リリー36 (十七歳)



  はい、ワンツースリー、ワンツースリー…。


  グーさんの、足とか踏んづけるかと思うでしょ?


  そんなことはありません。わたくし、二人の兄の、厳しい社交ダンス訓練を合格しているのであります。


  目を瞑ってたって、くるってターンかませるよ。


  むしろ私が男性パートなら、くるくるってグーさん回せるレベル。


  (そんな事しないけどね…)


  こいつは今や、王に続く権力を握っている。


  後のち、こいつにペコッと頭を下げなきゃならない日が来るかもしれない。


  それまでは、頭を下げずに何を考えているのか分からないそのお顔を、堂々と穴があくまで見つめてやろうと思います。


  つつがなくダンスは終了し、続いて皆が踊り出す。一仕事終えた私はケーキのテーブルに移動しようとしたけれど、グーさんにちょっと待ってって呼び止められた。


  グーさんの護衛が差し出したのは、横に長い箱。


  「??」


  なんだろう…。婚約指輪とかではなかったから安心したけれど、一メートル以上ありそうな長い箱。


  何だ何だとお兄さまとかがやって来て、皆も中身を気にしてる。


  パカッて開かれた箱の蓋。


  なんと細目の飾り剣が入っていた。


  グーさん、空気読めない感じは前から分かっていたけれど、皆の前でやっちゃうとは…。


  まさかこの前の馬車襲撃を聞き付けて、気を利かせて護身用に剣をプレゼントって、閃いちゃったの…?


  私にこれで、あの厳つい暴漢たちを、ツンツンしろって、非現実的な事を閃いちゃったの…?


  無理やろ?


  確かに、いつも護衛してくれている、仲間達に任せてばかりでね、実際に襲われても、何の役にも立たずにね、神頼みしてただけでしょう? って言われたら、返す言葉はないけれど、今、これ?


  なんか山大鹿ヘンムとか狩りの話もしてたけど、暴漢でもなく、私がこれで、暴漢よりも大きな、皮の厚い山大鹿ヘンムを、プスッと刺してどうにか出来ると思ってしまったの?


  どー考えても、無理でしょう?


  兄達も、周囲の皆様もすんって無言になったよね。


  私は一応、社交的に「ありがとうございます」って、それしかフォロー出来なかったよね。



 **


 

  時間が経ってもふわふわのスポンジに、想像よりも甘くない生クリームの滑らかさ。時おり訪れるフルーツの酸味が手伝って、手が止まることなくフォークは口に運ばれていく。


  パーティーも終わって、皆様よりも大きめの、ワンホールほどのケーキを満喫した私。


  もう野菜なんて胃に入らない。今日はお誕生日だから、皆も野菜を勧めてこない。


  (お腹、パンパン……)


  大きくなったお腹に驚いた係のお姉さん達に呆れられたけど、寝間着に整えられて寝室に移動する。


  部屋のテーブルには、広間に無かった小さなプレゼントたち。その中で、一つ気になる小箱を発見した。


  メッセージ付きの、可愛くラッピングされた小さな小箱は、ピアンちゃんが髪を纏める黒の紐飾りと同じお洒落な刺繍素材。


  お手紙の裏側には、他のプレゼントと同じく何処かの家の誰かの名前。


  「これ……、ピアンちゃんじゃない?」


  手紙には、行きたくてもお家が忙しくて行けなかったって、お誕生日おめでとうって書いてある。文字もピアンちゃんのくせ字に似てる。


  何度も名前を見てみたけれど、知らない令嬢…あれ? この家って、ピアンちゃんのお家が経営している有名な雑貨屋さんの名前だよね?


  ピアンちゃんに、頼まれたのかな……?


  私、お友達破棄されてはいなかった?


  じーーん……。


  「ん?」


  待てよ。


  まさか、フェアリーンさんが国内に居なくなったから、手近な私で妥協するとか、そんな感じじゃないよね……?


  素直に受け取ってない?


  曲がった心が悪役らしさを増している?


  それは全て、お褒めの言葉として頂けるのです。


  それはそれとして、ピアンちゃんがくれたかもしれないプレゼント、キラリと光る金色の石が瞳の黒猫のブローチ。


  「ふふっ」


  それはとっても可愛かった。



 

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