28



  受け付けから、学生が入り込んだと知らせが入った。


  競売を身近なものにしようと、小規模で開催している中央公園の外れ。合法的ではあるのだが、子供と特別授業の生徒は出入り禁止にしている。


  何か問題となれば、後で面倒事になるからだ。


  既に外に出たそうだが、グラエンスラーは念のため、裏手の保管場所を覗いて見た。

 

  「?」


  今回の目玉となる幻獣の幼獣。その籠の前に、黒色の制服ステディアの生徒が屈みこむ。


  「うーーん…」


  (あれは、この前の)


  弟のアーナスターが初めて自室に客を招待した。それが右側ダナーであった事に、ギルド内は異様な盛り上がりを見せていた。


  遠目に見ただけのステイ大公令嬢。ダナーを護る十枝の貴族に護られて、作り物の様な異様な美しさを放っていた。


  今日はドレスではなく、黒騎士の様な出で立ちに違う雰囲気を見せている。だがその令嬢は、懐から小銭袋を取り出すと中を確認し始めた。


  (…………)


  子供が菓子を買う前によく目にする姿。


  「……」


  小銭袋に入る程度の枚数では、とても手に入れる事は出来ない幻獣。何を思っているのか、両者はじっと見つめ合っていた。


  「これはこれはお嬢様、そちらをお買い上げくださるのですか?」


  「…………」


  見かねて声をかけると、蒼い瞳を驚きに見開いて、令嬢はグラエンスラーを振り返り見上げた。


  「見たところ、良家の方のようですね。なんなら、競りには出さず、この場で交渉致しますか?」


  弟の友人なので、やんわりとこの場から追い出そうとした。だがそれを、リリーは素直に受け取った。


  「じゃあ、そうしてくださる?」


  「……」


  グラエンスラーは、世間知らずなリリーを改めて確認する。そしてこれを面白がった。


  「印章をお持ちでしょうか?」


  大きな売買や貴族の買い物には必要な印章。大抵は指輪に彫られているが、リリーの真白い指に指輪は一つも見当たらない。


  「お供の者が持ってるわ」


  「そんなわけありませんよね」


  特別授業の学生に付き人などいない。悪びれなく素早く嘘をついたリリーに、グラエンスラーはますます笑う。


  「………ならば、お客様が身に付けている宝飾品。それを一つ、お譲り下さい」


  「宝飾品?」


  耳元のピアスに触れると、男は横に首をふる。そうだと紙留めにふれてもまた横に。しばらく考えたリリーは、胸元のブローチに手を当てる。


  するとグラエンスラーは、満面の笑顔で頷いた。


  リリーと同じ瞳の色のブローチには、ダナー家の紋章が透かし彫りされている。


  学生服のリボンを留める為の宝飾ブローチは、同じ物が何個も用意されている。なのでリリーは、まあ良いかと頷いた。


  「これでいいのなら、いただくわ」


  「こちらこそ、良い取り引きに感謝致します」


  グラエンスラーが上質な布で籠を覆うと、それをリリーは抱えあげる。


  「ご自宅に、お送り致しますか?」


  「いいえ、このまま持ち帰る。ありがとう」


  天幕を出たリリーに、グラエンスラーは深く礼をする。そして手にした蒼い宝に笑顔で口付けた。



 **



  「お嬢様が、何かを購入されました!」


  ほどなく天幕から出てきたリリーは、短時間で何かを手に入れ抱えていた。それを確認した隠密の護衛とセセンテァは頭を抱える。


  「あんな所で買うなんて、」


  荷物を抱えた生徒を見かけた教師が声をかけると、そのままリリーは馬車に乗り込み、学院に戻って行った。



 **



  「おや、お早いお戻りですね」


  廊下で出会ったセオルは、両手に籠を抱える生徒に声をかける。


  高価な布に覆われた鳥籠を抱えるリリー。だがその顔に笑顔はなく、なんとも言えない様子で「そうね。少し早かったのよね」と頷いた。


  「何を買われたのですか?」


  自分の渡した小銭では、とても買えそうにない高級な鳥籠。布で覆われるその中身が、セオルはとても気になった。


  「猫なのよ。きっと」


  購入者は嬉しそうではなく、買ったものが何かを分かっていない。それに不穏を感じたセオルは、「失礼します」と許可なく布を捲った。


  「…これは、」


  幻獣の中でも希少な小型の幼獣は、小さな屋敷が一棟買えるほどの金額で取り引きされる。


  「リリー様、こちらはどうされたのですか? これを買えるほどの手持ち金はありませんでしたよね?」


  「…………これはね、貰ったのよね?」


  「誰に」


  「お店の人がね、親切に、」


  「知らない人から物を貰ってはいけないと、言ってたでしょう!?」


  思わず出た大きな声に、言った本人もリリーも驚いた。だがそれに、すかさず言い訳を始める。


  「ただでは無いのよ。ほら、ここにあったブローチ。それと交換したの」


  見ると襟元のブローチが外されている。それに再び目を瞑ったセオルは、沈痛な面持ちで鼻から長いため息を吐いた。


 

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