88
突き刺さったはずの矢は、間に入った者が大きく黒の外套を翻すと、パラパラと地に落ちる。
「な、何だと!?」
驚く祭司達を余所に、金色の瞳はリリーの顔を確認すると、きょとんと見返した蒼の瞳にホッと胸を撫で下ろした。
「ご無事で……?」
「あ、アーナスターさん!?」
驚いたリリーのドレスの袖とスカートに、不自然な解れを発見した。それに瞳を眇めると、アーナスターは、リリーが今まで見たことの無い瞳をクラウンたち祭司へ向けた。
「アーナスター!? アーナスターと言ったか? 庶民の、商人風情が、私の邪魔をするな!!」
「…………」
「貴様、戦線はどうしたのだ? 西の補給部隊の大将の名に、貴様の名を確認している」
「…………」
「聞こえないのか!! ナイトグランドギルド!! 返事をしろ!!」
「
ひたりと赤外套を見据えた金色の瞳。そして放たれた言葉は、境会では上から二位の立場のクラウンを呼び捨てた。
「私を、庶民ごときが、呼び捨てたのか……?」
信じられない侮辱に、クラウンは握り締めた両の拳をガクガクと怒りで震わす。
「アーナスター・ナイトグランド、貴様、頭がどうにかなったようだな? ナイトグランドギルドも、この様にまともに返事も出来ぬ次男が跡取りとは、追放した長男、グラエンスラーの方が、見た目にも良く、平身低頭で身の程をわきまえていた」
「お前! さっきから、何を言っているの!」
アーナスターの背後からしゃしゃり出て、リリーはビシッとクラウンに指をさした。
「庶民庶民、返事返事と、貴族の権利を振り回すしか頭にない、愚か者とは、お前のことよ!!」
「……愚か者だと?」
「しかも今、次男て言ったわね? 貴方、その目は節穴なの?」
「……小娘…」
怒れるリリーに驚いたが、震えるクラウンの背後、武器を手にする者達から護るように、アーナスターはスッと再び前に出た。
「間違いはありません」
「??」
「私が庶民なのも、兄グラエンスラーより出来の悪い弟なのも事実」
「……弟って聞こえたわ」
「はい」
「次男で弟ということは、アーナスターさんて、男性でいらっしゃるの?」
「はい」
「…………そう。そうなのね。そうでしたのね」
呆然と口を噤んだリリーに、アーナスターはフッと微笑んだ。
「リリー様が、ご無事で、本当に良かった」
きょとんと蒼い瞳を見開いて、力強く頷いたリリーは「私は大丈夫」と言ったが、直ぐに背後の泉を振り返った。
そこには、今も浅瀬に立ち竦む、血だらけのエンヴィーが佇んでいる。
「彼はとっても酷いわね」
呟いたリリーの声を、かき消す様に咳払いがした。
怒りに我を忘れたクラウンが、呼吸を整えアーナスターとリリーを見据える。
「庶民、今、この危うい状況をご理解出来ていないようだな?」
「……」
「ここに居るのは、貴様と、殺害対象、そしてそこに居る罪人だけという危険な組み合わせなのだぞ?」
クラウンの背後に集う十数人の下級祭司達は、武器を手に控えている。だがアーナスターは、ある言葉に眉をひそめた。
「殺害対象?」
「そう。つまり、君たちが、生きてこの森から出る確率は、全く無いということだ」
「お前、やっぱり頭がおかしいわ。
アーナスターの背に庇われるリリーの強がりに、クラウンは侮辱した笑みを浮かべた。
「令嬢、そんなことはありません。今から起こる事は事故。罪人を捕らえようと尽力した結果。大公令嬢とギルドの次男は命を落とし、我々は罪人を懲らしめた。それだけです」
「誰も信じないわ」
「令嬢は、おわかりではないようだ。そこに居るアーナスターは、西の戦線を放り出してここに居るというのに」
「?」
「補給部隊という大切な仕事を放り出し、王都の森で、ダナーの大公令嬢と密通していた。これは由々しき事態です」
「密通? 密通なんて、していないわ」
「本来なら軍会議で詮議されてもおかしくはありませんが、我々が、罪人エンヴィーと交戦したこの森で、それに巻き込まれてしまったのです」
「……」
リリーは首を傾げたが、金色の瞳はクラウンの創作を無言で見つめる。
「さすがに
「お前、さっきから、何を言っているの?」
「密通などとは、民草の喜びそうな内容ですが、残念です。この話は
「……」
笑う祭司の背後、再び掲げられたのは複数のボーガン。今度こそ見えた決着に、クラウンは「放て!!」と力強く叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます