19
「姫様、走ってはいけません」
「だって動きやすいのは久しぶりなんだもの」
開かれていた窓辺から、階下の声が聞こえてきた。報告書を片手にグレインフェルドがエントランスを見下ろすと、学生服にはしゃぐ妹が通学する姿。
「嬉しそうに、騒ぎすぎだろ」
背後から同じものを見下ろしたメルヴィウスは、優しげな目でそれを追う。
「グラン・グラスの叔父上が言うには、若い頃の母上にすごく似てるんだって」
今では想像もつかない母親の快活な姿。スクラローサの学生服は、王都軍騎士団の制服を模している。男女共に着用するそれに嫌悪を抱いていたダナー家の者たちだったが、喜ぶリリーの姿にその気持ちは薄らいだ。
「あ、こっち見た」
初めての制服姿を得意気に自慢しに来た妹に、二人は複雑な思いで何も言葉を発しなかった。
髪を結い上げ振り向いたリリーは、窓辺の兄たちを見上げると、ステイ騎士団の敬礼をした。
「生意気」
捧げる剣は無いから腕で顔を隠した。そして笑顔で大きく手を振った妹に、二人の兄は顔を見合わせた。
「呪いについて、そちらの進捗はどうだ?」
必ず呪いを解かなければならない。妹の笑顔に決意を強める。
「そういえば、ダナーの街で、リリーに似てる者が居るって話、兄上知ってるか?」
「少し前に調べさせたが、その様な者は居ないと報告はあった」
「……あ、うん。それ」
メルヴィウスも何度も行っていた、妹を騙る詐欺師の捜索。だが既に調査が終わっていたことに弟は沈黙したが、「俺も見たんだよね」と、収まりの悪い銀髪をかいた。
「サテラの広場でか?」
「ああ。なんか、すれ違った女がちょっと似てるかもって一瞬思ったけど、よく見たら全然似てなかったんだ。…でも考えたら、これって変だよな?」
「お前が見間違えたのか」
「そうなんだよ」
リリーをよく知る兄が見間違えた。それを重くみたグレインフェルドは、すぐさまダナーに伝令を送った。
**
ダナー家の公女が編入してきたことに、学院内は騒然となった。
漆黒の馬車から降りてきた少女は、ステイ一族特有の
「あれは、クレルベ家の、ベオルド伯ではないのか?」
「ベオルドの拷問官…、」
「彼が護衛についてるのか?」
出迎えの教師達さえ、気圧され近寄れずに尻込みをする。
黒髪を結い上げ、真白い肌に蒼玉の瞳、唇だけが仄かに紅い。作り物の氷の人形の様な少女に、一目見た学生たちは異様な緊張に身を固めた。
「ここより先は、我らは入る事が出来ません。お気をつけて」
各家の護衛騎士は、学院の玄関先で足止めされる。だが既に、様々な年齢で構成される十枝の護衛の内、学院生の適性を持つセセンテァを筆頭に、メイヴァー、エレクト、フィオラが年代別に指揮をとる。
彼らに引き継ぎはしたものの、なかなか近付いてこない教師たちをトライオンは睨み付けたが、それにリリーは、大丈夫だと笑顔で振り返った。
「?」
差し出した鞄を受け取ると、予想通り
口頭の教育だけで、実際の
(素晴らしい対応だ)
トライオンも想像していなかったリリーの大人の対応に、思わず感心に軽く頷いた。だが直ぐに、リリーは「あ、」と令嬢に相応しくない声をあげる。
視線の先には王家の王女。
(第三后のエルストラ王女か)
王女の兄である第三王子は二学年上。物静かな外見とは裏腹に、従者の扱いが善くない兄妹との噂がある。
その王女がわざわざ出向いて見つめる中、「リリー」と呼び掛けた者がいた。
(リリー、だと?)
学院内からリリエルを愛称で呼んだ者は、求婚者である第四王子。
「ご苦労だね。ここからは、私が案内するよ」
出迎えの
「トライオン様、では帰りにね」
手を取り、グランディアはリリーをこの場から強引に連れ去った。
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