他界希望②

 さっとニュースで見ただけだと、高校を卒業した人が、自分の友達のお父さんと、その取引先の従業員をお金目当てで殺したというものらしい。


 高校の同級生で仲のいい友達の家族を殺したこと、お金目当てだったこと、そして犯人のお父さんが強盗事件で捕まっていたことから、かなり報道されている。血は争えないとか、トレンドでかなり見た。


 小学校の頃、私にも友達が確かにいた。でも、芸能界に入って疎遠になってしまった。私は毎日学校に通ってるわけじゃない。「あかりちゃんが休みの時、グループ組む授業のときとか、つらい」と他の子に相談しているのを聞いてからは、二人組の友達にはならないよう意識するようになった


 私は毎回授業を受けるわけじゃない。でもグループを組むことは頻繁にある。修学旅行や行事ごとは、誰とグループが一緒なのかということに直結する。成績もかかわる。学校生活のあらゆることで迷惑をかけてしまう。


 だから、特定の友達は絶対に作らない。芸能界で友達はいた。お互いドラマが初共演だった子や、年の近いお笑い芸人の先輩。でも、二人とも進路を考えたり、結婚を機に辞めてしまった。


 つらいことがあったらいつでも連絡してと言われたけど、迷惑をかけたくない。心配させたくないし。炎上してからは、なおさらだった。


「手洗ってきました! ぴかぴかですよ!」


 昔のことを思い出していると、縁川天晴がこちらに手をかざしながらやってくる。水滴でも飛ばしているのかと思えば、丁寧に水気を取ってから手を振っているらしい。


「じゃあこっちが俺の部屋です!」


 縁川天晴はぎしぎし足音を立てながら歩いていく。廊下の角を曲がれば中庭が出てきて、庭園を囲うような廊下を進んでいけば、突き当りにドアがあった。ずっと障子が並ぶ景色を見ていたからか、ドアノブがあるだけで違和感を覚えてしまう。


「部屋はいつも完璧にしてるんですよ! 推し部屋です! ど、どうぞ!」


 通されたのは、バラエティ番組で紹介されるようなオタク部屋だった。壁一面に私のポスターやブロマイドが飾られている。本棚にはCDと、雑誌が所狭しと並べられていた。余ったスペースにはアクリルスタンドが並んでいる。たまに初回限定版、A版、B版が未開封の状態で並んでいた。


「もしかして、観賞用と聴く用でわけてる?」


「そのとーりです!あかりちゃんがどこにいても推しますけど、自担がグループに入ってたりすると、こういう時大変そうだなって思いますよ。観賞用といえど、推しがセンターにいないのは寂しいので」


 グループを組んでいるアイドルは人数が多い分、どうしても写真を撮るとき目立たない人間が出てくる。たいてい人気があったり事務所が一押しの子が正面……センターの位置で映るけれど、グループ内で人気がわりと同じだったり、全員をプッシュしてるグループは、この子がセンターのA版、あの子がセンターのB版という売り方もしている。


 でも、うちの事務所は、私がソロであることからも場所を変えずに表情やポージング、雰囲気だけ……Aはかわいい系で、Bは大人っぽいとかでバリエーションをつけたりして、とにかく枚数を買ってもらう戦略だ。


「でも、揃えるの大変じゃない? 同い年……くらいだよね?」


 縁川天晴は、だいたい私と同い年か、年下あたりだろう。そう思って言ったけれど、「一歳年上ですよ!」と、距離を縮めてきた。


「じゃあ、高校三年生? 受験じゃないの……?」


「まぁ。受験もありますけど、卒業できるかすら微妙で。だから心の隙間を 埋めてもらってて。それに、推しにお布施出来るのって超最高じゃないですか? 俺の何かが、関わってると思うとそれだけで最高ですよ。新曲出るたびに、ヤッター! って思います」


 その笑顔に、きゅっと胸が切なくなった。


 私はソロだけど、同じ新曲でもプロモーションビデオのバージョン違いで売ったりとか、初回限定版では動画をつけたりと、とにかくいっぱい特典をつけることで売っていた。


 音楽性も大事だし、CDは音楽で勝負すべきだとは思うけど、発売した週のランキングに乗らないと次のCDが出せないし、売れないとライブ会場も借りれなくなる。


 儲かる儲からないじゃなく、皆の前に出る機会が消えるのだ。だけど、好きな曲じゃないのに無理やり買ってもらうわけにもいかないし、映画のブルーレイとか小説とかも同じようなシステムになっているらしいから、皆同じように戦っていると言われればそれまでだ。


 いいお知らせはしたいけど、負担に思ってしまう人もいるかもしれない。沢山買ってもらえるのは嬉しいけど、大丈夫かなと不安になる。でも番宣はあるし、何人ものスタッフの人が関わって、CDは出来てる。宣伝はつきものだし、私が宣伝しなきゃいけない。


 だから私は、見えない人の頑張りを、時間を代表していた。なのに。


 一瞬にして、燃えて灰になった。


「あかりちゃん?」


「……ありがとう」


 第一声に迷った末に出てきたのは、この世界で何百回と繰り返されていそうな、月並みとしかいえない言葉だった。


「こんな、並べて。学校の人とかその、遊びに来るときとかどうしてるの?」


「普通にいれますよ! 友達がいたら!」


「いたらって?」


「ネットは他担の友達とか……いるんですけど、学校は……推し活で忙しくて、あんまり」


 卒業できるか不安というのは、学力の意味合いじゃなかったのか。だとすると、思い当たる理由は──、


「不登校……?」


「いくらあかりちゃんでも直球すぎますよ。傷つきます。たまに、たまには行きますよ。あ、明日とか行きますし」


 縁川天晴は心臓を押さえて、さすって見せる。不登校、言われてなるほどとも思ってしまった。彼は、なんというか浮世離れというか、制服を着て学校に通っているのがイメージしづらい。


 部屋に視線を向ければ、ブロマイドに重ならないよう、真新しい制服がクリーニング店のタグを付けられたままかけられている。


 おそらく新学期からそのまま学校に行ってないのだろう。


 男の挙動不審な態度は、ファンとしてだけじゃなく元々人付き合いが得意じゃないからなのかもしれない。


「知り合いで、このこと知ってる人はいるの」


「このこと?」


「貴方が私を推してるって、知ってる人」


「家族とかいろいろ……?」


 含みのある声に、不安を抱いた。


 今私を応援していて叩かれてる人も、もちろんいるだろう。その人たちに私はどうすることもできない。死ねていれば同情されて、なんとかなったはずだけど。


 でも。


「ひ、引きました?」


 沈黙が長すぎたせいで、彼は不安に思ったようだ。ちらちら私を見ている。


「なんていうか、すみません、普通のファンじゃなくて……」


「別に」


 特に、ファンの生活に引いたりとかはない。普通にごはん食べて、健康に生きてくれたら嬉しいと思う。あと飽きないでほしいとか。でも飽きさせないのはこちらの仕事だし──と思いつつ、私が今アイドルとしての目線でものを考えていることに気付いて、喉のあたりが苦しくなった。


「やっぱり引いてますよね!?」


「引いてないから。まぁ、学校に通ったほうがいいとは思うけど、私が言えた義理じゃないし」


 アイドルの中には、高校に通わず通信制の高校を受験したり、高卒認定試験を受ける子も多かった。


 仕事が忙しくて通えないという理由以外にも、通えたとしても休みがちになってクラスから浮いてしまうとか、早い話がいじめられるとか。芸能系の高校に行くのが一番だけど、どうしたって定員はある。中々ままならないようだった。


「あかりちゃんはあれですよね。高校すごく偏差値高いところですよね! 俺そこに編入したかったんですけど、頭悪くて駄目で……」


 私は、普通科の高校を入学していた。芸能系に行く手もあったけど、色んな経験をしてアイドル活動に役立てるべきだと前のマネージャーがずっと話をしていて、私もそう思って受験した。


 勉強と仕事の両立は大変だったし睡眠不足とかのレベルじゃなかったけど、歌詞を書いたり作曲するとき、普通の学校生活を観察できるのはありがたい。通えてよかったと思っている。友達は……うっすら、移動教室の時に話しかけてくれる子はいるし、仕事が忙しくなるにつれ芸能活動に無関係な知り合いはどんどん減っていったから、新鮮で楽しかった。


「でも、まさか兄のお見舞いに行ったら、あかりちゃんに会えるなんて」


 縁川天晴は私ではなく、壁には一面に並べた私に語り掛けた。コラボした栄養剤が飲まずに並べられ、CDはそれぞれ五枚ずつ本棚にしまわれている。


「これ全部バイト代で?」


「いえ、バイト禁止されてるんで」


 バイトが禁止の高校は珍しくない。お小遣いで買っているのだろうか。親がいるし、下のリビングの様子から見ても食事はきちんととっているだろうけど、不安にはなった。

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