仲間探しの旅へ 壱

孫悟空ー


コイツは、あの時の男か?


あの、裁判の時に俺を庇った男に顔がソックリだ。

確か名前は…。


「お前、確か名前は金蝉だったか?何でお前がここにいるんだ。天界人だろ。」


俺がそう言うと、男はその場にゆっくり座り込んだ。


「その名前で呼ばれるの2回目なんだよなー。観音菩薩にもそう呼ばれたし。」


観音菩薩はコイツにも会いに行ったのか。


コイツ、もしかして金蝉の生まれ変わりか?


だとしたら、前世の記憶がないのか?


金蝉って言っても反応を見せなかったし、記憶はなさそうだな。


「何しにここに来たんだお前。」


「何しに…って、悟空に会いに来たんだけど?その

為に急いで登って来たのに…。」


悲しい顔をしながら男は呟いた。


俺に会いに来るのが目的か。


コイツが来たお陰で、張り付いていた札が剥がれ落ちた。


もしかしたら…。


俺は手足に繋がっている鎖に手を伸ばした。


チャリン…。


鎖が錆びてる。


少し力を入れたら簡単に壊れそうだ。


この男が来てから鎖が錆びた。


これは…、ここからすぐにでも出られる!!


この男を利用してここから出てやる。


「まぁ…、その、なんだ?会いに来てくれてありがとな。」


俺がそう言うと、男はムッとした。


何で、ムッとしたんだ…?


「悟空の目的は牛魔王なんだろ?」


「っ!?お前、牛魔王の事を知ってんのか!?」


俺は思わず立ち上がり男に近寄った。


岩の牢獄の隙間から見えた男の顔付きが変わっていた。


憎しみ、怒り…。


男の目にはこの2つの感情が写っていた。


この男も牛魔王に何かされたのか?


「俺を利用して一刻も早くここから出たいんだろ?そう言う理由じゃないとありがとうって言わないだろ。」


「き、気付いていたのか。」


「当たり前だろ?」


そう言って男は軽く笑った。


「食えない野郎だな。」


「それと、俺の名前は源蔵三蔵。コイツって言うの禁止。」


「分かったよ…。で、三蔵は何で牛魔王の事を知ってる。」


そう言って三蔵に尋ねると、もう一つ人の気配を感じた。


この気配は…。


何度か感じた事のある気配を感じた。


「お前と似たような運命だぞ。」


三蔵の後ろから現れたのは日傘を差した観音菩薩だった。


観音菩薩の手には金色に輝く高級品の腕飾りを持っていた。


「か、観音菩薩!?何でここに…。」


三蔵は後ろから現れた観音菩薩を見て驚いていた。


「そりゃあ、来るだろ。俺にはお前達の旅を見届ける義務がある。」


た、旅?


「お、おい。ちょっと待て。旅ってなんだよ。」


俺は慌て声を出し観音菩薩に尋ねた。


「良いか。お前達には経文(キョウモン)を取って来て貰いたい。」


観音菩薩はサラッと俺の問いに答えた。


「経文?何だソレ?」


「経文…?」


三蔵もどうやら経文とやらを分かっていない様子だった。


観音菩薩は俺達の表情を無視して、話を続けた。


「経文って言うのは全部で5つあるんだ。お前達には牛魔王より早く5つの経文を集めて欲しい。」


牛魔王と言う言葉を聞いて俺の耳がピクッと反応した。


今、牛魔王って言ったか?


「牛魔王が狙ってるってどう言う事だ。その経文って物は牛魔王が欲しがる程の物なのか。」


そう言って俺は観音菩薩に尋ねた。


「経文って言うのはいわゆる巻き物の事だ。正規名称は天地開元経文(テンチガイゲンキョウモン)。一つ一つの巻き物には特殊な能力が宿っており巻き物の組み合わせによって発動する能力も変わる。」


「つまり、その経文が五本揃うと凄い力を手にする…っと言う事か?」


三蔵はそう言って観音菩薩に尋ねた。


「その通りだ。」


三蔵の問いに観音菩薩は短い返事で答えた。


「経文の話は誰でも知ってんのか。」


「あぁ、天竺(テンジク)に保管してあっ経文が盗まれたんだ。それで経文の事が世に知れ渡ったんだ。」


*天竺…インドの事


観音菩薩はそう言って溜め息を吐いた。


「経文ってそんな簡単に盗まれる物なのか?もしかしたら牛魔王が取った可能性だってあるぞ。」


「それは有り得ん。何故なら経文を保管していた屋敷に妖は絶対に入れない。」


俺の問いに観音菩薩はハッキリ答えた。


「牛魔王より早く経文を集めれば良いって事?」


三蔵はそう言って首を傾げた。


「そうだ。五つの経文を集めて天竺に向かって欲しい。」


「勝手に話を進めんなよ。俺は牛魔王を殺す為に500年閉じ込められたんだ。今更お前等の為に動く義理はないし動くつもりもねぇ。頼むならそのガキ

に頼め。」


俺は観音菩薩にそう言って三蔵を指差した。


何で俺が観音菩薩の頼み事を聞かないといけないんだ。


俺の言葉に耳を傾けなかった神に支える気もないし、本来ならこうやって会話だってしたくない。


「そうか。なら、お前をここから出す訳にはいかないな。」


「は、はぁ!?話が違うだろ観音菩薩!!」


ガチャンッ!!


力強く岩の牢獄の柱を叩いた衝撃で鎖が外れた。


「500年経ったら出られる話だろう!?」


「お前を出す事に対して神々達が反発したんだよ。で、出す条件として三蔵の護衛として経文を集めをするって話でまとまったんだよ。」


嘘…だろ。


「観音菩薩。そうすれば悟空は自由になれんのか。」


三蔵はそう言って観音菩薩を見つめた。


「あぁ。とりあえずはここからは出られる。本当の自由を得られるのは経文を全て集めた後だがな。」


観音菩薩の言葉を聞いた三蔵は岩の牢獄に近寄って来た。


「悟空。お前と同じように俺も両親を牛魔王に殺された。」


「っ!?」


三蔵の言葉を聞いて俺は驚いた。


コイツも牛魔王の手によって大切な人を殺されたのか。


「母さんを化け物にされたんだ。悟空の事も本で読んだよ。」


「本…?」


俺がそう言うと観音菩薩が答えた。


「金蝉がお前の事を綴った本が世に出回ってるんだよ。」


金蝉が俺の事を本にしていたのか。


それで三蔵は俺の事を知っている訳か。


「俺はお前を同等に扱うつもりだ。牛魔王の事を許せない気持ちは俺にもある。だから、2人で牛魔王を倒そう。」


俺はジッと三蔵の顔を見つめた。


あ…。


この目で見られるのは久しぶりだ。


爺さんの目に似てる。


優しくて暖かい。


そして、俺の事を大事に思っている目だ。


金蝉の時のお前とは少し違って、だけどやっぱりあの時、俺の事を助けようとした金蝉だ。


コイツは生まれ変わっても俺の事を助けようとしてる。


「ハッ…。まさか、500年経ってからお前が俺を出すとは思わなかった。」


そう言って俺は三蔵の手を取った。


ガシッ!!


「ご、悟空?!ど、どうしたんだ…?」


「良いぜ、経文でも何でも取って来てやる。お前の事を守ってやるよ三蔵。」


パキッパキパキパキ!!


岩の牢獄に沢山の亀裂が入り、そして音を立てながら岩の牢獄が壊れた。


500年ぶりの外は空気が美味しかった。


俺の思った以上に三蔵は俺よりも背が高かった。 


「それと、お前にはコレを付けて貰うぞ悟空。」


観音菩薩はそう言って金色の腕飾りを俺に見せて来た。


「何だコレ。」


「緊箍児(キンコジ)だ。」


「緊箍児だぁ?何だソレ。」


「まぁ…、簡単に言ったら三蔵の護衛である証…かな。三蔵に絶対的服従をした証だ。」


つまりは、コレを着けると三蔵の言う事は絶対に聞くようになってるって事か。


コレを着けないと自由に歩き回れないって事か。


「いやいや!!流石にこれは可哀想だろ!?俺の言う事を聞くのは悟空次第だろ!!」


三蔵はそう言って俺と観音菩薩の間に入って来た。


俺は黙って観音菩薩の手から緊箍児を取り右手首にはめた。


ガチャンッ!!


右手首にはめると腕飾りから短い鎖が現れた。


「か、勝手にはめるなよ悟空!!俺の話聞いてた!?」


「聞いてたよ。聞いた上ではめたんだよ。」


慌てている三蔵を見ながら俺は答えた。


「な、なら良いんだけど…。」


「それと、もう一つ渡す物がある。コレは悟空への贈り物だ。」


観音菩薩はそう言って俺に荷袋を渡して来た。


渡された荷袋の中身を見てみると黒い生地に蓮の花が刺繍されたチャイナパオと文が入っていた。


文を広げると文章が書かれていた。


俺は書かれてある字に見た事があった。


「こ、の字は爺さんの字だ!!どう言う事だ観音菩薩!!」


「須菩提祖師の寺で見つけたんだよ。文も読ませて貰ったからお前への贈り物だと分かったんだよ。」


観音菩薩の言葉を聞いた後、俺は文に目を通した。


「悟空へ

新しい名前になった記念にお前への贈り物だ。

悟空、時には死にたくなるくらい辛い事や誰かを殺しい程に憎んでしまう事があるかもしれない。

だがな、悟空。

憎しみに心を囚われてはならない。

辛い事の後には必ず良い事が起きるものだ。

私の自慢の息子の旅路が幸福で満たされますように。 」


「爺さん…。」


俺は文を胸に当てた。


爺さんは俺がこうなる事をわかっていたのか?


爺さん…。


俺はアンタの息子として恥じない生き方をするよ。


「良いお師匠さんだな悟空。」


そう言って三蔵は俺に笑いかけた。


「それと、三蔵。経文を集める前にアイツ等を迎え

に行けよ。」


「アイツ等…って誰だよ!?」


「かつてお前の友人達だった天蓬(テンポウ)と捲簾(ケンレン)だよ。」


三蔵の問いに観音菩薩は答えた。


天蓬と捲簾…って。


「おい、観音菩薩。あの2人も生まれ変わって下界にいんのか?」


「生まれ変わってはいない。あの2人は毘沙門天の手によって下界に落とされたんだ。」


「なっ!?な、なんだって…?」


俺は観音菩薩の言葉を聞いて驚いた。


落とされた…だと?


俺の事を助けようとしたあの2人が天界から落とされたのか?


「毘沙門天って奴はそんなに力があるのか?天帝とは違うんだろ?」


三蔵はそう言って観音菩薩に尋ねた。


「三蔵の言っている事は当たってるよ。悟空が投獄された後、天界は毘沙門天の手によって変わってしまったんだ。」


「変わってしまった…ってどう言う事だよ。」


俺がそう言うと観音菩薩はゆっくりと口を開けた。

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