳だ、甘えたい。
「いや、お前さ、鉾は所詮さわり程度だろ。弓の腕を集中して磨け。そっちのが建設的だ」
「けんせつてき?」
「ユウナギ様!」
「あっ、兄様!」
そこに颯爽と現れたのは、官人の衣服をしゃきっと着こなす、もの柔らかな雰囲気の男性。
王女の面倒見役である青年トバリ。彼も“国でいちばん偉い男”の息子(長男)だ。彼が将来、父親の跡を継ぎ、国でいちばん偉い男となる。
「ユウナギ様、そろそろ舞いの稽古の時間です。女王の元へ参りましょう。……おや、足にお怪我を?」
「ナツヒに吹っ飛ばされちゃったの。でもこれぐらいへっちゃら。明日こそ一本取るんだから!」
「100年早い」
「兄様、おんぶ」
「仕方ないですね。女王の屋敷に入るところまでですよ」
苦笑いした彼は王女をおぶった。3人で談笑しながら、女王の屋敷へと向かっていった。
「ああ、10歳の私、いいな~~。兄様におんぶ……。もう全然してくれない」
もう14なのだから当然である。しかし、彼らは王女の家来だ。命じればきっと、なんでも言うことを聞いてくれる。
彼らの父は“国でいちばん偉い男”であるが、“国でいちばん偉い人間”ではない。
この国でいちばん偉いのは、他の誰でもない、「女王」だ。彼らの父はその女王を、いちばん近くで補佐する男。よって国でいちばん偉い男となり得るのだ。
この“いちばん偉い男”は役職名「
「御母様、本日もご指導のほどよろしくお願いいたします」
夢の中の王女が女王の前で淑やかに頭を下げる。舞いを女王に習い始めてから3年が過ぎた頃だ。
国の女王はこの世のものとは思えぬほどの、美しい舞いを民衆に披露する。
まさしく、神の使いとして――。
神に愛されし巫女である女王は、天に舞いを捧げることで、神をその清らかな身体に呼び寄せ、有難き言葉を地上の人々に伝える。
民衆は女王を崇めたてまつる。建国より絶えず女王に護られ、国の平和は保たれているのだから。
舞いの稽古を終え、次はトバリによる歴史の講義だ。
「兄様、海の向こうの大国について学ぶのって、とっても面白い。すごい文明国! さすが千年を超える歴史を持つ国ね!」
「それは良かった。かつての女王が
「でもその交易は何十年も前に止まってしまったのよね。それからまったく交流がないなんて。中央にある書もそれまでのものばかり」
「そうですね、いくつか理由があって。しかし今も
王女は実際、ここ3年でよく学んだ。3年前は文字なんて知らなかった。知る必要などない。
なぜなら、ただの、平民の娘であったのだから。
そう、王女は「生まれながらにして王女」ではなかった。
女王の住まいや国の行政機関が集まるこの土地を「中央」と呼ぶ。
中央の片隅に物心ついた頃の彼女は暮らしていたが、この屋敷にひとり有無を言わさず連れてこられたのは、7つになるかという頃。
いったいなぜ、そんな娘が突然、王女の地位に?
ここは神の声を聴く巫女を女王として
次を選ぶのは女王の、やはりふしぎな力による。女王は自らを継ぐ、神と伝う力を持つ者を見出す「目」を持っているのだという。
彼女は現女王によって、ありし日に見つけられたのだった。
夢は暗転し、次の幕が開いた。
「ん~~? 10歳の頃の夢はあれでおしまいか。次の夢は―っと……」
少し背の伸びた王女が、女王の部屋に呼ばれている。女王は上質な畳の上にて楽に座しており、そこから数歩下がった位置に王女が正座していた。
「あっ、確かこの場面ってアレじゃないかしら、12歳の時の。これはわざわざ夢で見たくないわ。さっさと目覚めよう」
「月のものが始まったそうですね。これでそなたも立派な成人です」
女王は優しく微笑んだ。
「はい。侍女からすべて聞きました。これで私も世の女性と同じく、子を身ごもる身体になったと」
「そうですね」
その時、女王が言葉を飲み込んだのを、王女は見逃さなかった。
しかしそれはほんの一瞬のことで、その美しい形の唇から、ゆるりと言葉は告げられた。
「ですが身体がどうであれ、そなたは生涯、子を身ごもることはありません」
場が静まり返る。
「……は?」
王女は明後日の方向を眺める。
「……??」
なんか断言された気がする~、とふんわり思った。
「なんですかそれ。予言ですか?」
「いいえ」
首をかしげる王女に向かって女王は説き始める。
「百数十年前、国の成った時からのならわしです。神に仕え、神とことばを交わす巫女、つまり代々の女王ですが、異性と交わることは禁忌とされています」
「どうして?」
「巫女は神前に差し出す供え物に他なりません。人が食したあとのものを、神に供えますか?」
「意味が分かりません」
いやまじめに意味が分からない。と王女がぶつぶつ呟くので、女王の笑顔が消えそうだ。
「神より与えられし、神と交信するふしぎな力……それは禁忌を犯すとたちどころに消え失せる、と言われています」
「でも、そんなこと言われても……」
王女は正座をくずし、そのまま4つ足で前進し、女王に掛け合おうとした。
「私、この人の子を生みたいと願う相手がいるんです!」
女王はそれが誰なのか聞きもしない。
穏やかな表情をまったく変えず、目線だけで無力な娘を静かに威圧していた。
母親にありがちな「いいから言うこと聞きなさい」である。
王女は立ち上がった。
「だいたいねぇ……そもそも私には……」
力を振り絞り、天に向かって声を張り上げた。
「その特別な力が、ないんだから――――!!!」
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