12
ケーブ・ロッドの様子を確認するために、リリーは定期的に作業場に訪れる。この日はノース伯爵家のメイヴァーが護衛だったが、刑務場の入り口にはセセンテァの姿があった。
「お仕事ですか? セセンテァ様」
「姫様、ご挨拶申し上げます」
「セセンテァ様も、ケーブ・ロッドに会いに来たの?」
「はい、すぐに済みました。そういえば姫様、十五歳のお誕生日はお身内だけで、寂しくありませんでしたか?」
第四王子がダナー城に通わなくなり、その件もあった事で、十五歳の誕生会は身内だけで行われた。リリーの成年を祝う祭日でもあったために、それを護衛たちは気にかけていた。
「楽しかったわよ、お誕生日。お父様とお母様から、無事に成年として認められたわ。お二人も、いつもご支援ありがとう」
リリーはいつも、周囲に感謝を口にする。それにメイヴァーとセセンテァは礼で返したが、そうだとセセンテァは手を打った。
「姫様、成年のお祝いとして、城外への外出先に、今度は俺の所に行きませんか?」
「パイオド侯爵のお家?」
「そうです。 途中にはプラン伯の領地も通りますし、なんなら少し道を伸ばせば、ガレルヴェン伯の領地にも寄ることだって出来ますよ」
「そうですね、ならば我がノース領にも是非! パイオドとは真逆なので、別の日程でどうですか?」
「………それは、とても楽しそうね…」
青い瞳は想像にきらきらと輝き、じっと背の高いセセンテァとメイヴァーを見上げる。
年を追うごとに、リリーは王都でもなかなか見かけない美しい女性に育っていた。それに改めて気づいた二人の青年は、それぞれに気まずく視線を逸らす。
だが蒼い瞳は陰り、ふっとため息すると、首を横に振った。
「行けないわ。セセンテァ様やメイヴァー様のお家に行くには遠いから、馬車では何日も何日もかかるでしょう? 私は皆さまの様に馬の速駆けも出来ないし。それに、ここの様子を見に来なきゃならないから」
残念そうに言ったリリーだが、強い意思は変わらない。
「……」
「こちらこそ、思い付きで申し訳ありません」
メイヴァーは口を閉ざし、リリーを笑顔で見送ったセセンテァだったが、程なくして頭をかきむしった。
「姫様! せっかく城から出られたのに、足繁く通う場所が、孤児院と刑務場だけって! なんかっ! どうかなって、思っただけです…」
やるせなく尻すぼみになった声。思いは届かず、刑務場の重い扉はずしりと閉まった。
彼らがここから遠ざけようと話をしても、リリーの意思は変わらない。
「来年は、十六なんですよ…」
目に見えない呪い。それがリリーに振りかかるのかも分からない。だがリリーを取り巻く人々は、戦う相手すら探せずに踠いていた。
**
ケーブ・ロッドの収監により
「境会が、養女フェアリーエル・クロスを庇護しているだと?」
「はい。境会は王直属の機関のため、簡単には手が出せません」
「これは、あまり良くないな」
表向きには慈善活動を行っていたケーブ・ロッドに同情する者、嘆く家族を支援する声も一部で上がっている。
それと同時に、領民との関わりの少ないリリーの行動を横暴だと、批難する者も現れた。
「この数ヶ月、ケーブ・ロッドの考えに変化はありません。これ以上は、姫様にとって善くないでしょう」
成人として、領民の生死を管理する一族として、ケーブ・ロッドの更正を行おうとしているリリーを、大公と大公夫人はただ見守っていた。
だがここに、
「姫様に、手を退いて頂こう」
**
「お嬢様、何故こんな面倒な事をなさるのですか?」
「姫様」と、身内のものは親しげに呼んで甘やかしてきたが、トライオンに「お嬢様」と呼ばれた事に、リリーはぽかんと口を開ける。
「面倒ごと?」
絶対に、自分の行いに非はないと思っているケーブ・ロッドは、リリーが理不尽に自分を閉じ込めていると、日に日に被害者意識を強めるだけ。
それに見切りをつけさせようと、トライオンはリリーに問い掛けた。
「下民には、道に塵を捨てるなと言っても意味がわからないのです」
「……でも、」
「塵を捨てるなと注意すれば、自分の周りから他人の場所にずらせばよいと思うだけの無能な者たち」
「……でも、」
「自分中心が全てのものに言って聞かせようと、面倒事を敢えて行う。これは無駄に他なりません。こう言えば、伝わりましたか?」
「なんであのものは、あんなに小さな子供を叩いたり、蹴ったりしていたのか、トライオン様には分かりますか?」
「使用人の子供が言いつけられた仕事を放り出したか、何かいたずらでもしたのか。それともケーブ・ロッドが、ただ憂さ晴らしで子供をいたぶっていただけかもしれません」
「憂さ晴らしでか弱きものや、小さなものをいたぶるという行動ですが、私はそれを行う大人は、病気だと思うのです」
「?」
「うちのものたちは、領地を護るために、理不尽や暴力に対しては仕事で暴力を使用します。けして憂さ晴らしではないわよね。真面な大人ならば、罪のない、自分より弱いものを攻撃しないわ。だけど憂さ晴らしでいたぶっていたのなら、そんな異常なことは、あのものの頭がおかしいと思うのです」
頑なに許さない。
「姫様は、ケーブ・ロッドか憂さ晴らしで暴力を行ったと、なぜ決めつけるのですか? 本人は、躾だと述べています」
ーー「うるせえっつってんだろ!! 誰が口開いていいっつったんだ!!! ぁあんっ!?」ーー
「突発的に、衝動的に、怒りの制御が出来なくなり、見境なく暴力を振るう者は、私は病人だと思うのです」
「………」
「そして病人の罪が軽くなる事は知っていますが、他人を攻撃する病人は、病気を治療しなければ、新たに被害者が増えてしまう」
「ならば、ケーブ・ロッドを病人だとお考えであるのであれば、これは医者か神官の領域です。彼らにお任せしましょう」
「……………」
納得がいかないと、リリーは無言でトライオンに訴える。だがトライオンも、厳しい態度を崩さない。長く沈黙が続いたが、遂にリリーは頷いた。
「………そうね。確かに、専門家の意見は必要ね」
渋々と了承した。内心では安堵したトライオンだったが、この提案によりリリーを自由にしたことを、後に深く後悔することになる。
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