89



  放てとは言われたが、正面から走り来る二人の騎士に動揺し逡巡した。


  「ぐぁ!」「がっ!」


  「!?」


  命じたはずの矢は放たれず、見えない速度で斬り飛ばされた。異様な声を出してドサリドサリと地に落ちるのはボーガンを手にする腕。振り返ったクラウンは、悲鳴を上げた灰色の祭司の腕から吹き上がる血を目に愕然とした。


  「これは、」


  二人の騎士に、控える祭司が為す術なく斬り倒される。それに息を飲み込み後退りすると、今度は背後から冷たい声がかかった。


  「どれほど訓練したのかは知らんが、祭司やつらが無様に構えたボーガンの軌道は、当たらないと見てわかる」


  「…そんな、こんな、馬鹿な、」


  悲鳴と共に灰外套の祭司たちは倒れていく。


  「武器を手にして騎士を前にするということが、何を意味するのか分かっているのか?」


  「くそ!」


  次々と斬り伏せられるが、まだ武器を持つ祭司は残っている。クラウンは、「急げ、早く、殺れ!!」と大声で叫んだ。


  発射するが、的に当たらず腕を飛ばされる。アトワの騎士が灰外套の数を減らすその間に、物陰の無い泉から離れようと、リリーはエンヴィーを連れて森へ向かって動き出した。


  ボーガンでは当たらないと思った祭司の数人は、腰の剣を抜き身に石像の影に隠れ、次に泉周辺の茂みに移り忍び寄る。


  「こうなったら、絶対に、令嬢だけは、確実に仕留めろ!」


  クラウンに言われて、捨て身に走り出した灰色の外套祭司たち。フィエルがそれを斬りつけたが、取りこぼした一人が足を引きずるエンヴィーと、背を押すリリーの背後に追い付いた。


  「アイの不幸を!」


  「!!」


  頭上に振り上げられた長い刃を、振り向き見上げたリリーは咄嗟に、護るようにエンヴィーに抱き付き押し倒した。


  ーーカァン!!


  軽い音に弾かれ舞い上がった剣と共に、倒れた灰色の祭司の背後にはエレクトが立っている。そしてグサリと剣が地に突き刺さると、リリーの真上から女騎士の声がした。


  「遅くなり、申し訳ありません」


  「ナーラ様! エレクトくん!」


  現れた護衛騎士たちに安堵し全身の力が抜ける。地面に強かに身体を打ち付け、痛みに顔を歪めて半身を起こしたエンヴィーは、自分に覆い被さる温かい体温が、ナーラによって剥がされたのを見た。


  「ご無事で」


  「ナーラ様、エレクトくんも、良かった…」


  「祭司にやられるとは、笑える」


  森から現れた灰外套を斬り捨てたエレクトを、ヴァーリアル家のヘイリエルが鼻で笑った。それを苛立ちに睨んだが、この場に遅れた言い訳はしない。


  エレクトとナーラを見つめたリリーは、しっかりと立っている二人に涙ぐむ。その背に、エンヴィーが問いかけた。


  「なぜ庇った」


  振り返ると、出血に真白い顔が蒼白となったエンヴィーがゆっくりと立ち上がる。言われたリリーは小首を傾げたがほどなく軽く頷いた。


  「そこに貴方が居たからよ」


  「私は境会アンセーマの祭司だ」


  何の事かと黒の瞳を見つめた蒼の瞳。それは数回瞬くと、結ばれていた唇が開かれた。


  「境会それ怪我これは別なのよ」


  言われたエンヴィーは意味が分からずその場に立ち竦む。少し離れた泉の岸辺では、フィエルとエレクトが灰色の祭司と切り結び、教会跡地の瓦礫の中ではクラウンが短外套の少年に「主祭司様に連絡を!」と叫んでいた。


  「……」


  エンヴィーを置き去りナーラの元へ歩き出したリリーの背に、すがるような声がかけられた。


  「思い当たる節がある、貴女はそう言った」


  「?」


  振り返った蒼の瞳は少し何かを考えた後、思い出したと頷いた。リリーは、エンヴィーに自分の謎を与えたままだった。


  「そうね、まだ答えを言っていなかった」


  背後でナーラが眉をひそめるが、リリーはエンヴィーに向き合うと、何故か両手を腰に胸を張る。


  「貴方と私の共通点、それはね、悪役だからなのよ」


  「??」


  「間抜けにやられる事が仕事なの。だからそんなに怪我をした」


  「???」


  リリーの答えに間の抜けた表情をしたエンヴィーの、心中を理解できたのはナーラだけ。言った本人は満足ににっこり笑ったが、それをエンヴィーは不満に呟いた。


  「私の考えとは違う」


  握ったままの胸元から、握りしめた手の平を前に出した。それにナーラは身を固めたが、リリーは疑問に首を傾げる。


  「どうぞ、これが私の答えです」


  「?」


  「姫様!」


  嫌な予感にナーラは叫んだが、「どうぞ」と言われたリリーは素直に手の平を差し出した。


  真白い手が重ねられ、エンヴィーが手を引くと緑の石が残された。リリーの手の平の半分ほどの大きさ。何処かで見たことのある美しい緑色は、破片の縁に光を宿し、見つめていると、光は石の中央に急速に集積された。


  「?」


  ーーカッ!!!


  「キャア!!」


  真白い光が辺りを包み込み、石から光が迸る。叫んだが、手から石は離れない。リリーの持つ石の光は二ヵ所に分かれると、教会跡地の瓦礫の地中、聖女が座る穴に吸い込まれていく。


  「なんだ!?」


  異変に光を目で追う者達は、二つの穴から空に伸ばされた光の柱が、赤く光る魔法紋に突き刺さるのを見た。


  「矛が、三叉に、」


  触媒の破壊により一つ失われていた刃先が、再び三つとなり空に浮かんでいる。魔法紋の力が漲るそれにクラウンは笑ったが、誇らしく見上げた境会を護る矛は、ビシッとひび割れに瓦解した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る