落とされた猿 参
開かれた扉の先は円形闘技場だった。
観客席に沢山の神々達が座っていた。
そして、前方には5人の顔を隠した神達が玉座に座っていた。
真ん中の玉座に座っているのが天界の中でも1番位が高い天帝が座っており、右隣には如来(ニョライ)、左隣には如観音菩が座っていた。
如来の隣に明王(ミョウオウ)、観音菩薩の隣には天部(テンブ)が座っていた。
座っている神々達は美猿王をジッと見つめていた。
「なんだこの人数の多さは。」
美猿王が観客席を見ながら呟くと、首輪の鎖を持った兵士が思いっきり鎖を引っ張った。
グラッ!!!
美猿王はバランスを崩し地面に倒れた。
バタンッ!!!
「アハハハ!!」
「彼奴め、何にも無い所で転びおったわ!!」
観客席に座っている神々達が一斉に笑い出した。
美猿王が転んだ姿を見て神々達は大笑いしている。
お祭り騒ぎで笑っている訳ではなく、美猿王を馬鹿にして笑っていたのだった。
そんな神々達を後ろから天蓬と捲簾は見ていた。
「何だよこの悪趣味な笑いは…。」
捲簾は怒りを露わにして呟いた。
「美猿王を寄って集って馬鹿にしてんな…。」
「中々酷いモンだな。」
天蓬と捲簾は笑い続けている神々達を見て引いていた。
牛魔王と毘沙門天は1番見えやすい席で美猿王を見ていた。
垂れ下がった長い赤色の布で牛魔王と毘沙門天の姿が見えないようになっていた。
「アハハハ!!これは傑作だなぁ…。」
牛魔王はそう言って爆笑していた。
毘沙門天と牛魔王が笑っている姿を見て黒風は引いていた。
黒風からしたら、仲の良かった牛魔王が美猿王を裏切り濡れ衣を着せている事が理解出来ていなかった。
「この人達は、どうしてこんなに笑えるんだ?」
と、黒風は心の中で思っていた。
「あ、牛魔王に紹介したい者がいるのですが…。宜しいでしょうか?」
毘沙門天はそう言って牛魔王に尋ねた。
「俺に?別に構いませんが?」
「ありがとうございます。」
牛魔王の返事を聞いた毘沙門天は視線を後ろに向けた。すると垂れ下がった長い赤色の布を避けながら
1人の女が現れた。
十六歳程の年齢の女の子で、黒いチャイナドレスを
着た哪吒太子が現れた。
「哪吒(ナタク)。牛魔王に挨拶なさい。」
「はい。」
そう言って哪吒太子は牛魔王の方に体を向け、牛魔王の前で膝を付いた。
「お会い出来て光栄です。」
そう言って哪吒太子は顔を上げて牛魔王の顔を見つめた。
「こちらこそ、会えて光栄ですよ。毘沙門天の娘か?」
「はい。哪吒は今までで1番出来が良いんですよ。哪吒を大将にした部隊がもうすぐ出来上がるんです。」
哪吒太子と毘沙門天の関係性は、表向きは親子に見せかけ、裏では戦闘道具として使われていた。
毘沙門天は強い戦闘部隊を作るべく、海の深海にある宮殿で研究が行われていた。
今、牛魔王の目の前で膝を付いている哪吒太子は研究が成功した事の証。
「へぇ…。どんな部隊なのか聞きたいな。」
「是非、貴方にも協力をお願いしたいと思っていたんですよ。」
牛魔王と毘沙門天が話している中、哪吒太子は視線を別の方に向けていた。
向けた視線の方角に美猿王の姿があった。
「あの人…。あの時の…。」
哪吒太子は美猿王と会った事を覚えていた。
美猿王の姿があの時から哪吒太子の頭から離れなかった。
その理由は分からないまま、哪吒太子は日々を過ご
していた。
ただ、美猿王の姿を黙って見つめていたのだった。
孫悟空 十八歳
コイツ等…。
俺の事を馬鹿にしてるのか?
俺が転んだら一斉に笑い出して…。
「お前が美猿王か。」
不意に声を掛けられ、視線を前に向けた。
顔が見えないが、声からして男だろう。
「だったら?」
俺がそう答えると、首輪に繋がった鎖を持った兵士が俺の背中を踏みつけた。
ドンッ!!
「ヴッ!?」
「無礼な答え方をするな。このお方は天帝様であるぞ。」
「天帝?」
天帝って確か…、天界の中で1番偉い人だったけ?
爺さんがそう言ってたような…。
「須菩提祖師が言っていた通りの男だな。」
爺さんの名前を聞いて耳がピクッと動いた。
「爺さんの知り合いなのか!?」
俺は兵士の足を勢いを付けて、背中から退かし立ち上がった。
「あぁ。須菩提祖師とは古くからの仲でな?」
「天帝。それ以上この下等生物と口を聞くのは辞めて下さい。」
天帝と呼ばれた男の右側に座っている男が太々しい声を出した。
「如来に怒られてやんのー。」
「観音菩薩!!」
観音菩薩と呼ばれた人物は足を組みながら如来と呼ばれた男を見てケラケラ笑っていた。
明王と観音菩薩が俺の前で軽い口喧嘩をしていた。
何なんだよ…、一体。
「2人共、いい加減にして下さい。そろそろ始めたいのですが?」
観音菩薩の右隣に座っている男が冷静に言葉を放った。
「天部の言う通りだな。では、罪人美猿王の裁判を始める。」
天部と言う男に怒られた如来がそう言うと、笑っていた神々達が一斉に口を閉じた。
裁判?
「罪人って…俺が?」
「お前しかいないだろう?お前は須菩提祖師と弟子達を殺し、不老不死の術を自分の体に掛けただろう?」
明王の言葉を聞いて俺は腹がたった。
何故なら、事実と違うからだ。
俺は爺さんを殺していないのに、俺が殺した事になっている。
牛魔王が殺したのに、どうして俺が殺した事になってんだよ…。
そう思った俺は大声を出した。
「俺が爺さんを殺した?ふざけんな!!爺さんを殺したのは牛魔王だ!!!」
「だ、そうだが牛魔王よ。」
明王がそう言うと、長い赤い布が垂れている所から牛魔王が現れた。
「牛魔王!!テメェふざけんなよ!?」
俺がそう言うと、牛魔王はフッと軽く笑った。
「何を可笑しな事を言ってるんだよ美猿王。お前のした事を俺のした事にするんじゃねぇよ。俺以外にも証人はいるんだぜ?」
そう言うと、牛魔王の隣から毘沙門天が現れた。
「牛魔王の言う通りですよ。我々はこの目で見たのですから。美猿王が須菩提祖師や弟子達を殺した姿を!!」
毘沙門天は俺の方の指を刺しながら叫んだ。
コイツ等!!!
俺に罪を擦り付けようとしてるのか!?
「ふなにざけんなよお前等!!お前等が爺さんと才達を…。俺の目の前で殺しただろうが!!何もしてない健水と楚平を殺しただろうが!!!」
俺がそう言うと、神々達がヒソヒソと小声で話し出した。
「美猿王の言っている事は本当なのか?」
「美猿王のあの慌てようは、一体…。」
会場が一気に騒ついた。
「騙されないで下さい!!!」
「っ!?」
毘沙門天が一際大きな声で叫んだ。
騒ついていた会議が静まった。
「皆さん騙されてはいけません。この男のして来た事を思い出して下さい。美猿王は自分の山を大きくする為に数々の山猿達を殺し、金金財宝や酒を盗み、私利私欲の為に殺しさえ躊躇しなかったこの男が!!」
毘沙門天は大きな声で演説を続けた。
「美猿王の体に刻まれた刻印こそが!!不老不死の術を自分の体に掛けた証拠ではありませんか!!美猿王の言葉に耳を傾けてはいけませんよ。此奴の放つ言葉は嘘しかありません!!!」
毘沙門天の隣にいる牛魔王が不敵な笑みを浮かべた。
コイツ等!!
俺の中の怒りがグツグツと音を立てながら湧き上がって来た。
「毘沙門天の言葉に一理ありますな。」
「そうでしょう!?明王様。」
明王と呼ばれた男が毘沙門天の言葉に賛同した。
「た、確かに…。」
「危うくあの男に騙される所だった…。」
「其奴を処刑すべきです!!」
会場にいる神々達が各々が発言しながら叫んだ。
毘沙門天の言葉で会議にいる奴等の意思を変えやがった!!
ここにいる奴等は俺自身がどうなっても良いんだ。
確かに、牛魔王が爺さんを殺した姿をこの目で見たのは俺しかいない。
毘沙門天が健水と楚平を殺した姿を見たのも俺しかいない。
爺さんは初めて会った時から、俺の言葉を疑いもしなかった。
爺さん…。
頭の中に爺さんが俺に不老不死の術を掛けた光景が蘇った。
「斉天大聖になりなさい。悟空…、この世界を変えてくれ。」
爺さんの言葉を思い出した。
爺さんは分かっていたんだな。
表向きは美しい神々達の裏の顔を…。
コイツ等の方が化け物だ。
爺さん。
俺はコイツ等を許せねぇよ。
「お前等の方が化け物だ!!神なら些細な言葉でも聞くべきだろうが!!真実さえ見えてないお前等は神じゃねぇ!!」
そう言って目の前に座っている天帝を睨み付けた。
その光景を天蓬と捲簾は睨みを効かせながら見つめていた。
天蓬と捲簾は美猿王の話している表情を見て本心を言っていると分かっていた。
「何で、誰も美猿王を信じてやらないんだよ。こんなのおかしいだろ!!」
捲簾はそう言って近くにあった柱を叩いた。
「毘沙門天がこの空気を作ったんだ。美猿王が何を言っても通じなくなってる。」
天蓬と捲簾がそんな話をしていると、美猿王の声が会場中に響いた。
「お前等の方が化け物だ!!神なら些細な言葉でも聞くべきだろうが!!真実さえ見えてないお前等は神じゃきにぇ!!」
美猿王の言葉が会場を再び静けさを戻した。
天蓬と捲簾は美猿王の言葉を聞いて体が震えて上がった。
「アハハハ!!アイツやるな!!天帝の目の前で正論を言いやがった!!」
そう言って天蓬は笑いながら、観客席に座っている神々達の前に立った。
捲簾と笑いを堪えながら天蓬の隣に立った。
「天蓬元帥と捲簾大将!?」
「な、なんで前に出たんだ!?」
突然現れた天蓬と捲簾の姿を見たの神々達は驚き再び騒ついた。
「もっと言ってやれ!!!お前の言葉を俺は信じる!!」
捲簾はそう言って美猿王を見つめた。
「俺も信じるぜ美猿王!!お前の言葉を聞いて俺達は震えたぜ!!」
捲簾と天蓬は大きな賭けに出たのだ。
何故なら、美猿王の言葉とあの男の存在があったからだ。
「な、なんだ?あの2人?」
美猿王はポカーンッとした顔で捲簾と天蓬を見つめた。
この時、美猿王は状況を飲み込めていなかった。
何故なら、美猿王の放った言葉はもう1人の人物の
心と行動を奮い立たせたのだ。
1人の男が円形闘技場に続く長い廊下を走っていた。
「お、お待ち下さい!!!」
「待たねーよ!!美猿王の事をほっとける訳ないだろ!!それより、どうして今日の事を黙ってた。」
追い掛けくる使用人に向かって男は足を止めて言葉を放った。
「そ、それは…。」
「どうせ、毘沙門天の仕業だろ。お前、金貨に眩んだんだろ。」
男が使用人にそう冷たく言い放つと使用人の顔色が見る見るうちに青く染まった。
男は使用人を無視して円形闘技場の入り口の扉を開けた。
孫悟空 十八歳
あの2人は何なんだ?
俺の…味方をしてくれたのか?
青髪の隣にいるピンク髪の男は…確か、宮殿の時の?!
「天蓬元帥!!捲簾大将!!」
毘沙門天が汗をかきながら2人の名前を呼んだ。
あの、毘沙門天が焦りを見せている?
2人は恐らくだが、この中でも権力がある人間だ。
バンッ!!
左側のドアが勢いよく開いた。
俺は開かれた扉に視線を向けた。
そこに立っていた男は、襟足の長い黒髪に少し長めの前髪から深海のような深い青い瞳を覗かせ、左耳には煌びやかな耳飾りが沢山付いていた。
ん?
アイツ、俺の方を見てるな…。
どこかで会った事があるような…。
「美猿王は本当の事を言ってるぞ毘沙門天。」
男がそう言うと、毘沙門天は苦虫を噛み締めた顔をした。
「金蝉童子(コンゼンドウシ)!!お待ち下さい!!」
金蝉と呼ばれた男の後ろから使用人が慌てて出て来た。
「このような場面でそのような発言は…。」
使用人はそう言って金蝉を円形闘技場から出そうとしていた時、使用人の行動を止めるような言葉をある人物が放った。
「遅かったかな金蝉。お前の救いたい男なのだろう?」
そう言ったのは観音菩薩だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます